「閉じられた眼(Les yeux clos)」その2

 人間、告白にはいつだって勇気が必要だ。


 それが罪悪、色恋のどれであっても、勇気の不所持とタイミングを逸することは告白を破綻に導くことになる。


 そこで場所と雰囲気を変えるという大昔から伝わる人類共通のテクニックを選択する。場の空気を変えるのと、告白者の波打つ精神を穏やかにするのには極めて有効な手法だ。


 まして、これから話すことを考えれば当事者間の秘密にしなければならない。


 作品制作の補助ということで、海藤は寮にある彼女が特別にもう一部屋借りている工房アトリエに案内している。この別室には彼女が製作途中としている絵画、彫刻、オブジェなどが数点見える。その中にの小さいやつが置いてあるのを見逃していない。


 あの小原尚美の能力、あの異環境展開デペイズマンのトリガーとなるオブジェだ。しかし、標的を捕捉した際に見せる発光がないことから、介入する気配はないと見えた。とはいうものの、あれを見つけたこととによって沈黙という存在が、視認こそできないものの「重圧」へと置換されて海藤の頭上にのしかかっている。


 「もし、時山さんが持っている能力と言うか… 僕にも似たものがあるといったら… 驚くかな?」

 「えっ…!?」


 意を決した海藤の告白に時山は一言そう漏らしただけで、再び沈黙に戻った。何を思ってそんなことを言ったのだろうかと、思われるのが当然のことかもしれない。

 何より前触れも無しにいきなり告白してフラれるというのも、文化祭の前後では定番のことではある。


 「ええと、それは…」

 「え…? えっ!? 知ってる…?!」

 「う、うん… 知ってるというより、それも見える。体組織の一部を構成するナノ・マシンの操作…結構、SFみたいな能力よね?」

 「ま、まぁその通り… 」

 「私は科学的なことはよくわからないけど。光の男マン・レイっていうネーミングは結構好きかな」

 「あ、ありがとう…」


 ああ、まことに残念だが彼の勇気は無駄になった。この告白の間にもなければ、も存在しなかった。

 それどころか、今ここで体温が九十度まで上がって脈拍が三百六十、血圧が四百を超えるが如き、耐え難い恥ずかしさがある。さっきまでのシリアスなトーン、それらしい表情、まさしく地上最大の恥辱だった。


 告白とは承認、女性がそこまでのプロセスが成立された時に成立する。男性がそのプロセスを無視して行うことは、必ず失敗する。


 異性間の告白とは、この最終合意に至るまでの行為であり、男という生き物は大昔からこのプロセスに重大なエラーを生じさせて大失敗を経験する。もし、これが罪悪の告白ならば「自白」とされ、相応の懲罰を受けることとなる。


 「海藤君が光の男マン・レイっていうみたいに、私は閉じられた眼レズィユ・クロって呼んでる」

 「前より見えるようにっていうのが、その能力?」

 「視覚の発達… 音や温度だって、色彩とか映像ビジョンとして見えるの」


 どうやらその色彩や映像に、海藤の能力も含まれているのは確実だった。ただ一つ残念なのは、そこに彼が示した告白の勇気は存在していないようだった。


 「ふぅん、なるほど。全て丸っと、御見通しってところかな?」


 何がふぅんだ。丸っと御見通しだ。なんだか、自分の失敗をリカバリーできないフクザツな感情を抱きつつも、彼はここから再出発しなければならないと考えている。  

 全てを見透かされた気恥ずかしさは、話題を変えることで回避できる。何より、そこまで知られていては隠し立ては不要になった。


 「その上で聞きたいんだけど、僕が怖いとかそういう感情はない?」

 「あんまり、ないかな…」

 「本当? 僕がやってきたこと、時山さんは知っていると思うけど…」

 「うん、だから怖くないのかも…」


 見えることは恐怖にも繋がるが、のは人間の強みだ。確かにそうだった。時山の能力は「見る」ことであり、攻撃に転ずる要素こそない。


 「それに…今は誰かに言われて海藤君に会ったわけじゃないの。だから、あれも気にしなくて大丈夫」


 時山がチラと視線をやったのは、ともいうべき小型のエマク・バキアだった。幸いに読みが当たって、動作はしていないようだ。何でも、防犯アラートのようなもので彼女が危機に瀕した場合に用いるようにと預けられているらしい。

 

 「ということは、僕がこのまま製作補助アシスタントとして振舞えば…に遭わなくて済むってことでいいかな」

 「そういうこと。戦闘が成立しないなら、できることは対話しかないもの」

 「なら興味本位で申し訳ないんだけど…一つ聞いてもいい?」

 「何か、前もそんなこと言われた気がする」

 「その能力で、見たくないものが見えたらどうするの?」

 「ああ、それね。絵の具の調色とか、映像の色調調整と同じかな… 見たい色は自分で作り出すのよ」

 

 なるほど、自分の能力特性である自動作用オートマティスムをよく理解している。それどころか、この短期間で自分以上に応用できるようになっているではないか。最初に遭遇した間借人LODGERの接触者は、能力発動から日がたっていないため未分化状態だったというのに、かなりの精度でコントロールを実現している。


 「それにね… 芸術家っていうのは、自分が見たいものしか見えないエゴイストだから。そういうことが簡単に出来るのかもね」

 「エゴイストかぁ…」


 彼女の分析は正しいかもしれない。それだけの確固たる意志があるからこそ、自身の身体能力として認識することで能力を完全制御できる。


 海藤自身はこれを研究機関の監視下という環境で「習得」したことを考えれば、やはり彼女自身の能力かなり高い親和性や適性があったのだろう。間借人LODGERこと、別の分岐タイムラインに存在する人類と単体で高次元の一体化を実現した例も珍しい。


 「なら、仄かに光る双子グリマー・ツインズもそうなのかな…?」

 「私もそう思ったけど… あの双子は、誰の所にいるのか分からない」

 「えっ? 時山さん、今なんて…?」

 「あっ、ゴメン…」

 「もしかして、相手の思考も見えるの…?」

 「う、うん…これは最近、ちょっとずつ…」


 これには驚いた。どうやら彼女の眼には他人の思考すら「映像」として認識できる。これが彼女と一体化した間借人LODGERが持つ能力か、彼女が発展させたものかは分からない。

 

 「前に自分の中に、自分だけに見える作品があるっていってたけど…」

 「そんな眼が、私の能力に繋がったのかなぁ…」

 「それなら一つお願い」

 「えっ、なに…?」


 流石の海藤も、この能力は不快なのだろうと時山は思ったが、彼の表情は変わらずに穏やかだった。 


 「?」

 「えっ? それ、どういうこと…?」

 「あっ、ごめん!もう門限…また今度話すよ。またね!」


 海藤はそう言い残して、彼女の工房アトリエを慌てて去って行った。その言葉の意味を閉じられた眼レズィユ・クロは捉えられなかったが、彼の存在が確かに彼女の心の中にあるのだった。

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