神域の花嫁

音無音杏

巨獣と魔女の過去

✿✿✿✿✿✿

「また怪我しちゃった。ソフィアちゃん治して」

「いいよ」

 真綿のようにふわふわした桃色の髪を揺らせて甘えてきたミュラの手を取り、指先にある切り傷を確認してソフィアは手のひらに願いを込める。この傷が治りますように、と。すると傷一つない綺麗な手に元通り。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 嬉しそうなミュラにつられてソフィアは笑った。

 ほうきを手にしている黒髪のティアラはそんな光景を真顔で見ている。

「どうせまた、たいした怪我じゃないんでしょ」

「そんなことないよ。ほうきにとげがあったんだもん。最近乾燥してきてささくれもできて嫌」

 ティアラの発言に不満をこぼすミュラに今度は、肩まである亜麻色髪のアスナがほうきで落ち葉をはきながら反応を示す。

「ささくれはたいした怪我じゃないと思うけど」

「二人がわたしをいじめる~」

 視線を下に向けたままのアスナを見たあと、まるで辛辣な言葉を投げられたようと言わんばかりにミュラはソフィアに抱きつく。両手で受け止めるソフィアの顔にゆるふわの髪があたる。

「おおげさ」

「おおげさ」

 相変わらず真顔のティアラと、顔を上げたアスナが言った。

「も~」

 ソフィアから離れたミュラが頬に空気を溜めて膨らませる。腹をたてているようなそのミュラの反応を無視してティアラとアスナの二人は大きなちりとりにほうきで落ち葉を入れはじめた。

 木に立てかけていたほうきを手に取ったソフィアが掃除を再開させると、周辺を確認したミュラが地に放っていた自らのほうきを取った。

 教会の孤児院に預けられているソフィアたち四人は全員同い年の七歳の女の子。

 孤児院と隣にある教会の掃除を任されている。

 落ち葉を溜めた大きなちりとりをアスナが両手でしっかりと持つ。ゴミ袋に入れる前に強風によって落ち葉は吹き飛び全員の悲鳴があがった。


「ねえ、あの子」

 孤児院の掃除が終わり教会の落ち葉集めをしているとティアラに肩を叩かれてソフィアは気づいた。また教会にあの子が入っていった。

 ミュラとアスナも気づいたようで暗黙の了解で頷きあいほうきを手放して教会に入って行った。

 あの子というのはソフィアたちと同い年くらいの見た目をした銀髪のツインテールの子である。同い年かもしれないという部分と、そんな子が一人で教会に祈りに来ていることがソフィアたちに興味をわかせていた。なので、夜寝る前の話題にあの子が出たりしたこともあった。

 今日もまた一人で祈りを捧げている。

 ソフィアが迷いながらも近寄ると、うっすら目を開けてからこちらを向いた。

「何を願っているの?」

 女の子は両膝をついて手を組んでいていかにも大事な何かを祈っているようである。ソフィアの問いに女の子は口を開く。

「妹がずっと熱に苦しめられているの」

 教会に一人で来ていた理由がわかった。女の子は妹思いの姉だったのだ。

 瞳を揺らしたソフィアは女の子の隣にしゃがむ。

 ソフィアは大切な人が苦しむ姿に心が痛むことを知っている。

「それはつらいね」

「自分が代わりになってあげられたらいいのに、って思うの。でもそれはできない」

 なにかできたらいいのに、そう思ったソフィアの思考が止まる。

「できることあるよ!」

 急な大声にツインテールの女の子は目を見開き、ソフィアのことを凝視する。

 ソフィアもティアラもミュラもアスナも実は人見知りだ。だから今もソフィア以外の三人は少し離れたところにいるし、ソフィアも緊張のせいで自らのできることを見失っていた。

 ソフィアは傷を癒すことができるだけではない。今までティアラたちが熱を出したときもおでこに手を当てて願うことで治してきていた。

「わたしに治させて」

 女の子にソフィアと他三人もついて行くことが決定しーー孤児院でも働く教会の人たちには本当のことを言えど治せることは信じてもらえていない様子であったが、いつもは大人しいソフィアたちが必死なので一度やらなければ気が済まないとでも思ったのだろう、教会の人が一人着いてくるという形で許しを得た。

 教会に来ていた女の子の名前はラキ。自宅で母親がケーキ屋を営んでいるようで、部屋の奥へ案内された。

 扉を開けてはじめに目にしたのは母親の憔悴しきった顔。ラキに気づきはっとした瞳に生が宿りソフィアたちの存在にも気づく。

「あなたたちは?」

 聞かれて意味もなく怯えてしまうソフィアたちとは違い、女性は淡々と全てを一からわかりやすく話してくれた。女性は教会の人であるが私服姿では教会の人には見えない。

「そう」

 母親は力なく笑む。何を馬鹿なことをと思っただろうか。しょせん子供の戯言と呆れたのだろうか。おでこに触れただけで治るくらいならもうとっくに治っていると誰もが思うだろう。あのときの教会の人たちがそういう顔をしたように。

 どう思われても治せばいいだけ、とソフィアはベッドに近づく。ベッドに仰向けに寝ているリアは顔を赤らめ口を微かにあけて息を苦しそうにしている。ラキの三つ下のまだ四歳の子だ。おでこに触れてみるととても熱い。こんな状態が続けば続くほど命が危うくなることは誰にでもわかることだ。ーー治って、治って、熱が下がって病気のない健康体になって。

 手のひらに当たるおでこの熱が下がるのを感じてソフィアは手を離す。口呼吸も大人しくなっている。薄く目を開けたリアの名を母親とラキが呼ぶ。

「ママ、お姉ちゃん、もう苦しくないよ」

 起き上がってそう言ったリアを母親とラキが抱きしめた。それを見たソフィアとティアラとミュラとアスナは四人で手を合わせて笑顔になる。

「ソフィア、ありがとう」

「本当にありがとう」

 ラキにお礼を言われたあと母親にも感謝をされた。心が温かくもむず痒い。

「リアが苦しいのソフィアが治してくれたんだよ」

 ラキの言葉に、リアの視線がこちらへ向く。

「ソフィアお姉さん、ありがとう」

「どういたしまして。苦しいのなくなって本当に良かった」

 妹という存在のお姉さん扱いと微笑みに猛烈な愛しさを感じて自然と緊張が解けて言葉が出た。リアは元気よく頷いた。

「今度必ず遊びに来て私の手作りケーキたくさん食べてちょうだい」

 リアを抱き抱えた母親とラキが外まで見送りをしてくれる。

「お姉ちゃんたちと遊びたい」

「まだ安静にしないとだめよ。お姉さんたち四人でまた来てくれるからそのときに、ね」

 リアに言っているはずの母親の視線がソフィアたちに向けられた。

「また絶対に来てね。こなかったら迎えに行くから」

 押しが強いラキにソフィアたちは肯定した。

 リアの熱を治したときもそうだが教会に着くまでの間、女性の視線が注がれているのを感じた。偶然なのか実際にソフィアがやったことなのか考えていたのだろう。

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