第27話 遭遇

〈旧文明遺産〉を見つけた後に、どうしたいか──。


 言われてみれば、今までそれを考えてみたことは、デュークにはなかった。


 いや、もちろん〈旧文明遺産〉を見つけた後にやろうと思っていることは沢山ある。


例えば件の「遺跡」がもし本当に見つかったら、遺跡自体の調査はもちろん、未知の知識や技術の収集など、するべきことは山積みだろう。


 だが、見つけた後に「したいこと」は何かと聞かれると、デュークは途端に答えに困ってしまった。


 そもそも〈旧文明遺産〉について語らうほどの近しい人間が少ないということもあるが、これまで誰かにそんな質問をされたことはなかったのだ。


 父や学派の仲間の考古学者たちが願う、「未開拓地での〈旧文明遺産〉の発見」。


 デュークの「したいこと」ももちろんそれであったし、そう言えば周りもそれで納得していた。


 それ以上でもそれ以下でもない。ずっとそういう風に考えてきたのだ。


(考えてきた、けど)


 デュークの中に、いまだかつて感じたことのないような違和感が生まれる。


 さながら完璧に完成させたと思っていたパズルに、実はまだはまっていないピースがあると気付いたときのような。


 そんな、漠然とした違和感だ。


「…………さん……ュークさん…………デュークさん?」


 深く沈みかけていた意識が、ピュラの声で引き戻される。


 思いのほか長い時間考え込んでしまっていたらしい。隣を見ると、ピュラが心配そうにこちらを見上げていた。


「大丈夫ですか? なんだか怖いお顔をしていましたけど」

「いや……大丈夫。何でもないよ」


 そう言って、デュークは安心させるようにピュラの頭を軽く撫でた。


(今、考えなきゃいけないことでもない)


 心中に生まれた違和感の払拭はひとまず保留し、差し当たって頭の中で思い描いた未来についてを、デュークはピュラの質問への答えとした。


「〈旧文明遺産〉を見つけたら……そしたらまた、別の〈旧文明遺産〉を探しに行くよ」

「別の、〈旧文明遺産〉を?」

「うん。きっと、一つきりじゃない。この広い荒野には、まだまだ沢山の〈旧文明遺産〉がきっと眠っていると、俺はそう思ってる」

「なるほど……じゃあ、まだまだ先は長そうですね」


 デュークのその答えに、ピュラは悩まし気な顔をしながらも一応の納得はしてくれたようだった。


「お互いに早く願いが叶うと……ううん、絶対に叶えましょうね。デュークさん」


 山脈を吹き抜ける風にスカーレットの髪を波打たせ、ピュラがやがて満面の笑みでそう言った。


「さてと……それじゃあ休憩も充分にしましたし、そろそろ捜索を再開しましょうか」


 言いつつ、ピュラはてきぱきと荷物をまとめ始める。倣うようにして、デュークも装備を整え直した。


 時刻はそろそろ朝の九時。捜索隊は成果の如何に関わらず、正午には一度ベースキャンプに戻ることになっている。それまでもうひと踏ん張りだ。


 準備を終え、デュークは先ほど設定しておいたルートの再確認をしようとして。


「ん?」


 しかし、開いたマップモニターで繰り広げられていた不可解な現象に首を傾げた。


 マップ上、デュークたちが捜索している西の峰の北側斜面にあたる場所。


 そこには他の開拓者や【局】の職員の位置を示す、幾つもの赤い二重丸のドットが動き回っていたのだが。どういう訳だかそのドットが、北側に位置するものから次々に消えていっているのだ。


「どうかしましたか、デュークさん?」

「いや、ちょっとデバイスの調子が」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!


 デュークの台詞を遮り、突如として遠くの方、より具体的に言うならば山の北側の方角から、何やら地響きのような音が聞こえてくる。


 それに続いてパンッ、パンッという破裂音が数回。間違いなく銃声だった。


 言い知れぬ不安に駆られ、デュークは再度マップに視線を走らせる。


 赤いドットは、やはり北側のものから順に消え続けていた。おまけにドットが消える位置がデュークたちの現在地に近付くにつれて、聞こえてくる地響きもどんどんと激しいものになっていく。


「ピュラ! ヘレン!」


 デバイスの不調などではない。いまこの山で、明らかに「何か」が起きている。


 頭の中で鳴り響く警鐘に従い、デュークは速やかな下山を指示しようと背後を振り返った。


 振り返って――瞠目する。


「うッ、アアァっ!」


 デュークの目に、突然胸の辺りを押さえて倒れるピュラの姿が飛び込んできた。


 呼吸は荒く、苦痛からか表情は歪み、胸元を押さえる手には服を破かんばかりに力が入っている。


「ワフッ! バフッ!」

「ピュラ!? どうした!」

「わ、カリ、ま……フゥ、ウぐッ! 急に、胸がクルし、く……!」


 言葉を発するのも辛そうなその尋常ならざる様子に、デュークは倒れたピュラを腕に抱いて、ヘレンと共に必死に声を掛け続ける。


 しかし、ピュラの異変はそれで終わらなかった。


「イ、ウ、あアアアアァッ!」


 ピュラが一際痛ましい悲鳴を上げると同時、彼女の右手が指先から徐々に肌色の部分を失っていく。


(そん、な……!)


