第37話 名前で呼んであげてよ

 雨が続いて4日目である。今日も朝から、レイニーを探している。


 今日の狙いは、雨羊あめひつじである。もちろん昨日のジンギスカンが、ユキのお気に入りに登録されたからだ。


 雨は3日過ぎると止む可能性が高いようで、ユキは何としてでも雨羊の確保がしたいそうだ。


「ヤマトさん。マップに雨羊は出ないです?」


「残念ながら、鳥と蛙と蛇だね。あとはオーク達だわ」


「今はオークは要らないのです……ショボン」


「こらこら。本来のターゲットは、オーク達だからね。まあ、目標数の確保が終わってるから、良いけどさあ」


 今現在、依頼の魔物はオーク3匹、ハイオーク4匹、ベアー3匹を確保している。エルダさんがマジックリュックには10匹は入ると言っていたので、これでエルダさんも喜んでくれるだろう。


 雨羊は見つからないが他のレイニーは見つかるので、コツコツ採取、討伐している。


 しずく花2本、蛙の魔石3個、蛙の皮多数、レインリザード青色1匹、レインマイマイの殻4個、そしてアマッタケ2本である。


「よーし、またアマッタケだあ。やったね」


「むきゃー! 何で雨羊が出ないですー!」


「まあ、落ち着きなさいな」


「がるうー」


「うわっ! 人型でも威嚇すんのかい!」


 何故か雨羊だけが見つからず、ユキのイライラはピークのようだ。


「ユキさんや。ちょっと話をしようか」


「急に何です!? あたしは今、そんな気分ではないのです……プンプン」


「まあ聞きなよ。地球ではね、今のユキの状態を『物欲センサー』っていうんだよ」


「! 地球の話なのです! 最初から、そう言って下さいなのですう……エヘヘ」


(食いついた! やっぱり地球の話には、抗えないと思ったよ……ハハハ)


 地球の話と聞いて少し落ち着いたユキに、物欲センサーの話をする。


 物欲センサーとは、主にゲームで使う言葉だ。欲しいアイテムやキャラクターがあり、欲しいと願えば願うほど手に入らないというものだ。


 もういいかあ、という軽い感じになると急にゲット出来たりする。やっと手に入ったと思ったら、今度は必要以上にゲット出来たりもする。このセンサーが発動すると、全く上手くいかずに本当にイライラが溜まるのだ。


「てな感じでユキは今、物欲センサーが発動中なんだよ」


「なんとっ! ぶつよくせんさーは、とても恐ろしいのです……ブルブル」


(一旦落ち着いたし、ゆっくり探索を再開かな?)


「ヤマトさん! この、ぶつよくせんさー要らないのです! どうすればナシになるのです? イヤ! イヤだ! 要らない! うわああん。やばどざーん、だずげででずう」


「おお、泣くなよー。大丈夫だよ! 一回雨羊を忘れて探索再開すれば、物欲センサーも無くなるよ」


「ううっ、ぼんどでずう?」


「物欲センサーって、そういうもんだから。ちょっと休憩したら無くなるよ」


「わがっだでずう。ううっ」


 とりあえずユキが泣き止むまで、休憩にしよう。地球の話なら機嫌も直る、というところまでは計算通りだったが、物欲センサーの話はユキにとっては恐怖? だったのだろう。脅かすつもりなんて全く無かったのに、失敗したようだ……ハンセイ


◇◇◇◇◇


「さて、ユキ大丈夫かい?」


「はいです。ちょっとビックリして、泣いてしまったのです……ハズイ」


「そんじゃ、行きますかあ」


「りょーかいなのです!」


 ユキが落ち着いたようなので、探索再開だ。まずはマップを確認しよう。


「え!? マジかよ……」


「どうしたのです?」


「えー、雨羊が出ました。しかも3匹……」


「なんとっ! ヤマトさん! 何処です!?」


「あっち。約800メートルかな」


「……捉えたのです! うりゃー!」


 ユキは雨羊の位置を捉え、ダッシュし始める。


「ユキ! そんなに殺気立ってたら、逃げちゃうよ!」


「は! しまったのです。隠密からの、待ってろジンギスカンなのですー! うらあー!」


「……料理名じゃなく、名前で呼んであげてよ」


 これからジンギスカンになるであろう雨羊に向かって、ユキは猛ダッシュして行った。隠密状態なのに大声で叫びながら……大丈夫だろうか? 


 俺はマップで魔物に注意しながら、ユキを追う。雨羊まで、まだ700メートルある。その時ユキは、もう1匹目に到達していた。


「ユキ、速すぎだわ……」


 マップで雨羊を発見してから数分で、3つの印は消えていた。やっとユキに追い付いた時には、ユキは鼻歌交じりに雨羊の解体を始めていた。


「ルンルン、ルンルン、ジンギスカン! あっ、ヤマトさん。3匹とも確保したです!」


「お、おう。お疲れさん。解体よろしくね……」


「かしこまりーです!」


 念願のジンギスカン、もとい雨羊を確保出来てユキはご機嫌だ。解体を担当しているユキには、普段着けているマジックポーチの中に解体で使うものを持たせている。俺が到着する前に解体開始とは、何と効率の良いことか。


 午前中だけで怒って泣いて喜んでと、実に忙しい相棒である。解体が終わったら、お腹ペコペコと言い出す時間だ。昼はユキが食べたいものを、食べることにしよう。まあ、ジンギスカン一択な気もするが……。


