第4話


 何事かと駆け付けていたお手伝いさんに命令すると俺は運ばれる。

 家からほど近い寺社のようだ。



「ここは?」


「氏神さまが祭られている日本有数の数を誇る諏訪神社の一つよ、と言っても明治時代の神仏分離で神社って事になっているだけだけどね」


「救急車にのせなくていいんですか?」


「乗せるわでもそれは儀式をしてからよ」



 二人は手水で手と口を濯ぐ。



「成人と違って赤子は穢れを断つ必要が無くていいわ」


「穢れですか?」


「そう、死や血、罪なんかのこと。肉食や穀物を食べる事も広意味では穢れに当たるわ。富士山とかの聖域も昔は女人禁制だったのよ?」



 知ってた? とでも言いたげなフランクな物言いが俺と保母を混乱させる。



「私達行っていいんですか? あ、あと赤ちゃんは……」


「許容範囲よ。死や血に触れてもいなければ罪を犯したり肉食や穀物を食べても居ない。オマケに7歳までは神の子なの。訊いたことあるでしょ?」


「七五三とかですよね」


「概ねその通りよアレは江戸時代からの風習なんだけど……」



白い服に着替えさせられる。



「……来たようだな」


「御当主さま……」


「無駄話はいい。精霊しょうれいを取り込んだそうだからな……早く儀式をして病院に運んだ方が良い。既に手筈は整っている」



 着物と言うよりは陰陽師などが着る狩衣姿の老人を、母は御当主と呼んだ。つまり俺の血縁者と言う訳か……


 神殿前の開けた場所には縄を張り巡らされており、中央には火が焚かれている。

 そしてその奥には鏡や酒、昆布などの様々な供物が乗せられている。



「キャンプファイヤー?」


護摩壇ごまだんと祭壇よ」


「――始めるぞ」


 二人の会話を無視して当主の言葉に合わせ太鼓が打たれ、複数の狩衣を纏った男性が聞き取れないお経のようモノを唱え始める。

 その中心にいるのは御当主と呼ばれた老人だ。

 手には宮司が持つような紙が付いた棒が握られ、都状に書かれた祝詞が読まれる。



けまくもかしこ伊邪那岐いざなぎ大神おおかみ筑紫つくし日向ひむかたの橘の小門おど阿波岐原あはぎはらみそたまはらひし時に生りせる祓戸はらえどの大神たち諸諸の禍事まがつごと罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へともうす事を聞こしせとかしこかしこみももうす」 



祝詞だろうか? 祈ってる暇があるのなら早く病院に連れて行って欲しい。先ほどのように呪術で直せるのなら早くしてくれ……


大麻おおぬさを振る。



「祖神天児屋命アメノヤネノミコトならびに天忍人命アメノオシノミコト我は|藤原北家秀郷流首藤氏流、山内首藤氏の流れを汲む土佐吉田氏の末裔、吉田――」



 ボウ。

 篝火が大きく揺らめいた。

 今度は腹ではなく、頭と心臓が激しく痛む。


何なんだよ! 回復祈願とか治癒魔法とかそう言うの使ってくれてる訳じゃないの?



「――が故に如何なる禍神まがかみ在りて災いを起こし……」



 シャンと鈴の音が鳴る。

 痛みは荒波のように押し寄せる。



「次代の吉田に祝福在れ、これより試練を超えられし稚児にどうか鵬程万里ほうていばんりを……」



 パンパンと柏手が打たれ、雅楽器の演奏が始まり年若い女性が詩に合わせ神楽を舞い神々に奉納する。


 汗が止まらない。

 動悸が激しく視点が定まらない。

 

死ぬ……死んじゃう……早く病院……



「神仏の加護が勇樹ユウキと共に在らんことを……」



 金色の紙に鈴が付いたモノを揺り鳴らされる。



「これにて儀式は終わりだ。あとはそのこが試練を乗り越えられるかだな……」


「乗り越えられねば死ぬだけです」


「救急隊員がお待ちです」


「急ぎましょう……」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 救急車に運ばれ診察の後、病室に運ばれた。

 現在は点滴を打たれている。

 


「さっきのは……」


「吉田家に伝わる秘祭ひさいよ。精霊しょうれいと呼ばれる下級の霊魂を取り込んだ時に行うの……ここ百年は行われていないものだったから、最後に受けたのは先代か先々代当主様以来よ」


「なんだかハリ〇ポッターみたいな話しです」


「和製だけどね……あなたの家は吉田よしだの家家臣一家だったのよ?」


「家臣って……武士とかの? じゃぁ私も使えますか?」


「ヨーロッパにはヨーロッパの呪術大系があるわよ。保育士の資格を持ってるからベビーシッターとして雇ったけど、興味があるなら教えましょうか?」


「いいんですか?」


「多分才能は余りないから基本しか出来ないと思うけど」


「じゃぁ勇樹ユウキくんは……」


「神仏の加護を賜った天才よ」


「……」


「もちろん峠を越えればだけどね」


「でも何でそんな危険なことを?」


「今世紀がハズレ年だからよ」


「ハズレ年?」


「そう、特別な存在が産まれるのよ。自然災害はその前触れ余波みたいなものね」


「それにね。多くの神話では冥府や黄泉の国つまり異界から帰って来た神や英雄は不思議な力を持つの、イザナギとかオルペウスとか知らない?」


「まあ何となくは……」


「……少年誌の主人公が戦闘中に覚醒して強くなるのと似たようなものよ」


「まあ、それなら判ります」


「神の子である内に死と霊脈に晒す事で比較的安全に行うのがあの祭事よ。今回は意図しないモノだったけどね」


「意図して行ってたら問題ですよ」


「それもそうね。今日はもう上がっていいわよ」


「でも……いいから帰りなさい」


「判りました……お疲れさまでした。早く勇樹ユウキくんが良くなるといいですね」


「ありがとう……」



 病室のドアが閉まり母は一人になる。



「これで勇樹ユウキは百年振りに秘祭ひさいを行った現当主に近い家の長子となったわ。これで次代、いえ親子二世代で吉田家当主の座を独占出来るかもしれない」



……予想通りと言うか何というか、恐らく今回の一件は母親が仕掛けた一件なのだろう。

「三歳までの生存」と言う発言も、意図しない精霊しょうれいを取り込んで死亡するなど、霊的な可能性が高いと考えれば説明が付く。


……と言うか百年前までは精霊しょうれいを取り込む+秘祭ひさいを普通にやっていたのか……そりゃ死亡率半端ないわ。

 オマケに医学も優れてなければ今回のようなアフターケアや、満足に栄養も取れない……死亡率半端なかったんだろうな……


 ベッドの中で俺は考える。

 前世では、金銭的にも倫理的にも不可能に近い夢がある。

 それは美女のハーレムを築くこと、だが俺の予想通りの作品の世界なら側室や妾は当たり前だった。

 つまりこの世界であれば俺の夢を叶えることは難しくない。


 しかし、それゆえの “障害” は確かに存在する。

外部からの干渉はより直接的で暴力的となるため、抑止し制圧のための ”力” を取得し強化する必要がある。


しかし、母の企みによって超越者と神仏から加護を貰っている俺は間違いなく天才だろう。


だったら出来るんじゃないか? ハーレムライフ……


だけど今日は疲れたなぁ……俺は野望を胸に眠りについた。


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