虐殺皇帝と悪魔と呼ばれた私

白雲八鈴

第1話 成り上がってやる!

 私の目の前には、死をまとっている人が横たわっている。腹が深くえぐれ、血は止めど無く流れ、生きているのが不思議な状態だった。しかし、私を見るその瞳は生に執着しているように、光は失ってはいない。


その人が痛いほど私の手首を握って、何かを言おうとしていた。だけど、口からはヒューという音のみがこぼれ出ている。


 それはそうだろう。この状態では保って数十分。もう遺言を残すことも叶わないことが見て分かる。


「……っ……」


 口からは言葉が出てこないが、鋭い眼光何かを訴えていた。この者は、まだ生きることを諦めていないのだ。


「……会いたか……た。ずっと……」


 彼は誰かを探していたのだろう。


「リー……生きて……戻れたら……けっこん……をし……よう」


 はぁ。彼はリーという者を結婚相手として探していたようだ。だから、私は生き絶え絶えの彼に向かっていう。


「そう、私に会いたかったの?」


 彼が探していたのは、この私……あれから何年経っていると思っているのか。


「あの時言った言葉をもう一度言うけど、私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」


 私は瀕死の彼に向かって、10年前に別れた時の言葉を口にした。私には貴方の隣に立つ資格はないと。


 すると、彼は言った。


「……大好きだよ……リー」


 そのセリフも最後に出会った時と同じ言葉。そうして、彼の手は私の手首から離れていった。






 彼との出会いは15年前に遡る。

 私は王都の貧民街で生まれた。いわゆるスラム街だ。家なんて大層なものはありやしない。壁と雨漏りがする屋根に囲まれた場所と言って良いところだ。

 その風景を見た瞬間に思った。


 転生って普通は、公爵令嬢じゃない! それも悪役令嬢なんて! というシーンがつきもののはずと。


 そう、私は生まれながらにして、今の自分ではない人生を記憶していた。とは言っても、病院で働く看護師だ。人間関係は最悪で、殆ど休み無しで働き、ストレスと疲労でぽっくり逝ったのだろう。寝に帰るだけの家の玄関先で目眩に襲われたあとの記憶がない。


 まぁ、つまらない人生だったということだ。


 そんな私が生まれ変わって目にした光景を見て、なんて最悪な場所に生まれたのだろうと思ったのは当然のこと。しかし、底辺から這いずり上がってこそ、異世界転生という認識もあった。


あうぅ絶対にあうぅぅぅうう!成り上がってやる


 と決意したのだった。

 親は私の事を邪魔だと思っていたようで、食事も最低限しか与えなかった。いや、そもそも食べられる物が無かったのだろう。母親はガリガリだった。そして、父親は生まれてから見ていないので、夫婦という形で私を授かったわけではないことは明白だった。


 そして、この世界には魔法という物があった。これには大いに助けられた。


 いや、臭いんだよ。何もかもが。

 絶対に風呂なんて入っていないだろうという強烈な体臭。それが自分から臭っていると知ったときは愕然とした。


 それから転生する前に見ていた漫画とかアニメの知識を総動員して、魔法を作り上げて色々した結果。

 母親は私を捨てて、どこぞの男と消えてしまった。

 うん。小綺麗にして、栄養がいきわたれば、母親はチョー美人さんだった。金色の髪に光を宿したような煌めく金色の瞳。女神かと言わんばかりの美人さんだった。それは男どもがほっておかないだろう。


 これが、私が4歳のとき。


 そして、私が次に行ったことは、知識をつけること。だってさぁ。文字が書けないって、仕事にありつけないでしょ。


 小綺麗な4歳児になって服もチートな感じで作った物を着れば、なんということでしょう! 商家の娘ぐらいには見えるではないですか。


 貴族は見たこと無いからね。貴族の娘とは言わないよ。


 そんな格好をしてどこに行くのかと言えば、図書館だ。事前に誰でも・・・利用が可能という情報は仕入れていた。

 身分証が無くても利用可能という素晴らしい場所だった。


 私は堂々とした商家の子供という感じで、石造りの大きな建物に入っていき、入口にあるカウンターに座っている人に声をかける。


「おねぇーさん。ここの使い方と、わたしでも読める本のところを教えてください」


 カウンターといっても大人用のカウンターなので、司書の女性からは私の姿は見えなかったのだろう。

 カウンターから出てきた司書の女性は私の事を、不思議そうな顔をして見てきた。


「お父さんかお母さんは一緒ではないの?」

「あのね。おかあさんはお隣のびょーいんにいるの。だからおとうさんがここでまっていろって」


 この図書館は市民街の比較的裕福な区画にある。言わば王都の中でも中心街と言って良い場所。そこには色々な施設が集められていた。

 図書館の隣には図書館より大きな建物があり、病気や怪我を治すところと聞いた。ならば、それを利用して母親が入院中であり、父親が見舞いに来ていると。それならば、長時間一人で子供が図書館に居ても怪しまれないだろうという浅はかな作戦だった。

