第5話 管理者は胃が痛い
「呼び出された理由は分かるかな?ベル。」
何も無い真っ白な空間、そこにある真っ白でシンプルな椅子に座る女性、ベルフェと同じく純白のキトンを纏っているが、まさに大人のお姉さんと言うに相応しい色気が漂う。世界が白に染っているがゆえ、美しく煌めく紫の髪がよく映える。
そんな美しい女性なのだが、髪の色と同じ紫の瞳からは隠す気もなく疲れが見て取れる、と言うか、最早疲れすぎているのか濁ってすら見える。
「う〜んと、オズくんが世界を救った労い的な?」
呼ばれた理由を聞かれたベルフェは、とりあえず直近にあったことを思い出しながら、床と思わしき空間を掴むと、引き伸ばしクッションのようにして撓垂れ掛かる。
「労いね、労いか……。はーっはっはっはっ、いやぁ、本当に面白いよね君ってやつは、ベル。」
本当に愉快そうに笑う女性、ベルフェの態度が心底面白いらしい。
「うへへ、サッチンに褒められるとこそばゆいんだよね。」
満更でもない様子で、照れながら頭を搔くベルフェを、女性は笑顔で見つめる。
「ああ、本当に、良くもやってくれたよベルフェ。友人としては本当に君は面白い。……でもね。」
先程までも笑顔は一瞬で消え、女性は真顔になる。
濁ってすら見える瞳が確実にベルフェへと向けられる。
異様な雰囲気に包まれ、それを察するように撓垂れ掛かっていたベルフェは床に飛び退き、土下座の体勢をとる。
「世界の管理者、サーティンとしては見過ごせないよね。」
サーティンはゆっくりと立ち上がって、ベルフェに歩み寄る。
「今回も何が駄目なのか君は理解していないんだろうね。他の子達に示しがつかないから、僕は君を叱らないと行けないんだけれど、こうも暖簾に腕押しだと叱る気力も湧いてこない。本当に困ってしまうよ。」
サーティンの指摘はその通りで、オズの言われた通りに作業しただけのベルフェには、何がダメだったのか理解出来ていない。
分からない以上何も言えないベルフェは黙ってサーティンの言葉を待つ。
「本当ならあの人間に直接文句を言いたいが、僕は世界に干渉出来ないからね。ああ、本当に面倒だ、君に言っても意味が無いのにどうして僕は叱らないといけないんだろうか。なぁ、ベルフェ?」
サーティンの瞳からは余りにも濁った感情が溢れ出ている。
「ごめんなさい」
それは表現のしようがないほどの恐怖。
ドス黒い感情に充てられたベルフェは何とか謝罪を口にする。
それは小さな小さな声。
「分からないな?何の謝罪だろうか?何の謝罪でも無いだろう?だって君は何も分からないんだから。」
全てを吸い込むような闇が、ベルフェを見つめる。
「ゔっ……」
ベルフェの口から息が漏れる。
あまりの恐怖に息をするのも忘れていたのか。
「ゔア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ……サ゛ッ゛チ゛ン゛か゛こ゛わ゛い゛い゛い゛い゛」
ベルフェの中で何かが切れると、涙がポロポロとこぼれ落ちる。
その様子をしばらく見つめていると、サーティンの瞳から闇が消えていく。
疲れた様子でゆっくりと椅子に座ると、少しだけ優しい目をベルフェに向ける。
「ごめんよベル、僕もしたくは無いけれど、ケジメは必要なんだよ。」
サーティンは泣き止む様子のないベルフェに優しく声をかける。
「これに懲りたらまた暫くは大人しくしておいてくれるかな?」
サーティンの言葉にベルフェは涙目のまま、こくこくと頷く。
「うん、ベルはいい子だね。それじゃあ、落ち着いたら帰っていいよ。」
暫くその場で泣き続けるも、次第に落ち着きを取り戻したベルフェは、来た時のようにゲートを開き帰っていく。
ベルフェが帰り、サーティンはものおげに溜息を着く。
「ちょいとばかしベルに甘すぎると違います?」
サーティンの肩に手が置かれ、糸目の女が肩越しに顔を覗かせる。
「マモか、気安く触るなといつも言っているだろ。」
肩に置かれた手の甲をつねりながら、ギロリとマモと呼んだ女を睨みつける。
「痛い痛い!ワテにももう少し優しくてぇな。」
サーティンから距離を取り、マモはつねられた手の甲を摩る。
白い髪を頭の低い位置でまとめたポニーテールを揺らし、
きっちりとした執事服姿で、手の甲をさする右手には金貨を1枚持っている。
「優しくされたいなら、ベルの様にもっと可愛げを見せたらどうだ。」
マモの軽口にサーティンは至極面倒そうに溜息を着く。
