4・横手へ・壱

「急げ!三田寺の連中を追い抜くんだ!稲荷社にも寄るなよ!」

「分かった!」

俺の指示を受けて松吉が篠山城へ走る。

 捕らえた者達への尋問から横手も板屋もこの戦いに相当な無理をして動員を掛けている事が分かった。特に板屋は城兵のほとんどを横手方面に回しており、城は数合わせで駆り出された老兵が主体になっているらしい。そこで直ちに入谷館への攻撃を命じるべく落合へ松吉を走らせた。

 板屋は山之井と隣接している事から民同士でも顔見知りも多くおり、特に今回は何も知らされずに突如の裏切りの片棒を担がされた事への疑問も手伝ってか尋問どころか世間話の様相で話をしてくれる者も何人か居た。


 問題は横手の方だ。この場で取り逃がした兵の内、板屋の者達は我等がここで行く手を塞いでおり、尚且つ板屋に戻るには山之井領を横切らなければならない。敗戦の報が伝わるには相当に時を要するはずだ。対して横手へは遮る物が無く何人かの兵は早々に帰還するだろう。

「壱太、横手の地形には詳しいのか?」

「まぁ、若様のお陰で山之井で取引させて貰うまでは横手で取引してたんで。俺はまだ子供だったから行った事無いんですけど上の年寄り連中はそれなりに詳しいんじゃないですかね?」

俺の質問に壱太がそう答える。

「若、横手を攻めるおつもりですか!?」

大叔父が驚いた様に聞いてくる。

「可能ならだ。父上の首も奪われたままだし、このままやられっぱなしでは今後にも障りが出る。前々から言っていた通り攻め取るつもり等毛頭無いが多少の出血はして貰わねば…」

「し、しかし、こちらも横手の大将を討ち取っておりますれば現状でも痛み分けとはなるはず。」

孝政も大叔父に加勢する様にそう言う。

「痛み分けでは次こそはとなるやもしれん。それに典道叔父上の今後を考えても少しでも戦果が多い方が良いだろう?」

「それはまぁ…そうですが…」

典道叔父の事を話題に挙げると孝政も口篭る。

「何、無理はしない。取り敢えず生き残った味方がいるかもしれないから峠の麓まで進んで壱太達からの報を待って判断する。それなら良いだろう?」

「それなら、まぁ…」

孝政と顔を見合わせた後、行賢の大叔父が歯切れ悪くそう答える。

「良し、壱太。他の者を追ってくれ。横手に詳しい者を峠の下まで寄越してくれ。それから可能なら峠を越えようとする横手の者が居たら捕らえて欲しい。これは可能ならだ。怪我をしてまでやる必要は無いぞ。」

「分かりました。では。」

そう言うと壱太は山へ分け入って行く。

「あ、壱太待て。槍を何本か持って行くか?」

「あぁ、確かに。じゃあ遠慮無く。」

そう言うと武装解除した槍を何本か渡すと今度こそ山へ入って行った。


「行賢の大叔父上、ここで捕らえた者を見張りながら柵を維持するのに何人残せば良い?」

「ふむ…まぁ十人は欲しい所ですな。」

十人か。かなり遠慮しての数だろう。行和叔父を始め狭邑の衆は一人も戻って来ていないのも有るだろうか。

 現状こちらの戦力は城の兵が十人、狭邑の兵が五人、具足を持った民が十人。その内、先ほどの戦闘で怪我を負った者が五人程居る。

「良し、具足を付けた民が十人居る。それに怪我をした兵を残す。これで十三人になる。その代わり行徳の大叔父をこちらに回して欲しい。これでどうだ?」

「まぁ、なんとかなるでしょう。」

「もし、捕らえた者達が少しでもおかしな動きをしたら有無を言わさず皆殺しにして良い。」

捕虜の方を見ながら聞こえる様に言う。特に横手の者が顔を青くしてこちらを窺っている。そのまま捕虜に近付いて聞く。

「板屋の者で一番顔が効くのは誰だ?」

俺の質問に顔を見合わせた後、多くの者の視線が向いた者が二人。その内の一人は先程も誠右衛門と親しく話しをして情報を齎してくれた者だ。

「谷の中で動けなくなったり死んだ者を回収に行くが山に逃げ込んだ者も多く居るだろう。そいつらに出て来る様に声を掛けて欲しい。皆を家に帰す事は俺の名に賭けて保証する。どうだ?」

「わ、私は構いません。」

「ほ、本当に皆を帰してくれるのか?」

俺の問いに二人はそう答えた。誠右衛門と親しい男はここでも協力的だ。

「約束しよう。板屋が荒れると俺達も困るんだ。分かるだろう?」

俺がそう言うと、

「それは、まぁ…」

目を泳がせながらそう答える男。村が荒れれば周辺の村にも迷惑が及ぶのは自明の理だからだ。

「だから、協力してくれ。それにこれまでも俺達は裏切った板屋の者に無体を働いたか?」

「そ、それは…分かりました。」

そうしてもう一人の男も承諾した。

「では、二人は俺達に付いて来い。誰か解いてやれ。」

傍に居た兵が二人だけ縄を解く。

「名は何と言う?」

「私は入谷の嘉平と申します。」

「板屋の昭三です。」


「良し、行賢の大叔父上は狭邑の兵と正助達を連れて左の道から動けない者や隠れている者が居ないか確認しながら隘路の向こうへ進んでくれ。俺は城の兵と誠衛門を連れて右から行く。行連、すまんが残りの者を率いて隘路を進んでくれ。途中に残された人と物は皆ここへ運ばせるんだ。嘉平と昭三も増蔵に付いて草叢に声を掛けたり板屋の者が倒れていたら声を掛けてやれ。」

「「分かりました。」」

そうして我等は三手に分かれ、隘路を進む。右の隠し道を進む俺達は途中で敵の退路を断つ時に捨て置いた弓を回収して再び進んだ。

 左からは仲間に声を掛ける嘉平と昭三の声や怪我人を運ぶ指示を出す行連の声が聞こえてくる。

「若様、増蔵です。倒れている者が多すぎます。これじゃあちっとも進めませんぞ。」

その時、行連が草叢越しにそう伝えてくる。

 行連に従っているのは二十人程。動けない怪我人や死人を一人運ぶには最低でも二人は必要になる。多くの者が降伏したとは言え手が回らないのだろう。

「人を運ぶのに十人残して進め。隘路はその十人に任せて良い。」

「分かりました。」

 その後、隘路を抜けた所で合流する。隘路を抜ける間に隠れていた者が合計三人投降して来たようだ。

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