12 演説会

 演説会当日、会場となる体育館は昼休みを利用して、その準備が行われていた。


 僕たち一般の生徒は、折り畳み椅子をそれぞれ自分のすわる位置に置き、それに着席していった。


 壇上だんじょうでは、向かって左手に現生徒会役員、右手に次期候補者用のテーブルが用意され、中央には演説用の台とマイクが設置されている。


 彼女も壇上だんじょうの設営に参加しており、テーブルや椅子の位置を確認しながら調整を行っている様子が見えた。胸にはバッジのようなものを付け、候補者であることを印象けている。


 テーブルの位置が決まると、候補者たちは一度壇上だんじょうから降り、それぞれポスター用紙を持って再び壇上だんじょうに上っていくのが見えた。


 それぞれの候補者が自分の着席するテーブル前面に、そのポスター用紙を貼り付けていく。彼女も同様にポスター用紙を持って、貼り付ける様子がうかがえた。


 鼓動こどうが次第に高鳴っていく。


 たして、彼女はどのポスター用紙を貼り付けるのであろうか。僕の作ったポスター用紙を、使ってくれるのであろうか。


 テーブルの前にかがむようにポスター用紙を張り終えると、彼女は自分の候補者名が書かれた座席へと、テーブルを回り込むように移動して着席した。


 彼女の名を記したその文字は、ややひかえめで、他の候補者の文字と比べると、大人おとなしい印象だった。


 他の候補者の文字は、カラフルにいろどられていたり、書店やスーパーのポップ広告を思わせるものであったり、そのどれもが候補者を強くアピールする出来となっている。

 文字を使った候補者の援護えんご射撃しゃげきとして、とても有効な役割をたしていた。


 それに引き換え、彼女の前にかかげられた文字は、一見するとこの場では埋没まいぼつしてしまいそうな出来栄えである。


 ただ、これまで彼女がこの生徒会に向けて活動してきた姿勢や、僕の勝手な想像からくる印象を、そのつつましやかな明朝体は、とても正確に表しているように思われた。


 候補者のことを、遠慮えんりょがちではありつつも、長い時間、近くて遠い場所から見続けてきたという想いが、そこに詰め込まれているようだった。


 僕は、体が熱くなるのを感じていた。


 使ってくれた。


 彼女が僕のポスター用紙を選んでくれた。

 決して印象的いんしょうてきでも、芸術的げいじゅつてきでもない、平凡な仕上がりの四文字が、彼女の前にかかげられている。


 嬉しいとか、恥ずかしいとか、安心したとか、そういった感情がごちゃまぜになって、言葉では上手く表現できない、不思議な感覚に包まれていた。


 使ってくれた。本当にそれが嬉しかった。


 僕は彼女に、ようやく恩返しができたような、そんな気持ちをいだいていた。



 第一章 了

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