 この国に保育施設や学校施設があるかわからないので、この作戦が通じるかは一か八かだった。


「そうなのね。一人で偉いわね。じゃ、おねぇさんが案内してあげるわ」


 涙を浮かべながら、私の手を引く司書の女性。案外ちょろかった。


 図書館は1階であれば自由に誰でも利用可能で、貸出には身分証明書がいるらしい。もし、勝手に持ち出そうとすれば、本が強制的に図書館に戻るシステムだとか。

 恐らくそこでも魔法が使われているのだろう。



 そして、私は適当な本を手に取り、開いて愕然とした。

 読めないということではなく、普通に読めてしまったのだ。ただ、文字を書き写そうとすれば、その文字がどういう形かわからない。これでは文字が書けないということだ。

 私はそこで文字を書くのを諦めた。文字を書くのではなく、知識を得ることに集中すると。


 そこから一年通い詰め、1階の奥まったところで、分厚い本を読んでいるときだった。


「おや? 噂の本の妖精さんは、こんなところにいたのか」


 その言葉に視線を上げると、杖を持った白髪の老人がいた。

なに? 噂の本の妖精って?


「誰?」


 私には知り合いという存在はいない。だから、この老人に繋がる人物は居ないはずだ。司書の女性を除いては。


「誰と問われてものぅ。じぃで良いぞ」


 偉そうにじぃと呼べと指定してきた。だけど、それでは何者かは全くわからない。


「ふーん。じぃは何をしている人?」


 だから、更に質問する。正直に答えるとは思っていない。いざとなれば、転移で逃げる用意はしておこう。


「自由を満喫している者じゃな」


 これは今まで働いていたけど、隠居して自由にさせてもらっていると解釈していいのだろうか。


「で、何のよう?」

「孫に何か目ぼしい書物はないのかと探していたところじゃ」


 ああ、それで、こんな奥まったところに来たと。老人が一人で? 普通だと身なりからして誰か付き添いが、いそうなんだけどなぁ。だって、私は初めて絹を着た人に出会ったよ。


「そう、付き添いの人に手伝ってもらえば?」


 ちょっとカマをかけてみた。私から見ても、魔法を使って周囲を探っても、この辺りには人はいない。


「折角、護衛を巻いてきたのに、つきまとわれるのは御免じゃな」


 本当に自由人だった。そして、護衛か。やはりそれなりの人物だったようだ。


「じゃ、好きに探すといいよ」


 私は立ち上がって、大きな本を持ったまま移動をする。この本の続きが気になるからね。


「見つけたから、構わぬ」


 ん? それはもう目星を付けていたってこと?


「古代文字が読める本の妖精を連れて帰ることにしようかのぅ」


 ……古代文字。私は持っている本を見る。え? 古代文字も普通に読めるってチート過ぎるんだけど。私はそんな魔法は作っていないから、これは元から備わっていた転生特典っていうやつ?


「じぃは人さらいってことで、いいかな?」


 私は本を床に置いてジリジリと後退する。


「いやいや。孫の遊び相手になってはくれんかのう?」


 遊び相手? 私は首を傾げる。

 どこの誰ともわからない私を、恐らく金持ちのお子様の遊び相手ってあり得ないよね。


「意味が分からないけど? 護衛がつくような、じぃの孫と私とは話が合わないと思う」


 ジリジリと距離を取りながら、遠回しに断わる。


「あやつは可哀想な孫なんじゃ。母親は早くに亡くしておらぬ、そのことで、肩身の狭い思いをしておるんじゃ」


 母親が死んだからって何っていうんだ。私は母親から捨てられたっていうのに。


「だったら、私より友達に向いている子っているはずだよね」


 私にこだわる必要がない。


「確か、母親が入院しておるのじゃったか。そして、父親が毎日見舞いに来ておる。はて? 調べてみたが、そのような家族はおらなんだのぅ」


 ちっ! やっぱり調べられるとわかるよね。

 私は足元に術式を展開し、魔法陣を出現させる。これは逃げの一手でしょう!


