第41話 囚われた二人

 かつてのレグルスにとって、周りには敵しかいなかった。

 セラフィナに出会って、初めて仕えるべき主君ができた。そしてウルスラに出会って、初めて好敵手ができた。

 自分と同等――いや、それ以上の腕を持った剣士。

 同じ主君に仕え、彼女を守るために互いに切磋琢磨しあう唯一無二の相手。

 けれどあの日、彼女はレグルスにとっての最大の敵に成り果てた。


 エルスワース王国の最上階――女王の間。

 もっとも天に近いその場所で、二人は死力を尽くして互いの剣を交え合う。千年前から連綿と続く因縁を断ち切るために。


 魔剣と契約し、血の滲む鍛錬の果てに、レグルスは強大な力を得た。これでもう二度と折れない剣になると誓った。

 それでも全くの互角だった。

 ビキニアーマーを身に付けた彼女もまた、人の理を外れた強さを誇っていた。今まで闘ったどの剣士よりも高みに到達していた。

 二人は互いに距離を取り、剣を構えながら向かい合う。


『あなたはビキニアーマーを手にし、他の女騎士たちと共に世界に反旗を翻した。それは抑圧された女性を解放するためだった』


 魔剣アウローラがウルスラに問うた。


『けれど、今のこの国はただ男女の性別が入れ替わっただけで、かつてのあなたが憎んだものと全く同じ状況に陥っている。私にはそう見えるけど?』


 男たちは女騎士たちに支配され、隷属させられている。

 千年前、ウルスラが男たちに支配されていたと感じていたように。全く同じことを今の彼女は男たちに行っている。

 ウルスラを狼狽させるために放ったアウローラの一言は、しかし一笑に付された。


「……ふん。そんなものは今さらどうだっていい」


 ウルスラは自嘲するようにそう吐き捨てた。


「私は確かに世界を変えるために剣を執った。

 男の支配する世界を破壊し、抑圧されていた女性たちを解放する。そしてよりよい世界を築き上げようとした。私たちが皆、自由に生きられる世界を」


 だが、と彼女は抑揚のない声で呟いた。


「私が本当に欲しかったのは、そんな下らないものではなかった」

「下らないものだと……?」


 レグルスの発した声には、怒りが滲んでいた。


「王都に侵攻し、街を焼き、人々の生活を奪い、王を殺した。この国だけじゃない。大陸全土で多くの人間が犠牲になった。それをお前は――下らないものだと一笑に付すのか!」

「ああそうだ! 世界など、国のことなど本当はどうだって良かった! ――私はただ、彼女の傍にいたかっただけだ!」


 感情を露呈させたその叫びは、レグルスの胸を射貫いた。その瞬間、はっとした。


「……ウルスラ、お前はセラフィナ様のことを……」

「レグルス……貴様さえ、貴様さえ現れなければ……! 貴様が現れるまでは、何もかもが上手くいっていたんだ……!」


 憎悪の籠もった眼差しで、ウルスラは射殺さんばかりにレグルスを睨み付ける。


「貴様は私から何もかもを奪った! 彼女も! 彼女の剣になることも! ようやく得た私が剣を執る理由さえも!」


その時、気づいた。ウルスラもまた、自分と同じだったのだと。

 セラフィナに見出され、彼女の剣として生きることに全ての価値を置いていた。

 彼女のことを心から慕い、彼女のために全てを捧げようとした。

 けれど、彼女が選んだのはウルスラではなく自分だった。

 レグルスはウルスラに告げた。


「……彼女は、セラフィナ様はお前を姉妹のように慕っていた。彼女はよく、俺にお前の話を楽しそうにしていた」


 今でもありありと思い出せる。セラフィナはウルスラのことをずっと気にかけていた。

 いつだったか。

 花冠を載せた彼女の姿がとても可愛かったのだと、嬉しそうに話していた。まるで仲の良い姉のことを自慢するかのように。


「……俺を剣として選んだのは、お前を見限ったからじゃない。お前を血に塗れた戦いに巻き込まないためだ。女王の座に就くためには、汚れ仕事も必要になる。セラフィナ様はお前に手を汚させるのを嫌がった」

「何も分かっていない! お前も! あの女もッ!」


 ウルスラは積もり積もった感情を爆発させるように叫ぶ。


「私は――彼女に巻き込んで欲しかった! 私のために戦って欲しいと! 私のためにその手を血で染めて欲しいと! 私といっしょに地獄に落ちてくれと! そう言って欲しかった!

 なのにッ! あの女は――セラフィナ様は貴様を選んだ!

 私より貴様の方が剣の腕が優れているのなら、まだ納得もできた! 鍛錬に励み、高みに至ることで打破できるかもしれないから!

 だが、セラフィナ様が貴様を選んだのは、もっと別の理由だった。そしてそれは、女の私にはどうすることも出来ないものだった……!」


 ウルスラは呻くように呟いた。地の底から響いてくるような、それは怒りと悲しみと虚しさとが綯い交ぜになった言葉だった。

 そしてそれらの感情を振り払うように声を上げた。


「だから私は決めたのだ! 手に入らないのならいっそ、壊してしまえばいいと! あの女も貴様もこの国も何もかもを!

 そして私が女王に君臨した時、この国をあの女がかつて抱いていた理想とは程遠い国にしてやろうと思った! 

 あの女へのあてつけとして、あの女の夢を踏み躙ってやろうとした! それが私のあの女に対する復讐だった!」


 そう高らかに謳い上げると、バルコニーに続く両開きの扉を開け放った。そこから望む王都の街並みを眺めながら叫んだ。


「ははは! 見ろ! 今のこの国を! 男たちは隷属させられ、女たちは自らの地位にあぐらを掻いて傍若無人に振る舞い、ありとあらゆる問題が決壊の時を待っている! あの女の目指した理想の世界――それとはまるで真逆の国じゃないか! はははは!!」


 仰々しく両手を開けたまま、ウルスラは壊れたように哄笑を上げていた。その姿はまるで物語に出てくる魔王のようだった。


 禍々しかった。

 明確な狂気を孕んでいた。

 何より、哀しかった。

 彼女はずっと、セラフィナに対する当てつけのために生きてきたのだ。

 この千年間を、過去に囚われたまま過ごしてきた。

 ――レグルスと同じように。


「……お前はやはり、ここで仕留めなければならない」


 レグルスは魔剣の柄を握りしめると、ウルスラを見据えた。かつての好敵手――そして、今は最大の敵となった剣士を。


「そうだ! それでいい! あの女の剣である貴様を殺すことで、彼女に対する私の復讐は完全に決着を迎えるのだから!」


 ウルスラは冰剣を構えると、悪鬼の如き面持ちで叫んだ。


「次の一撃で終わらせてやろう! 長きに渡る私たちの因縁の全てを!」

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