第5話 想い……

 それは反射的な行動だった。

 医務室に到着した瞬間、廊下の奥に黒ずくめの姿をした人影がぼやけた視界に映った。

 テリーは咄嗟に医務室の中に転がり込んだ。

 踏ん張った足に激痛が走ったが、それに構わずに一気に奥の机の陰に隠れた。


 そこは薬品棚の奥にあり、廊下からは死角になっている。

 それを知っていた訳ではないが、とにかく隠れなければいけないと判断した結果のファインプレーだった。


 血の後は残っているが、この状況でわざわざ一人を捜しに追ってくるとは考えにくかった。

 そんな犯人なら最初に廊下で発砲した時に教室に乗り込んできていただろうし、わざわざ窓の外にいた自分を狙い撃つような事もしなかっただろう。

 どこかで犯罪を楽しんでいるような──そんな印象を受けた。


 しかし油断は出来ない。

 こんな考えは都合の良い想像でしかない。

 もし追ってきたなら逃げ道など無いのだから。

 そう、今の荒い呼吸音さえも聞こえているかもしれない。

 いつまでもここにいては危険だ。

 幸いにもここは一階。

 目的を果たしたら急いで窓から逃げ出せばいい。この足でもそのくらいなら何とかなりそうだった。

 それにもうじき警察も来るだろう。窓から出てしまえば犯人達に見つかる可能性は薄い。少しの間窓の外に隠れていれば良い。


 そうだ、急がなければ──。


 この時点で答えは出ているようなものだ。


 マチルダがこの騒ぎの中で今までこの部屋にいるはずはない。体調が悪いようだったので、もしかしたら恐怖で動けずにこの部屋で隠れているのかと思ったが、どうやらその可能性もなさそうだ。

 後は無事に避難出来ている事を祈るだけだ。

 テリーは廊下で撃たれた学生や、爆発で吹き飛ばされた地獄のような光景を思い出し不吉な想像を思い描いた。


 ──どうか無事で。


 こんな危険を冒してまで確認するような事ではなかったかもしれない。

 いや──冷静に考えたら間違いなくそうなのだろう。

 しかしマチルダはテリーにとって判断力を鈍らせる程に大切な存在だった。

 全てを投げうってでも守るべき存在。



 アンソニーがテリーの後を追って目的の校舎に到着した時、廊下の奥に黒いマスクを被った人物の姿が見え、咄嗟に姿を隠した。

 それがテリーを撃った犯人かどうかは分からない。そもそも何人いるのかも分からないのだから、こんなことをしている事自体が無謀なのだ。


 廊下を覗き込む。

 そこにはもう誰の姿も見えなかった。

 入り口から階段に続いている血痕はテリーのものだろう。


 アンソニーは再び自らを奮いたたせ、階段へと向かった。



 マチルダは必死に走った。大怪我を負っても自分を捜しているテリーの元へと。


 遠目に見た感じでは怪我の程度は分からなかったが、走れる程の軽傷とは思えなかった。


 もしもの事があったら──その想いが余計にマチルダの足を速めた。


 ──テリー?!


 医務室に入って行く人影が見えた。

 皆が逃げ出している状況で、そんなとこに行く人間は彼以外にいないだろう。


 マチルダは息苦しい邪魔なマスクを投げ捨て、医務室へと走った。



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