「ほぅ。魔法阻害がされておる、ここで転移をするつもりか?」

「私の魔法と、ここに施されている魔法は違うからね! 詠唱術式の阻害なんて意味がない!」


 詠唱術式とはこの世界で普通に使われている魔法のこと。魔法を発動するための長い呪文を言ってから、発動キーである文言を唱えると、あら不思議。魔法が発現されるということだ。


「ではこれはどうかのぅ」


 じぃがそう言った瞬間、途轍もない恐怖が襲いかかってきた。なにこれ? 初めての感覚……怖い……寒い……


 そこで私の意識が途切れた。





「ということでな。孫の友になって欲しんじゃ」


 結局、私は攫われた。このじぃに。


「あのさぁ。私、身分がない底辺の平民なのだけど?」

「そうじゃろうなぁ。でなければ、親の許可が必要じゃからのぅ」


 くそじじい。どうやら、私のことは調べられていたらしい。攫っても文句を言われない存在だと。


「教養とか全くないけど? 口も悪いし、身分とかクソ喰らえだし」

「フォッフォッフォッ」


 変な笑い方をしないで欲しい。鳥肌が立つ。


「友とはそういうものじゃ」

「いや、駄目でしょ。どう見てもここ王様が住むところだよね」


 私はアニメの世界でしか見たことがない部屋にいる。ふかふかの絨毯に、沈み込みそうなソファー。よくわからない絵に、何の首かわからない動物の壁掛け。

 そして、じぃの背後にずらりと並んだ、鎧。ピクリとも動かないけど、中に人が入っている。


「何者にも囚われない本の妖精に頼みたいのじゃよ」

「ふーん。じゃ、口が悪くてもいい。性格が悪くても良い。悪い遊びを教えてもいい」


 はぁ、さっきから、中身入りの鎧からピリピリとした感じが襲ってくる。これが、殺気っていうやつだろうか。っと言うことは、じぃから受けた恐怖はそれに近い感じかな。呪文を唱えていなかったからね。


「よい。わしが許す」


 すると、ピリピリしたモノが無くなった。ふーん。じぃはやはり偉い人と言う感じか。


「それなら期限を作って欲しい」

「期限とな?」

「お孫さんの相手の期限。ずっとっていうわけにはいかないでしょう?」


 ここは裕福かもしれないけれど、窮屈なところだ。息がしにくい。そんなところ。


「よい」

「そうだね。期限はじぃが死ぬまでって……」


 さっきまで微動だにしなかった鎧の一つが剣を抜き、瞬間移動でもしたかのような速さで近づいてきて、私に向かって剣を振り下ろしてきた。じぃはというと、にやりという笑みを浮かべて静観する姿勢だ。

 まぁ、いいけど。


 すると、振り下ろされた剣は何かに弾かれたように、私の頭上で方向を変えた。


「あのさぁ。人はいずれ死ぬんだよ。病気だったり、怪我だったり、寿命だったり。いつまでも、こんなクソガキをここに住まわせる気はないでしょう? だから、私を攫ってきた本人が寿命を迎えるまでって言ったの。じぃが居なければ、私なんてここではゴミクズだ」

