第2話「これからの方針」

「えとっ、そのっ、すんませんっしたッ!」


脳が状況を認識する前に反射で殊波は頭を下げた。とりあえず謝っておく。それが彼がこれまでの世界で行ってきた処世術なのだ。


「あ?」


殊波にぶつかられた巨漢の一人が口を開く。ドスの効いた声に思わず怯んでしまう。


怯むもなにもぶつかったのは殊波の方なのだから、何を言われようと仕方がないのだが。


「まァ、ぶつかったくれェじゃなんにも言わねェけどよ」


「お前さん見ねえ顔だから忠告してやるけどよ、この国で軽く人にぶつかんじゃねえよ」


「それだけで殺される理由になるからサ、気をつけナ」


「ひっ……」


日常の中に溶け込んでしまっている『殺す』という言葉でも、この男たちが言うと実践するのかもしれないと思ってしまう。


否、やっているのだろう。


ぶつかって体が触れた瞬間に、他の香りには隠せない、血の香りを感じてしまったから。


「はっ、はい……、すいません……」


再び頭を下げる殊波を、可哀想なものを見るような目で見てから、男たちは去っていった。


男たちが十分に離れたのを確認してから、殊波は男たちがいた所を見つめる。男たちがいた以前に、そこには殊波が通ってきた扉があったはずなのだが、ただただ整備の行き届いていない土がむき出しの道があるだけだった。


「……異世界来ちゃったよ……」


悲壮感が入り交じった声で、殊波は呟いた。


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人呼んで『暴力の国』。


政府はあれど主権は限りなくゼロに近い。


故に力を持つ者が正義であり、イコール強い者こそ王である。


強い者を決めるにはどうするか。


それは簡単で、国中の力自慢を集めて戦わせ、最も強い者を決める。


最初は戦いの結果だけが知らされていたらしいがどこかの頭が切れる者が賭けを始め、今ではこの国の娯楽となっている。


……というのが交番らしき場所で聞いたこの国の基本情報であった。


情報を知ると共に殊波は本当に異世界に来てしまったことを嫌でも理解させられてしまう。


かかっていた雲が晴れてもその先に積乱雲があった気分だ。


「マジかよぉ……」


頭を抱えながら、交番らしき建物の外に殊波はしゃがみこむ。国家権力がほとんど通用しない国なので、もちろん警察の権力も小さい。なので今は道案内などが主な仕事となっているらしい。


元の世界では考えられないためかなり新鮮だったが、人の不幸を楽しめるほど殊波は幸福ではなかったため、できる限り彼らを労ってから(とても驚いていた)出てきたのだった。


「これからどうしましょ」


少しでも前向きに、これからのことを考えようと言葉に出して気持ちを切り替えようとする。形だけでも、今は十分だ。


逆の手順を追って扉から帰るというのは無理。扉そのものが消えている。


ならば新しい扉を探すか?これは現実的ではない。というか不可能。無数に増え続ける家全てに形としても概念的にも扉はある。それを全てくぐってみるというのは時間がかかりすぎる。


「俺の他に、他の世界から来た奴とかいるのかな……」


彼らに聞けば、元の世界に帰る方法とまでは言わなくても、きっかけや経緯がわかり、それを辿ることで元の世界に帰ることができるかもしれない。


この世界の人口はわからないが、地球と同じだと仮定すると人口が80億人いることになる。その中からいるかもわからない転移者や転生者を探し出すのは困難を極めるだろう。


「さっきから全部現実的じゃねえな……」


目を背けようとしても現実を認識させられる。しかしここで諦めてしまっては何も変わらない。何か変わらなければ、衣食住の確保もできず、死んでしまう。


となるとどうするか。


「ダメ元で人が多いとこ、行ってみるか……」


先程から歓声が度々聞こえてくる方を向く。


そちらは砂埃がいっそう濃く、鉄――否、血の匂いも重く、肺を、精神を支配する。


血湧き肉躍る戦士たちの腕の見せ所。


この国で1番強い者を決める、闘技場だった。

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