◇◇◇◇◇


「ふうー。やっぱり美味しいのですう。労働の後は、ショウガン焼きが最高なのです!」


 予想外のショウガン焼きを、リクエストされました……。流れ的には、ジンギスカンじゃないのか聞いたら「雨羊は貴重なのです。期間を空けて、沢山楽しみたいのです!」とのことだった。ユキは、しっかり計画性がある食いしん坊のようだ。


 午後からも、レイニー探索を続ける。物欲センサーの反動なのか、雨羊が追加で2匹とれた。これでユキも大満足したようで、一旦レイニーの探索をやめた。ここからはヤック草などのレイニー以外の採取をしながら、昨日拠点にした洞窟に戻ることにした。


「今日も、ここで野営にしよう」


「はいです」


 野営の準備を進める。まだ雨も止みそうにないので、今日も料理をしようと思う。


 折角ミーソを手に入れたのに、まだ味噌汁しか作っていない。そこで記憶から引っ張り出したのは、野菜たっぷり豚肉の味噌炒めである。


 まずは頭の中でレシピを整理して、食材の準備をする。使うものはオーク肉、キャベッツ、玉ネッギ、ミーソ、調味料類。さらに、市場で発見した野菜を使う。ピマンである。これは地球のピーマンだ。あとは焼く時に、ニンニクンを少し使う。


「うん。整理完了。いけそうかな?」


「ヤマトさん、今日も料理するです? 昨日、保存食は沢山作ったのです」


「イベリスに居ると、料理しないからね。野営の時に疲れてなかったら、色々試してみたくてさ」


「試す……! 新作です!?」


「今回は新作だよ。でも、毎回新作ばかり作れないから! 変な期待は、しないように!」


「りょーかいなのです! 新作です……ジュルリ」


 食いしん坊ユキさんに、毎回新作だと思われると大変なので、釘を刺しておいた。


 さて、ミーソを使った新作にチャレンジだ。まずは食材を切ろう。オーク肉とキャベッツは一口大に切る。ピマンは種を取り細切りにする。玉ネッギは薄切りにして、ニンニクンは細かく刻む。


 次は調味料を混ぜよう。酒、砂糖、ショーユー、みりん、ミーソを混ぜる。酒、砂糖、みりんは、レナードさんに渡された調味料セットにあったものを使っている。名前は地球のものと同じだが、味や風味などはほぼほぼ一緒かな? くらいな感じのものだ。たぶん地球とは、製法や材料が違うのだろう。


 では、焼き始めよう。フライパンに油をひいて、ニンニクンを炒める。香りが立ったら、オーク肉を投入。ある程度焼けたら、野菜を入れる。玉ネッギの色が変わり、キャベッツがしんなりしてきたら、先ほどのミーソの調味料を加える。全体に行き渡るように炒めたら完成だ。


「出来た! けど、ちょっと焦げた部分もあるかも……。ミーソは気を付けないと、焦げやすいのかなあ。そもそも、肉と野菜の炒め時間とかが下手なのかも……」


「ヤマトさん、出来たです?」


「うん。でも、ちょっとだけ焦げちゃった。ごめん」


「そうです? 見た感じ、特に気にならないと思うのです。早くお皿に盛り付けましょうです!」


「りょーかい」


 俺的には多少の失敗アリだったのだが、うちのお客さんは素人料理人に優しいので、本当に助かる。


「へい、お待ち! 今回の新作は、ミーソを使った料理だよ」


「ミーソはスープでしか食べたことがないのです」


「だよね。折角ミーソを手に入れたから、スープ以外でも使いたくてさ。名前は、野菜たっぷりオーク肉のミーソ炒めだよ」


「うひょー! 焼けたミーソの香りが、とても良いのですう」


「では、いただきます」


「いただきますです」


パクっ


「うん。ちょっと焦げた部分もあるけど、美味しく出来た」


「美味しいのですう。野菜もいっぱいで、満足感のある料理なのです!」


 ユキの口にも合ったようで良かった。


 食事と片付けを終えて、これからのことを相談する。


「依頼の魔物も揃ってるし、レイニーも色々確保出来たから、そろそろイベリスに戻ろうと思うんだけど、どう?」


「良いと思うです。あたしは雨羊とニジマッスがあるので、もーまんたいなのです!」


「……依頼より、食材かあ」


 流石、食いしん坊キャラのユキさんはブレない。


「明日が依頼を受けて7日目で、依頼完了まで9日あるけど、吊り橋から結構奥まで来ちゃったからさあ」


「レイニー探しで、沢山移動したのです」


「そうなのさ。魔物避けのランタンを使っても、吊り橋までは2日かかるんじゃないかな」


「そのくらいかかると思うです。吊り橋からは、真っ直ぐじゃないけど4日移動してるです」


「吊り橋に2日で着いたとしてイベリスまで更に2日だから、依頼完了まで5日前に着く感じかな。そのくらい余裕あった方が、もしトラブルがあっても間に合いそうでしょ?」


「大丈夫だと思うです」


「じゃあ明日からは、移動メインでいきましょう」


「おー、なのです」


「という訳で、今日は早く寝まーす」


「え!? 地球の話は、しないのです?」


「また今度ねー」


「残念なのです……ガーン」


 ユキの野営での楽しみを奪ってしまったが、ひたすら移動するのは結構キツイのだ。狩りや採取をしながらだと、止まっている時間もある。だが移動は少しの休憩以外は歩き続けるので、少しでも体力回復しておきたいのだ。


 明日からの移動に備えて、早く休むことにした。ガッカリしていた相棒だったが、ベッドに入ると秒でイビキをかき始めていた……。

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