第4話「一目惚れの代償」

「可愛い?私が?えっへへー」


にへら、という擬音がこれ以上ないほどに似合いそうなくらい、口角を緩ませて彼女は笑った。すごく気の抜ける顔だったけれど、それが殊波の心に安心をもたらした。


「わ、大丈夫!?」


こちらに来てから、常に背後にぴったりとくっついていた不安感がどこかに去ったせいで、身体中の力が抜けた。その場に膝をつく殊波に、今度は彼女が心配の言葉をかける。


せっかく手を伸ばしても、自分が倒れたら意味がないのに。


「気分悪いの?疲れちゃった?」


「なんでか疲れはほとんどないよ……それより心がすっげー疲れた……」


「えっとえっと……」


対応に困らせてしまったようなので、無理をしてでも起き上がろうとする殊波は、体の動きを封じられた。


「えいっ」


「えい?……って!?」


正面から抱きしめられた。


ーー落ち着け心臓、おっぱいの感触を感じるからって、そんなに動揺するんじゃねぇ!


柔らかな体を直に感じ、これまでの人生で一番くらいに緊張する。


生まれてこのかた彼女どころかまともに女友達もできたことがなかった殊波には、いきなり抱きしめられるというのはいささか刺激が強すぎる。


思わず後ろに飛び退いてしまった。


「あれ?嫌だった?」


「嫌じゃない!むしろ最高ってか初めてが君でちょー嬉しいって感じなんだけど!」


「じゃあ、ほら」


再び腕を殊波の方に伸ばす少女。


「うぐぅ……、初対面」


「初めまして、私の名前はクラヴェ・ーー、クラヴェ。十さ、あ、十六歳」


「……秋雨殊波、十五歳」


いくつか詰まっていた点が気になるけれど、殊波も同じように自己紹介をした。


「はい、もう初めましてじゃないよ。だからおいで、コトハ」


「距離の詰め方おかしくねぇ!?」


「何言ってるの、疲れちゃったんでしょ?だったら、お疲れ様ーってしてあげなきゃ」


「それは嬉しいけど、会って数分の男にするかなあ!」


「私も、いつもお母様にしてもらってたもん」


「…………」


人にされて嬉しいことは、人にしてあげなさい。その思いがあるのだろうか。けれども実行に移すのは、十六歳にしては危機管理能力が弱いんじゃないだろうか。

優しすぎてむしろ不安になってきた。今だって殊波の目線に気付き、こてんと首を傾げているし。


いや……、ここは、彼女ーークラヴェの優しさを受け取らない方が失礼なのか?

きっとそうだ。受け取らなかったら優しさの一方通行になってしまって、殊波はこれからずっとそれを背負いながら生きていくことになってしまうのだから。


不可抗力。しかたないよね。


「……じゃあ、失礼します」


「はい、ぎゅー。お疲れ様」


「予想以上に恥ずかしいぞこれ……!」


そのまま、十秒くらい。


「元気出た?」


「出ました……」


「まだ元気なさそうだけど……もう一回しとく?」


「もう体がもたないので遠慮します!」


「コトハってすごく照れ屋さんなのね」


「照れ屋ってより健全な男の子的反応といいますか……こんなこと色んな人にしてるの?」


だったらちょっと、悲しい気分。


「しないよ?」


「よかったぁ……」


こんな可愛い子が会う人全員にこんなことをしていたら、本気で止めなければと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうだった。


「あれ?じゃあなんで俺にはしたの?もしかして一目惚れ?」


「だって、助けてもらったもん。一目惚れなんかじゃなくて、男の人たちに色々盗まれそうだった時に、追い払ってくれたから。一目惚れなんかじゃなくてね?」


「念入りに否定された……」


異世界モノは主人公がイケメンでハーレム展開が待ってるってのがお決まりのハズなのに……。

悲しみに肩を落とす殊波の眼前で、しばらく膝立ちをしていたクラヴェは立ち上がる。

服についた汚れをはたいて、所持品を確認し、何も問題がないことを安心ーーできなかった。


「あれ!?ない、ないっ」


「どったの?」


「そこら辺に、ネックレス落ちてない!?」


鬼気迫る様相で迫られ、殊波は足元と周辺を確認し、何もないことを伝える。


「うそっ、うそうそうそっ!どうしよどうしよー!」


「そのネックレスって、そんなに大事なの?」


「……うん、私にとっては、すごくすごく大事なもの……」


「そっか……」


悲壮感の満ちた顔で言葉を繋ぐクラヴェ。私にとっては、と強調していたことが、少し気にかかったけれど、大事なものなんて人それぞれなのだから、殊波は深く考え込むことはしなかった。


「さっきの人たちかも……」


「さっきのって、三人組の男?」


「多分……きっと!絶対!」


「どっちだよ!てか、あそこで追ってれば取り返せたかもな。俺が幸せな思いをしていたせいで……!」


「悲しんでないように見えるんだけど……」


「いいや、本当に悲しんでるよ!」


わざとらしく、殊波は拳を握り込む。


「そのネックレスを取り返すために、俺も手伝わせてほしい」


「……手伝ってくれるの?」


「もちろん、精一杯頑張るよ」


「で、でも……コトハにとっていいことないよ?」


「君にとっていいことなら、俺も嬉しいんだ」


「会ったばかりの私を、なんで助けてくれようとするの?」


「君だって、会った直後に俺を抱き締めて、お疲れ様って言ってくれた」


「それは……うん……じゃあ、約束して」


クラヴェは渋々といった様子で続ける。


「ネックレスを取り返しても、それを悪用しないこと」


「悪用?そのネックレスって何かに使えるってこと?」


「とーにーかーくー!悪い方向に使わない!」


「わかったわかった、約束する」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「ほんとのほんと?」


まだ信じきれないと目で訴えかけてくる。その目もまた綺麗で、見つめられるのが恥ずかしかったので、殊波は茶化して逃れようとする。


「君の瞳に誓って」


「照れさせようとしてもだめでーす」


「くそう……」


手で口元を隠して、クラヴェは笑った。


「でも、なんで私を手伝ってくれるの?」


「んー、そりゃあまあ、一目惚れの代償だよ」


「コトハ、私が好きなの?」


「惚れっぽいんだよ」


「うふふ、ありがとっ」


歳に似合わないくらい、子供っぽく、何より可憐に笑って、クラヴェは殊波の手を引いて路地から出た。


「ヒロインとの初イベント……!やっと異世界モノらしくなってきた……!こっから俺の超能力で無双してやるぜーー!」


「何言ってるの、真面目に探してよー?」


「すいません」


女の子と手を繋ぐという滅多にない機会を楽しむ殊波の胸から、徐々に不安は抜けてきていた。






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