第34話 未開拓地の遺跡

 翌朝、デュークたちを乗せた四駆車は、相変わらずマップ上の凹み穴を巡っていた。


 ただし、今回は立ち寄るスポットをある条件によって搾り込んでいる。


「どうだデューク、いるか?」

「いた。穴から少し離れた岩場。数は、多分、三十はいる」


 その条件とはズバリ、穴の周辺にツチクイドリの大群がいるかどうかだ。


 種族ごとに特徴的な生態を有する荒野の原生生物の中で、ツチクイドリの特性もまた一風変わっている。


 丸っこい体のこの大型の鳥は、消化を助けるなどの目的で胃の中に鉱物を蓄える習性がある。


 つまり、彼らが群れを成す場所の近くにはそれだけ鉱脈がある可能性が高いのだ。


 そして事実、今日の探索を始めてから調べた二ヵ所の地底湖にはどちらにも、デュークたちの目算通り大きな鉱脈を発見することができた。


「ほら! ほら! 私が一緒で良かったでしょ! 私、頼りになるわよね? ねっ!」


 探索の大幅な効率化に一役買ったとして、「いらない子」扱いされてぶすくれていたケラミーも、お陰で今日は朝からご機嫌な様子だった。


 でこぼことした石灰岩地帯を疾駆していた車は、やがて今日三ヵ所目の凹み穴へと近付き、徐々にスピードを落としていく。


 けたたましいエンジン音を警戒して岩場の上からこちらを見下ろしてくるツチクイドリたちを横目に、デュークたちは穴の淵へと降り立った。


「大きいな」


 穴を覗き込んだデュークの、第一声である。


「ああ。今までの中でもトップクラスにでかいぜ。こりゃ、地下にも相当広い空間が広がってるかも知れねぇな」


 直径にしておよそ十メートルの楕円を描く凹み穴に、ダルダノも声を弾ませる。


「デューク、あれ見て!」


 と、何かを見つけたらしいケラミーが唐突にデュークの袖を引く。


 興味を引かれてデュークもケラミーの指差す場所に視線を走らせ、そこで驚きに目を細めた。


(あれは……?)


 穴の底へと続く、ごつごつとした岩の壁。その所々に、自然に形成されたにしては妙に秩序正しく盛り上がっている石段があった。


 その上、その石段の周囲によく目を凝らしてみれば、割れた何かの木片や、擦り切れた細い紐なども散らばっている。


 明らかに、人工物の欠片と思しき物だ。


(これは、もしかして……)


 確信に近い予感がした。


 立ちすくむケラミーたちを尻目に、デュークは素早く壁沿いの石段を下りていった。


 後を追ってくる二人の声を背中に受けつつ、一気に底まで進む。


 やがて石段を下りきり、痛いほど脈打つ心臓を押さえつけながら、ゆっくりと振り返った。


 その先に。


「――――あ」


 ある意味では見慣れた、しかし、デュークが未開拓地に飛び出してからの四年間では一度も目にすることがなかった、荘厳な景色が広がっていた。


 おそらくはノアであっても余裕を持って収容できるほどの、だだっ広い空間。


 青い鉱石が連なる壁や透き通った幻想的な湖が、まるでこの空間だけ異なる時間が流れているかのように、静かに、ただただ静謐を守ってそこにあった。


 そして、その秘境を見守るようにして湖畔に佇む、幾つもの石造りの建造物。


 施された青い鉱石の装飾により、遍く水晶のように煌いているその建造物の数々はその随所が欠け、あるいは半分ほど崩れてしまっているものの、その美しさは少しも損なわれてはいない。


