恋愛ごっこ

黒栁 想

第1話 プロローグ


「久しぶり」

 その日は、突然訪れました。



 晴れたその日は絶好の洗濯日和で、私は布団を干していた時の事です。

 小高い丘の上の古びた一軒家。そこは一度捨てた、私の生家。田舎が嫌で大学入学を機に、この家とこの街を飛び出したのに、結局、田舎娘の私には都会に馴染めず、大学生活四年間を終えてすぐここへ帰ってきてから、もう長い月日が過ぎてしまいました。


 そう、貴方と出逢ったのも、丁度都会から逃げ帰ったその頃です。



「…………」

「覚えてる?」

 忘れた事なんて、ひと時もありません。私は彼の顔を見上げ、震える声を振り絞りました。

「……清純きよすみ君」

「うん。正解」

 時の流れそのままに、年相応に大人の顔立ちにはなっておりましたが、あの頃の面影は確かにありました。

 サラサラとした黒髪も、スラリとした体型も、はにかんだ照れ笑いも。

文香ふみかちゃん」

 私の名前を呼ぶ声も、何ら変わらず。


 布団を干し終えた私は、少し離れた所で立ち止まる清純君の元へと歩み寄り、「すっぴんだから恥ずかしいな」と俯き呟くと、清純君はフワリと私の髪を撫で、そっと優しく抱きしめるのでした。


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