「そこまで酷くはないじゃろうに」


 それは本当のことだ。私には身分がない。となれば、自分自身で確固たる地位を得るか、誰かの庇護下に入らなければ、生きにくいだろう。


「ほれ、剣を収めぬか。お前たち、さっきからこの者に向かって殺気だっておるが、この者がどういう者かわからぬか?」


 ん? じぃは何を言っているのか。私は貧民街で生まれた親無しだ。それぐらい調査済だろう。


「聖女じゃよ」

「いや、違うし」


 思いっきりそこは否定する。そんな仰々しい者じゃない。


「フォッフォッフォッ」


 その気味が悪い笑い方をやめてほしい。


「わしの寿命は、あとどれぐらいじゃ?」

「さあね。知らない」


 まぁ。視るところによると、そこまで長くない。あと5年生きればいいぐらい。


 人の状態を視る魔法は構築した。とは言ってもとても大まかなもの。悪いところが黒く見えるっていうだけ、それがなんの所為で黒く見えるのかが、わからなかったりする。

 多分、私の魔法の構築の仕方が悪かったのだろう。治すところがわかる魔法がいいなんて、曖昧なことを考えていたから。


 で、じぃはというと、心臓と肺が黒い。あとは、脳の一部。

 考えられるのは心臓が弱っていること。肺の腫瘍。それが脳に転移をした。若しくは一部の脳梗塞を起こしているか。その辺りが曖昧。


「気ままに散歩をしながら、過ごせばいいんじゃない?」


 あと、人を治癒する魔法もあるけど、じぃにはしないほうがいい。使えば寿命を縮めるだけ。どうも治癒の魔法はその人の生命力を引き出す魔法だった。

 私が描いていたのは何も対価がなく治癒がされるものだったのだけど、そうはならなかった。


 人は寿命というものには抗えないらしい。


「なんじゃ? 治してはくれんのかのぅ」


 ちっ! どうやら、私が治癒の魔法の実験をしているのを、どこかで見られていたらしい。人気のないところで行き倒れている人に、試しているところを。


「人には寿命というものがある。天寿をまっとうすればいい」

「フォッフォッフォッ。わしは天寿を全うできるのか。それは良いことを聞いたのぅ」


 そうして、私はじぃのお孫さんという人物のお友達|(仮)に選ばれてしまった。はぁ、きっと我儘姫さまなのだろう。





「孫のレオンカヴァルドじゃ。レオンちゃんと呼んでよいぞ」


 じぃ。すっごい目つきで睨んでくる黒髪の少年がいるのだが?

 女の私に友達になって欲しいと言ってくるものだから、てっきり女の子だと思っていたら、男の子じゃん! 余計に駄目だし!

 しかし、契約書まで書かされてしまったのだから仕方がない。


「レオンちゃん。今日からお友達|(仮)になるので、よろしく」


 私は右手を差し出して、よろしくアピールをする。すると私を無視して黒髪の少年は立ち上がり、私の横を素通りして、じぃの元に向かっていった。


「太上皇帝陛下。なんですか? あの珍妙な生き物は」


 珍妙な生き物とは失礼な! これでも生物学的に女だ。

 って皇帝?? いや、太上皇帝ってなに?


「じぃって王様?」

「ん? 王様のではなく皇帝だった者じゃな」


 王様と皇帝の違いが全くわからない! 何か違いがあるわけ?


「違いがあるの?」

「ふん! こんなモノを私の友になど、不要です」


 やっぱさぁ。権力者のクソガキっていけ好かないよね。私はちらりとじぃを見る。すると私に対して頷き返した。

 よし!


「レオンちゃん。教えてよ。友達だよね」

「お前など。友ではない!」

「えー? だってさぁ。皇帝だったじぃが、私をレオンちゃんの友達にって、言ったんだよ? その意味を賢いレオンちゃんならわかるよね」

「くっ!」


 すごく悔しそうな顔で睨んできた。偉い人の命令は聞かないといけないという、嫌々感が溢れ出ている。


「ふん! 馬鹿でもわかりやすく言えば、多くの国を支配した王が皇帝だ。だから支配した国には当然王が存在し、属国をまとめ上げる王の中の王が皇帝だ」


 ん! これでピンときた。レオンの母親はその属国の何処かの国の王族で、母親が死ねば皇帝となる順位は低くなり、皇帝には立てないと言う感じだろうか。


「さすが私の友達だよね! レオンちゃん!」

「っ! レオンちゃんと呼ぶな! ……お前!」


 ああ、そう言えば私は名乗っていなかった。


「私はリリィ。趣味は読書と魔術の実験だ。金色がよく似合う女の子。5歳。よろしく!」

「女?」

「女の子じゃったのか?」


 え? 女の子に見えていなかった? じぃまで、まじまじと見ている。いや、じぃ。私の事を聖女って言っていたよね! それて女ってわかっていなかったて、どういうこと?


「どう見ても女の子だよね!」

「女性はズボンを履かない」

「そうじゃのぅ。髪が短いから男の子じゃと思っておった」


 私は自分の衣服を見る。ズボン。歩きやすいからズボンにした。髪は長いと邪魔だから切った。

 あ……そう言えば、ナイフで自分の髪を切ったときに、母親が発狂していた。あれは女の子が髪を切るなんてという意味だったのか。


「じぃ! 私のこと“聖女”って言った。じゃ、あれはなに!」

「ん? あれは面白がって言っただけじゃ。しかし、聖気をまとっていることには変わりないじゃろう?」


 いや、知らないし。


「契約してしまったからには、仕方がないのぅ。期限まで男の子の姿でおると良い」

「らじゃー」

「太上皇帝陛下! それは問題です」


 私は何も問題はない。髪も短くていいし、服装もズボンでいい。


「次はレオンちゃんが自己紹介してよね。ほらほら、じぃが決めた友達だよー」

「くっ……レオンカヴァルド。皇帝陛下の第一子だ。歳は10歳」


 ……すっげー面倒くさいヤツの友達に任命されてしまった。


「はぁ。それだと私の役目は友達兼治療師だね」


 恐らくレオンの母親は、じぃが息子に充てがった嫁だったのだろう。しかし、普通ではない死を承った。

 だから、じぃは天寿をまっとうすることをワザワザ言葉にしたのだろう。



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