第7話 忍者だからね
「かつては路頭に迷う漂人が多かったそうです。先々代の王がこれを哀れに思召して、あなたがた漂人の自立を助ける漂人局が創られました」
エリカの説明が続く。
なるほど。
生活できない流民が溢れないようにする、福祉政策ということか。
「迷宮探索者となるか、この迷宮都市で他の仕事をするか選べますが…。シュウさんは迷宮探索者を希望するということでよろしいですね?」
「ああ、それで構わん」
「わかりました! 専業探索者の方は貴重なので、とても助かります! では私がシュウさんの担当となりますので、定期的に漂人局に出頭して所在を報告してください」
俺の答えを聞いて、エリカはパッと表情を明るくしている。
しかし、それは面倒だな。
この世界の体制に無駄に楯突く気はないが、やたらと束縛されるのも面白くない。
「まあ出頭と言っても、迷宮探索者はどのみち漂人局へ頻繁に足を運ぶことになりますよ。魔石の換金は漂人局の専売となっておりますので」
エリカはそう言うと、俺たちの間にあるテーブルに黒い石を置いた。
「これは迷宮の魔物を斃すことで得られる魔石です。迷宮探索者は、主にこの魔石を漂人局に納入することで日々の稼ぎとするのです」
ふむ、魔物を斃して得られるというと、あの石か。
やっぱり拾い集めておいて正解だったな。
「規定により、ひと月の間は漂人局の宿舎をシュウさんに提供します。その間に訓練して、迷宮の魔物を斃せるようになってください。魔石を稼げるようになったら、漂人局への負債を返済してもらいます」
「返済と言うのは、どのくらいの魔石が必要なんだ?」
「魔石の等級にもよりますが…。それはシュウさんが訓練して、魔物を斃せるようになってからで大丈夫ですよ」
気が逸る俺をなだめるように、エリカは微笑みながらたしなめてくる。
現状でも結構斃していると思うが、まあいいか。
話の腰を折ることもないので、続きを聞こう。
「では次に、クラスの確認を行います」
「クラス?」
「はい、この世界の人間は誰しも、神の祝福であるクラスを持ちます。戦士のクラスであれば恩恵により武器の扱いが巧みになりますし、斥候のクラスであれば隠れた敵や罠の存在を感知できます。シュウさんに宿るクラスの種類を確かめますので、ついて来てください」
うーん、そりゃこの世界の住人の話じゃないのか?
俺にはクラスだの神の祝福だのは…いや待てよ、たしかに思い当たる節もあるな。
エリカに案内されて1階の広い倉庫のひとつに入ると、様々な武器類が壁に吊るされているのが見えた。
長さの異なる剣や槍、斧やら槌やらに加えて長柄の武器もたくさんある。
まるで俺の実家の道場のようで少し懐かしいな。
エリカに促されるままに種々の武器を手に取ってみるが、どれも手にシックリと馴染む。
振り回してみると鋭い風切り音がして、どの武器も不満なく扱うことができそうだ。
たしかに俺は幼少期からあらゆる武器の鍛錬をしてきたが、それに加えてクラスの恩恵とやらで、もう1段も2段も巧みさが加わっていることが自分でもわかる。
これも感覚を狂わせる原因になるので、じっくりと慣熟訓練を行いたいところだ。
「なるほど、これは戦士のクラスに間違いありませんね。探索者向きのクラスで良かったです!」
エリカは嬉しそうに笑みを浮かべているが、そうだろうか。
…たぶん、忍者じゃないかな? 俺のクラス。
「エリカ。斥候のクラスというのは、どうやって確かめるんだ?」
「えっ、もう戦士で間違いないと思いますけど…」
戸惑うエリカを促して斥候クラスの確認器具を用意させ、俺は練習用の罠がかかった宝箱を難なく罠解除して見せた。
これもやはり、不思議な第6感が働いているのを感じる。
「えっ? えっ? 戦士のクラスなのに、斥候の恩恵も?」
俺の能力を見て、エリカは混乱している。
…いやたぶん、忍者だと思うんだ。マジで。
それと、もう一個確かめたいことがある。
「とても不思議ですが…、でも武器も罠も扱えるというのは、とても素晴らしいことです!」
「エリカ、もう一つだ。薬を扱うクラスというのは存在するか?」
「えっ、それは薬師のクラスですが…。まさかそんなことまで…?」
エリカは半信半疑の様子で、瓶詰めの溶液を持ち出してくる。
それを手に取ると…、やはり分かるな。
「これは、毒消し薬だな? ポイズントードの毒腺から作られるものだ」
「えっ、どうして。まさか本当に薬師の恩恵を!?」
どうやら当たっているらしい。
この毒消し薬を手に取った瞬間に、なぜかポイズントードとかいう未知の魔物の情報も脳裏に浮かんできた。
それどころか、材料さえあればこの薬を再現できる確信がある。
まず間違いなくクラスとやらの恩恵に違いあるまい。
これで分かって来たぞ、つまり俺が元から身に着けていた忍者の技や知識が、この世界のクラスに順応して発揮されているんだろう。
とすると、やりたいことがまた増えてきたな。
こりゃ忙しくなる。
ん? なんだかエリカがモジモジし始めたな。
小便か?
「あの…。シュウさんは薬師の恩恵を持つと分かりましたので、無理に危険な探索者をする必要が無いわけですが…」
ああ、そういうことか。
薬師の恩恵があれば迷宮探索者にならずとも、地上で需要のある職に就けるというわけだな。
まあ俺には関係のない話だが。
「いや、俺は迷宮に行くぞ」
「い、いいんですか!?」
だって忍者だからね。
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