転移

 クラスの教室に眩い光が差し込んで、視界が真っ白になった。


 それはクラスにいた誰もがそうだった。

 もうすぐ冬休みというある日の昼休み。

 この日はクラスの全員が出席しており、その時は教師が教室を出た直後でクラスの全員が教室に残っていた。

 授業が終わり昼休みということで、ある男子生徒は授業が終わるとササッと席を立って教室を出ようとしていた。また、ある女性生徒はトイレに行こうとその男子生徒とは違う戸口に手をかけていた。

 そして、ある女子生徒はいつものように一人で教室を出ていく男子生徒を目で追っていた。


 それが冒頭の眩い光。その光は教室の中の景色を一変させる。

 視界が奪われた生徒たちは理解を越える事態に混乱状態に陥った。


「なっ! なんだ!?」

「なにこれ!?」


 生徒たちは雑駁し、事態を飲み込めずにいるが、すぐにやってきた静寂に落ち着きを取り戻し始めた。

 眩んだ視界が落ち着くと、教室の風景ではなくだだっ広いホールに教室にいた生徒たちがまばらに散らばっている。

 椅子に座っていたはずの生徒は椅子がなくなったため、その場に尻もちをついて後ろに転げた。


「え──なに……」

「どっ……どこだよ!? ここは!」


 そしてある女子生徒が叫んだ。


「くっ──くーちゃんッ!」


 その女子生徒は座ったままの姿勢だったため尻もちついていた。

 それでも、目で追いかけていた男子生徒の姿がおかしいことに気がついて叫び、残された遺物に駆け寄った。

 血が滴る右肩から右腕。それに腰からの右足。


「くーちゃんッ! くーちゃんッ!!」


 その女子生徒は腕と足を抱き寄せ泣き叫んだ。

 何が起こったのかわからない。

 でも、これはただ事ではない。


「どうしてッ! どうして──ッ!!」


 叫ぶ女子生徒。

 それとはまた別に、他方で叫ぶ男子生徒の声がした。


入海いるみさんッ!」


 入海と呼ばれた女子生徒。入海丹恋愛にこあは脳天から股まで縦に半分が消失した状態で倒れていた。

 既に死んでいて生気はない。

 入海丹恋愛の周囲を生徒たちが取り囲み凄惨な姿を目に焼き付ける。

 ただ、一人を除いて。

 その彼女は慟哭する。


「ぃやああああーーーーーーーーッ!!」


 彼女の心がその願いを顕現させる。

 ふわりと輝いたかと思えば先程の眩さほどではないが少女の周囲を光が照らし、彼女が抱き寄せる身体の一部に光を集めた。


「くーちゃんッ! くーちゃんッ!!」


 嗚咽し、涙を流し、彼の名を連呼して泣き叫ぶ。

 白羽しらは結凪ゆいなは、この身体の一部の持ち主──天羽あもう空翔くうがの幼馴染。

 中学生になってからしばらくして疎遠になったものの、彼女にとって空翔は初恋の相手であり、今も変わらず想い人のままであった。


「ううっ……ああ……ッ」


 喪失感で他には目もくれない白羽結凪に金髪碧眼の若い女性が近寄る。


「貴女、今、特級回復魔法を使ったわね?」


 そう訊いた。

 女性の声は白羽結凪には届かない。

 代わりに男子生徒の一人が彼女に訊いた。


「今のは魔法ですか?」


 彼は如月きさらぎ勇太ゆうた

 クラスの学級委員長で人望の厚い少年。


「そうよ。あなた達がここに現れたのも私たちの魔法によるもの。私たちの願いに応じていただいた女神・ニューイット様のお導きであなた達が選ばれてここに喚ばれたの」


 女性はホールにいる全員の耳に届くようにわざと声を大きくして答えた。


「喚ばれたって──俺たち異世界召喚というやつで異世界に転移したのか?」


 ライトノベル好きの少年の独り言だが、女性はそれに答える。


「ええ。そのとおり。私たちにとっては異世界の人間を召喚させていただいた──ということになるわ」

「じゃ、じゃあ、魔法を使ったりできるのか?」

「それは鑑定をしてみないとわからないわ。この大規模召喚魔法というのは神の権能を利用する魔法で何千年も前の昔から伝わるものだけど、使われた歴史がなかったの。その資料では、召喚された者は言語中枢が置換されて私たちの世界の言葉を理解し、恩恵を一つ授かって顕現する──とだけ。だから時宜を見て鑑定をさせてもらうわ」

「おお、お願いします。それで僕たちはこれからどうなるんですか?」

「宮殿の大部屋を案内させてもらうわ。大部屋は二つ用意していますから男性と女性に分かれていただいて、そこにしばらく滞在。それからのことは追って説明いたしましょう」


 そう言って、女性は再び白羽結凪に目線を向けた。


(あんな死んでてもおかしくない身体の一部の傷口を塞いで血を維持するだなんて──)


