隣に住む幼馴染に、毎日受験勉強を強要されるお話。俺に睡眠時間をくれー!

長根 志遥

第1話 私が勉強教えてあげようか?

 それは高校の合格発表の日。

 貴樹は幼馴染の美雪と一緒に、その発表結果を見に来ていた。


 掲示板にはカバーがかけられていて、発表時間が来たらそれが外されるのだろう。

 貴樹はそれを緊張した面持ちで待っていた。


「……緊張するなぁ」

「大丈夫でしょ。……まぁ落ちてたら、情けない貴樹を慰めてくらいあげるよ。あはは」


 美雪は軽い調子で貴樹を揶揄って笑った。

 その動きで、肩くらいまでの髪がさらっと揺れ、眼鏡が光を浴びて一瞬光ったように見えた。


(そりゃ、美雪は楽勝なんだろうけど……)


 貴樹はそんな美雪を見ながら、恨めしく思う。

 美雪は中学でも常に成績トップだから、普通に考えて落ちるはずがない。

 それに比べて、自分はこれまで頑張ってきたとはいえ、ギリギリだ。

 一応、もっと偏差値の低い高校も受けてはいるけれど、この第一志望校にどうしても合格したかったのだ。


 そのためにこれまで頑張ってきたのだから。

 

 ◆


 それは半年前の秋のこと。


「ねぇ、貴樹の志望校ってどこ?」


 放課後、校舎から自転車置き場に向かう途中、貴樹は美雪に尋ねられた。

 貴樹は「唐突だな……」とは思ったが、今日は高校の志望校を確認する面談があったから、それがきっかけなのだろう。


「俺は姫屋中央かな」

「え、それちょっと無理くない? 今のままだと……」


 貴樹が市内の私立高校の名前を挙げると、美雪は驚いた顔をした。

 それもそうだ。姫屋中央は近隣でもそこそこ偏差値の高い高校で、今の自分の成績だと少し……いや、かなり厳しい。


「そうだな。美雪なら楽勝なんだろうけど。……でも俺、建築士になりたいからさ、そのくらい勉強しとかないとって思って」

「そうなんだ……」


 美雪は意外そうな顔をしながらも、うんうんと頷いていた。


「で、美雪は?」

「私は別にどこでも良いんだけど、とりあえず市立かな」


 『市立』と言えば、ここ姫屋市の市立高校のことを指す。この近隣では最も偏差値の高いところだ。

 とはいえ、美雪ならそれでも余裕なのだろう。


「美雪が羨ましいよ。頭良くて」

「ふふ、貴樹が私に勉強で勝てるわけないでしょ。でも、姫屋中央かぁ……。うーん……」


 その通りではあるけど、美雪はズバッと貴樹の胸を抉る。

 ただ、しばらく何か考えていた美雪は、口を開いた。


「……ねぇ、私が勉強教えてあげようか? 最初はお試しでも良いからさ」

「え……。そりゃ美雪に悪いだろ」

「私は別に。暇つぶしだもん。……それとも、中央行きたいって口だけ?」


 美雪の言い方に少しイラッとするが、確かに言っていることはその通りだと思った。

 真面目に取り組まずに、『行きたい』と言うだけでは、ただの妄言でしかない。

 そして、美雪に教わるのが、近道であることも間違いないだろう。


「ぐ……。わかったよ。頼む……」

「ぷくく……。いーよ。ダメダメな貴樹を少しはマシにしてあげよう」


 苦い顔で美雪に頼む貴樹を見て、美雪は含み笑いをしながらも胸を張った。


 ◆


「とりあえずは、この問題集全部ね」


 一度それぞれの家に帰ったあと、すぐに美雪が貴樹の部屋に来て、分厚い問題集を5冊、手提げ袋から出しながら言った。


 美雪はずっと貴樹の隣に住んでいて、ほとんど毎日顔を合わせる間柄だ。

 保育園から同じだから、もう10年以上の腐れ縁とも言える。

 

「マジか……」


 あまりの量に驚きつつも答えた貴樹に、美雪は軽い調子で返す。


「これ、私が2年のときに終わらせた、いわゆる基礎だからね。年内には全部終わらせて、応用問題もやるよ」

「年内……って、あと3ヶ月しかないじゃんか」

「何言ってるの。3あるのよ。毎日たった10ページくらいで楽勝よ」

「…………」


 美雪はさらっと言うが、毎日それだけやるというのも、気が遠くなりそうだった。

 なにしろ、それ以外に日々の宿題などもあるのだから。


「終わったところから、解説するから。サボらないようにね。……それじゃ、早速やろうか」

「……あ、ああ」


 貴樹は5教科ある問題集から、まずは数学の問題集を手に取ると、勉強机に広げた。

 背後から監視されているなか、最初のページから手をつける。


 これまでの長い付き合いでわかる。美雪は本気で、自分の成績を上げるために考えているのだと。

 なら、それに応えないといけない。

 ……そうじゃないと、間違いなく、後が怖いから。


 ◆◆◆


 それから、あっという間に12月が来た。

 美雪から問題集を渡されてから、毎日遅くまでそれに取り組む日々だ。

 学校が終わったあと、家に帰ってすぐに、美雪は貴樹の部屋に来ては、前日やった問題の解説をしてくれる。

 ……ただ、小言好きな美雪の厳しい指摘に、メンタルが折れそうになるのを堪えつつ、だが。


「模試の結果、どうだった?」


 学校からの帰り、貴樹は一緒にいた美雪から尋ねられた。

 もう入試も近くて、頻繁に模試があった。今日もそのうちの1つの結果が返ってきたのだ。


「偏差値58だった。上がってはきたけど……」

「まだまだダメだね。中央なら65は欲しいよ。まぁ、まだ今は基礎だけだから、そんなもんだとは思うけど」

「俺、自信無くなってきたわ」


 貴樹がそう呟くと、美雪は眉を顰めた。


「そんな弱気だからダメなのよ。じゃ、そろそろ勉強時間もう少し増やそうか」

「……マジか」


 既にかなり遅くまでやっているのに、まだ増やされるのかと思うと、気が重くなった。

 志望校を決めたのは自分ではあるのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る