 代わりにピュラの右手を塗り潰していくのは、黒、黒、黒。


 ゴツゴツとした質感の、黒光りする鉱石じみたその黒い物体が、少女の柔肌を手甲のように覆ってしまう。


 クレイマンズ症――――荒毒に感染した証。

 実質的な、死の宣告。


「なんで、ピュラが……」


 立て続けに降りかかる凶変を前に、デュークの胸の内はいくつもの負の感情で圧し潰されていく。


 そんなデュークにさらに追い打ちをかけるように、


《――ボボボボボァァァァァッッ!》


 腹の底にズシンと響くほどの振動を伴って、耳をつんざくような轟音がこだました。反射的に身を固めながら、デュークは暴力的な爆音の下を探して振り仰ぎ、唖然とする。


 照りつける日輪を背に、山頂に巨大なが姿を現す。


 不気味な光沢を帯びた漆黒の特大気球のようなその異形は、しかし、けしてただの黒い塊などではなかった。


 岩山の頂を鷲掴みするように巻き付く、一本一本が巨木の如き太さの無数の触手。異様に肥大した頭。ぐわりと開いた丸い口からのぞく、ギザギザしたのこぎりのような歯。


 そして何より、飢えた狼のそれを何百倍も凶悪にしたような禍々しい顔で光る、大きな、赤黒い隻眼。


「──片目の、〈鎧獣〉……?」


 ※ ※ ※


 ベースキャンプで後方支援をしていたケラミーは、突如西の峰の山頂に出現した謎の巨大生物に眼を剥いた。


 むろん驚いたのはケラミーだけではなく、ベースキャンプにいた全員の視線が、山岳地帯の西に向かって注がれている。


「で、でけぇ! なんだ、あの風船みたいな形した化け物は?」

「黒い体に、赤い目。まさか、!?」


 誰も彼もが作業の手を止め呆然とするなか、捜索部隊とベースキャンプとの通信を担う職員たちのデバイスが一斉に鳴り響いた。


 続いて、息せき切った男性職員の声が飛び出す。


〈――ち、中央エリア第二班よりベースキャンプへ! 応答、応答願います!〉

「こちらベースキャンプ。どうした? 何があった?」

〈山岳地帯北部より、正体不明の大型〈鎧獣〉が襲来! 捜索中の開拓者や職員を襲いながら東、中央エリアの北側斜面を抜け、現在西エリアの山頂へ移動しています! 職員、開拓者合わせて既に相当数の被害が……あっ! ま、マズいぞ!〉


 男性職員が更に切迫した声色で叫んだ。


〈全捜索部隊に避難勧告を! 〈鎧獣〉が、山を下り始めた!〉


 もう悠長に報告などしていられないのだろう。その言葉を最後に通信は途絶え、そしてそれを合図にしたかのように、岩山から次々に捜索に向かった者たちが躍り出てきた。


 クモの子を散らしたようにベースキャンプまで戻って来た開拓者たちは、もはや誰の物だろうと関係ないとばかりに目に付いた車両や自動二輪に飛び乗り、その勢いのまま一目散にノアの停泊している南方へと逃走し始めてしまう。


「ま、待ちなさい! それは職員用の車両だぞ! 勝手に持って行くな!」

「そんなこと言ってる場合かよ! 早く逃げなきゃ、あのデカブツに潰されるか食われるかしておしまいだ! 持ってかれんのが嫌ならそっちこそ勝手に乗り込みやがれ!」


 半ば半狂乱になっている開拓者たちによって、次々に車両が消えていく。


 そのパニックは徐々にベースキャンプの人員たちにも伝播していき。


「た──退避! 退避だ! 総員、遠征拠点を放棄して直ちに撤退! 全力でノアまで逃げるんだ!」


 ついに現場指揮官の職員が声を張り上げるに及んで、ベースキャンプの職員たちもたちまち騒然となった。開拓者たちに続くように、みな先を争って車両に乗り込んでいく。


「おい、ケラミー!」


 なだれをうったように遠征部隊が逃げ惑う中、あまりに短兵急な事態に唖然として立ち尽くしていたケラミーの傍で、一台のトラックが急ブレーキをかける。


「なにぼさっとしてんだ! 通信聞いてただろ? あのアホみたいにデカい〈鎧獣〉がこっちに来るんだとよ! もたもたしてると逃げる足もなくなっちまうぞ!」


 トラックの運転席から顔を出し、ダルダノが荷台を指差した。


「さっさと乗れ! あの化けモン、見た目以上に足が速ぇ。このオンボロの速度じゃ、今すぐ走り出しても逃げ切れるかわかんねぇぞ!」

「ま、待って! でも、まだデュークたちが戻って来てないわ!」

「あいつならきっと大丈夫だ! ドラテクもあるし、いつもみたいにどうにか上手く逃げ切ってくるだろうよ! むしろオレたちの方が助かるかどうか怪しいもんだ!」


「いいから逃げるぞ!」というダルダノの言葉に半ば押されるように、ケラミーはトラックに乗り込んだ。荷台の扉を閉めるや否や、トラックは猛然と走り出す。


 窓から後方を見やると、何十台もの車両や自動二輪が往路での整然とした隊列が嘘のようにバラバラに、けれど一様にノアを目指して疾走している様子が窺えた。


 そしてその更に後方には、逃げる開拓者たちに追いすがらんと今まさに山岳地帯を駆け下りている、見た事も無いほどの巨大な〈鎧獣〉。


《──ブォォォォォォォォォォォォッッッ!!!》


 全身の毛が逆立つほどに凶悪なその咆哮は、すでにかなりの距離をとったはずのケラミーたちの耳にまで轟いていた。

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