「ぴえん……ぷっ……あかん、わろけてまう。ようあないにメソメソとできるな、ワテにはどうしたって真似出来んわ。」
ベルフェの様子を思い出して、マモは腹を抱えて笑う。
「それで?何の用。」
ベルフェに見せていた表情はあれでも大分マシだったのか、マモが来てからどんどんとサーティンの目の濁りは増していく。
「冷たいな、冷たすぎて凍えてまうわ、あっためてぇなサッチン。」
両手で自分を抱きしめながら、マモはくねくねと変な動きをする。
「用が無いなら自分の世界へ帰りなよ。」
サーティンが手を振ると、マモの身体から光が溢れはじめる。
「ちょっ、ジョークぐらい許してぇな、そもそもワテが用もないんにこんな真っ白けな気味の悪い場所に来るわけないやろ。」
マモは慌てて身体に着いた光を払い除けると、ニヤニヤと笑いながらサーティンに近付く。
マモがここに来た理由にはもちろん心当たりがある、故にサーティンは小さく舌打ちをする。
「ルーシーの格がワテより下がった。階級落ちは免れたみたいやけど、ベルフェが変わりに第二位……どないするつもりや?」
先程までニヤついていたマモが、無表情になり真面目な調子で問いかける。
「ルーシーとアタンに私の星を一時的に譲渡する。それで一先ずは何とかなるでしょ。」
淡々と答えるサーティンをマモが睨みつける。
「確かに一先ずは何とかなりそうやな、ほんでも格の違いはどないするつもりや。良くない思うねん、アンバランスなんわ。いくら位を元に戻したとて問題は残る、ベルフェの世界をどうにかせなあかん。」
マモの言うことはその通りで、サーティンの方法だけでは実際問題が残る。
「好きにしなよ、ルールさえ守るなら。君はその点に関しては大丈夫だと思うけど。」
サーティンは物凄い溜息をつき、さっさと帰れと手で払う。
「当たり前やろ?弁えるんは得意や。」
マモは言質を取ったとばかりにニヤけると、右手のコインを弾く。
くるくると回って床に落ちると、金の輝きがマモを包み、その場から消え去る。
「ああ、オズマジオズオズ、本当に面倒な男だよ。どうせマモの事だ、あれにちょっかいを出すつもりなんだろうけど、次はどんな面倒事が起こるのか。全く嫌になるよ、何でもかんでも管理者の私に回ってくるんだから。」
もう何度目かの溜息を着くと、サーティンは少し離れた場所に視線をやる。
「大体、デウスほどとは行かなくとも、君はもう少し協力してくれてもいいんじゃないかい?アタン。」
サーティンの視線の先がゆらりと揺らぐ。
「普通に嫌なんですけど、大体少しならしてるじゃない、馬鹿のお世話はごめんてだけよ。」
水色の長いツインテールを払いながら、サーティン達と同じ白いキトンを身にまとった女性は、冗談じゃないとばかりにそっぽを向く。
「君もいつも通りそうで何よりだよ。とは言え、今回ばかりはそうも言ってられない状況なんだよね。」
「今回”も”」
「ははは、そうだね。今回もそうは言っていられない状況なんだよね。」
アタンの剣幕に押されサーティンは空笑いを浮かべながら言い直す。
「必ず面倒事に発展すると思うからね、どうか頼むよ。」
サーティンは居住まいを正し、真面目な顔をアタンへと向ける。
「普通に嫌なんですけど」
しかし、アタンは本気で嫌とばかりに嫌悪感を顕にする。
「アタン」
感情の読み取り辛いサーティンの濁ったの瞳はアタンを捉えたまま離さない。
暫くしてアタンは観念したのか、深く溜息を着く。
「分かってるわよ、ちょっと言ってみただけじゃない。ちゃんとするわよ、もしもの時はね。」
そう言葉を残し、アタンの姿がその場から掻き消える。
やっと一段落着いたとばかりに、ドッと疲れた様子でサーティンは椅子から崩れ落ちる。
「ああもう本当に面倒臭いやつばかりだ!何なんだ!天然娘も銭ゲバもツンデレも!私の胃に穴を空けたいのか!」
サーティンの叫び声は真っ白な空間に虚しく響く。
誰もいない空間で叫んだせいか、余計に虚しい気持ちが込み上げる。
暫くして、虚しさと恥ずかしさが頂点に達したのか、サーティンは椅子に座り直す。
「オズマジオズオズ、今は楽しく遊んでいるといいさ。」
少し赤くなった頬を隠すように顎に手をやると、ムスッとした表情をしながら、そう呟く。
その言葉も誰もいない空間にゆっくりと掻き消えていく。
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