第三章

27 高一初夏

 コートの外周、フェンスを背に後ろ手を組み、時折ときおり転がってくるボールをひろってはプレーヤーに投げ返す。その繰り返しだ。


 ボールボーイという名の球拾たまひろいの役割が終わると、コートを出て校庭を5周程ランニングする。それを終えると、最後はコートに戻ってネットを外し、トンボ掛けをすれば今日の部活動は終了となる。


 明日からテスト期間に入るので、二週間部活動は停止の予定だ。ようやく一息つくことができる。


 高校に入ってテニス部に入部したが、失敗だったかもしれないと思い始めていた。想像以上にキツい。キツいなんてもんじゃない。


 それでも、毎日のように筋肉痛に悩まされていた春先から考えれば、随分とマシになった気がする。体が自然と毎日の運動にれたおかげだと思う。


 まあ、スポーツについてはセンスというものがあるので、体力面が強化されたからと言って、プレーが上達するかどうかはまた別の問題だ。元来、持って生まれた才能というヤツは、やはり期待できそうに無い。


 それでも、自分の体が軽くなったという実感は大きかった。


 中学を卒業する少し前あたりから、特別意識していたわけでもなかったのだが、身長が伸びた割には体重はそれ程増えなかったこともあり、少しずつ平均体重に近づきつつある。


 自分を変えたいとか、立派な人間になりたいとか、そんな大それた意志は毛頭もうとうない。しかし、自分のウイークポイントが明確となって久しい中、それをどこかのタイミングで克服できるのであれば、それはそれでやはりいいものなのではないかと、漠然と思っている自分もいるのである。


 僕は、地元の男子高にかよっている。学力的に無理をする必要のないレベルの学校だったので、受験勉強も必死になることはなかった。普通に勉強して、普通に受験して合格することができた。


 高校に進学してすぐ、同じ中学から進学した友人が、中学に引き続きテニス部に入部すると言うので、何となく一緒に体験入部をしてみた。はっきり言ってテニスには全く興味は無いのだが、その場の流れで同行した感じだ。


 ラケットをにぎって、手に持ったボールを軽く打ってみる。それなりに思ったところに飛んでいった。たったそれだけで、入部を決めてしまった。そして、今に至る。


 明日から部活動は休みなので、ずっと学校の部室に置きっぱなしにしていたラケットを、持って帰ることにする。少しぐらい、手入れをしてあげても良いだろうと思ったからだ。


 テニスラケットを肩に掛けて、家路いえじにつく。


 高校は家から少し離れた場所にあるので、通学は電車を使っている。地元のローカル線を三駅ほどの距離である。無理をすれば自転車で通えなくもないが、部活を始めたので、通学くらいは楽をしたい。


 帰りの電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りると、反対側のホームにも、他の学校の生徒達が大勢おおぜい降りてきている。その中に、中学時代の見知った顔が数人いた。


 改札を抜けた所で僕のことを見つけるなり、

「おう、久しぶり。え、なに? テニスやってるの? マジ、運動部入った? つーか、めっちゃせてない?」

 中学時代から軽いヤツだと思っていたが、全く変わらないノリで話しかけてくる。

「そ、そうかな?」

「いや、マジでめっちゃせたって、別人じゃん」

「そんなに言われるってことは、そうなのかな?」


 テニスラケットを持ち帰って来たタイミングだったので、細かい説明が不要なのはさいわいである。

「俺ら、ゲーセン寄って来たからこの時間だけど、毎日こんな遅いの?」

「まあ、大体このくらいの時間かな」

「そっか、スゲー頑張ってんじゃん。マジで今度一緒にどっか遊び行こーぜ。連絡すっからさ、な、約束な。マジ約束だかんな」

「あ、ああ」


 僕は、いわゆる社交しゃこう辞令じれいという名の生返事なまへんじをする。

「ぜってーな、んじゃな。またな!」


 そう言って中学時代の同級生達は帰っていった。

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