 白羽結凪は心身を喪失した状態だと言うのに抱きかかえる右手と右足に魔力を送り続けている。

 ぼんやりと光りを讃え、その身体の一部が死なないように、白羽結凪の恩恵が働きかけていた。


 それからすぐに生徒たちは宮殿の奥へと案内をされた。

 道すがら「帰りたい」とか「帰るにはどうしたら良い?」などの言葉のやり取りはあったが、それに対する明確な答えはないまま、男女に分かれて大部屋に閉じ込められる。


「ママ……パパ……」

「おうちにかえりたいよぉ」

「彼ピに会いたい──」


 女子に割り当てられた大部屋ではすすり泣く声が多かった。

 白羽結凪は「くーちゃん……」と天羽空翔の名を呼び続けている。

 一方、男子生徒の大部屋でも似たような感じで──。


「帰りたいなー」

「彼女とデートがあるのにさー」

「俺、来週発売のゲームしたかったのに──」

「なあ、俺たち、帰れると思うか?」

「帰れないってパターンっぽいんだよな」

「それはお前のラノベの話だろ」

「まあまあ──。そうかもしれないけどさ。こればっかりは帰れないって考えたほうが良いかもしれないな」

「たしかにな。あの金髪ねーちゃん、帰れるとは一言も言わなかったもんな」

「明日、鑑定するっていうから、それまでは様子見だね」

「委員長の言う通りだな」


 と、そんな感じで意見がまとまりつつあった。

 女子と違って、男子は地球に戻れない前提で考えを改める方向性。

 考えが決まると、ある男子生徒のお腹がぐーっと鳴った。

 その音を耳にした別の男子が空腹を訴える。


「ってゆーかさ、腹減った」

「そういえば昼メシ、まだ食ってなかったよな」

「誰か弁当もってないの?」

「弁当なんてねーよ」

「くっそ。腹減って眠れねぇ」


 転移前は昼休みを迎えたばかりだった。

 異世界では既に夜。

 女神・ニューイットは夜にこそその真価を発揮すると言われている。

 そのため、大規模召喚魔法は夜に行なわれたのだった。


 それから翌日──。


「わが国の食事はおいかがでしたでしょうか?」


 朝、大部屋に騎士たちがやってきて生徒たちを大食堂に連れ出した。

 この世界では朝食はとても軽いものを食べるためそれほどの量ではなかったが、小腹を満たされ何とか耐え凌げる程度にはなる。

 それでも空腹が癒えない者も当然いたが──。

 そして、昨日に召喚されたホールに集まっている。

 一人──白羽結凪は天羽空翔の遺物を抱きしめたまま動かずにいたため、彼女は大部屋で既に鑑定を受けていたが。


「名乗り遅れましたが、改めて──。私はコレオ帝国の第一皇女、ミル・イル・コレットと申します。礼儀作法については今のところはおかまいなく、気軽にミルとお呼びください」


 ミルと名乗った少女は綺麗な所作でカーテシーを披露。

 これには男女に関わらず生徒たちから「おお」とざわめきが起きた。

 それほどまでに美しく見えたのだ。


「それでは一人一人、鑑定をいたしますので、お名前を名乗っていただき、担当の指示に従って鑑定を受けてください」


 ミルが指示を出すと四人の騎士たちが生徒を四つのグループに分けて鑑定の魔道具を使う。

 鑑定は数十分とかからずに終え、騎士たちはミル皇女の傍らで鑑定結果を伝えた。

 騎士たちの報告を終えるとミルは騎士たちの間を縫って生徒たちの前に出て凛とした声をホールに響かせた。


「私が呼んだものは前に出るように──」


 ミルの声で生徒たちは一斉に彼女に視線を向ける。

 彼女は鑑定の結果を纏めた紙を手に持ち、名前を読み上げた。


如月きさらぎ勇太ゆうた


 名を呼ばれた如月勇太は「はい」と声を張り上げて生徒たちの前に出てミルの正面に立った。

 彼の鑑定結果は〝勇者〟。魔族に対して圧倒的に有利な権能を所持する恩恵である。


塚原つかはら紫電しでん


 彼もまた、勇太に続いて「はい」と声を張り上げて前に出る。

 彼の鑑定結果は〝剣聖〟。剣の類を扱うことで圧倒的に有利な能力を発揮する恩恵である。


一条いちじょう栞里しおり


 名を呼ばれた一条栞里も男子と同様に「はい」と声を張り上げて前に出た。

 彼女の鑑定結果は〝聖騎士〟。聖女と共に戦うことで絶大な真価を発揮する恩恵である。


ひいらぎはるか


 続いて女子。柊遙が少し小さくだが「はい」と声を出して生徒たちの前に出た。

 彼女の鑑定結果は〝魔女〟。それも全属性の魔法を使うことができる稀有な恩恵である。

 ただし、白魔法と呼ばれる治癒や回復を伴う魔法を扱うための権能が不足している。


高野こうの貴史たかし


 最後に男子。高野貴史が「はい」と大きく声を上げた。

 彼の鑑定結果は〝賢者〟光属性と闇属性以外の白魔法と黒魔法を扱う権能に優れた恩恵である。


「以上。前に出てきていただいた五名──それと、ここにはいない白羽しらは結凪ゆいなの六名は本日より個別に部屋を用意します。そこで個別に特別な指導を組ませていただきますので、騎士の指示に従って行動してください。残った者にも個別にカリキュラムを組ませていただきますが、城外での指導を行う者もおりますから、それぞれ、指示に従ってくださいますようお願いします」


 ミルは毅然とした態度を見せ、一人一人に目を配る。


「個別とは言いますが食事等は皆様、ご一緒いただきますし、集団での行動はだいたい同じくしていただくことになるでしょう。引き離すわけではございませんので、どうぞご安心を──では、また、のちほど」


 彼らの不安げな表情を慮った言葉を置いて、ミルはホールを後にした。

 名を呼ばれた五名は数名の騎士に先だって連れて行かれて、残った生徒たちは騎士の指示に従っておずおずと大部屋に戻る。

 この扱いに生徒が数人が納得できずに騎士の背中を力の籠もった目で睨んでいた。

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