 何かにとり憑かれるようにして、デュークは湖畔の建物群へと近付いていく。


 家々の造りや、道端の用水路、祀られるようにして方々に置かれている何かの人型のモニュメント。


 細かな差異こそ見受けられるものの、そのどれもが、これまで本国で発見されてきた旧文明遺跡に見られた特徴と、綺麗に一致している。


 もはや疑う余地などない。

 ここが、この場所こそが――。


「おうっ⁉ なんじゃこりゃぁ!?」


 ようやく追いついて来たらしい。静かな興奮に身を震わせていたデュークの背後で、ケラミーとダルダノも驚愕の声を上げていた。


「おいデューク! 何だここは? 地面の下にこれ、街みてぇなのがあるぜ!」

「ねぇ、これって……もしかしなくても?」


 驚くのを通り越して半ば混乱した様子の二人に、デュークも微かに声を震わせて告げた。


「うん。ここが━━父さんの言っていた『地底湖の遺跡』だ」

「マジかよおい! 今日三ヵ所目にして、大当たりじゃねぇか!」

「〈旧文明遺産〉の遺跡……まさか、こんな荒野の真ん中で本当に見つかるなんて」


 思わず手を叩きあって喜ぶ二人に、デュークもようやく嬉しさに頬を緩めようとして、そこで再び表情を引き締める。


 違う、そうじゃない。今はまだ、この待望の発見に諸手を挙げて喜んでいる場合じゃない。


 デュークは踵を返して遺跡群に足を踏み入れた。


「どうしたんだあいつ? 急に走り出して」

「バカ、ここまで来た目的を忘れたの? 遺跡を見つけてハイ終わり、じゃないの。この広い遺跡の中から、荒毒の治療法についての情報を見つけなきゃいけないんだから」

「お、おう、そうだな。そうだった! って、自分だってはしゃいでたじゃんかよ!」

「グズグズしない! 私たちも手分けして遺跡を捜索するわよ!」


 慌てた様子で遺跡に突入する二人の声を遠くに聞きつつ、デュークはうらぶれた街跡を小走りで駆け回る。


 所々で石材が剥がれ、湿った地衣類に覆われている街並みからは気が遠くなるほどの年月と、既に人々の記憶や時代の流れから忘れ去られた哀愁が垣間見えた。


 既に人類の生活の痕跡さえ失われて久しい外観の街を、これまで父や学派の皆と探索してきた旧文明遺跡での経験を思い出し、デュークは迷いのない足取りで調べ回った。


 遺跡を発見した際に〈考古学者〉たちがまず調べるのは、大量の書物が保管されている可能性のある場所。すなわち図書館であったり学校であったりだ。


 当時の政治や経済や信仰などから、細かい所では料理のレシピや個人の手記など、旧文明の人々が残した〈旧文明遺産〉に関する情報を集めるなら、これらの場所の調査は欠かせない。


 注意深く周囲を見回しながら、デュークは建築物の中でもとりわけ大きな建物を探っていく。


 と、ふと覗き込んだ一際に古びた見た目の建物の入り口で、デュークは足を止める。


 天井は大部分が崩落していて、内部の明るさはほとんど外と変わらない。


 そして、地底湖内の鉱石が照り返した青い陽光が穏やかに降り注ぐ下には、精緻に研磨された石造りの棚に納められた、大きさも形状も様々な無数の本があった。


 おずおずと建物の中に足を踏み入れ、デュークは床面に繁茂するコケを踏みしめながら周囲を観察する。


「ここは……図書館、か?」


 手近な棚に近付き、デュークは一冊の本を無造作に引き抜く。


 装丁は砂や埃でまみれていたが、不思議なことにそれほど目立った外傷などはなく、保存状態はかなり良好らしい。


 パラパラとページをめくり、記されている古代文字の中で目に付いた文言を解読していく。


 本を閉じ、棚に戻す。また別の本を抜き取り、斜め読み。閉じて、戻す。


静寂に包まれた古代図書館の中に、デュークがページをめくるパラパラという音だけが響く。


 そうして何十冊と書物に目を通していったデュークは、けれどそのどれもをさして熱心に読み耽るでもなく、元あった場所にもどしていく。


(違う……これも、違う……他に何か、手掛かりになりそうな本は……)


 もちろん、この古びた書物の数々に何の価値も見出さなかった、というわけではない。


 むしろ、どれもこれもが考古学者にとっては値千金といってもいい文献であることは確かだった。


 ただ、宝物にも等しいそれらの古文書も、今このときに限っては、デュークにはもはやただの紙切れにしか思えなかったのだ。


 探しているのはただ一つ。

 ただ一つのことだけだった。


「……!」


 ページを開いては捨てる勢いで古文書の数々を漁っていたデュークの手が、やがて一冊の本を手に取って開いたところで、ピタリと止まる。


(━━あった! きっと、この本が……!)


 じっと古文書に目を通していたデュークは、やがて我に返って顔を上げると、手にしていた本を素早くポーチに滑り込ませて古代図書館を後にした。


(急いでノアに戻らないと!)


 後ろ髪の引かれる思いが無いわけではなかったが、デュークは古代遺跡のそれ以上の調査は打ち切ることにして、辺りを散策しているだろうケラミーたちと合流すべく大通りに歩み出る。


「デューク!」


 途端に、何やら慌てた様子の二人がデュークの下へと駆け寄って来た。


 何があったのかと訊く暇もなく、ケラミーが装着していたヘッドセットをデュークの耳に押し当ててきた。


 次いで、耳元からせわしく聞こえてくる【局】職員のものらしき声。どうやら【局】から哨戒部隊への緊急通信のようだ。


 眉をひそめて耳を澄ませたデュークはしかし、デバイス越しの職員が次に伝えた内容に戦慄した。


〈――ノア西方より〈海魔〉が出現! 西門付近の外壁、一部損壊! 現在、第六区四班から十班が壁上砲にて交戦中とのこと! 哨戒中の全部隊は直ちに帰還し、迎撃班に合流せよ!〉

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