第38話

 正月三が日過ぎたこの日、ツバサたちがアズサの家に集合した。

 その理由は簡単。


「みんな宿題どれくらい進んだ?」

「ボクはもう去年のうちに終わらせた」

「アタシも終わったぞ、思ったより簡単だったからな」

「マヤは勉強に集中してないとアレが来るから嫌でも終わった」

「「「で、アズサは?」」」

「白紙、っす……」


 目を逸らすアズサに、全員が「やっぱり」と口をそろえる。

 そうしてアズサの宿題を進めていく、その途中でこんな話が出てきた。


「あ、そだ。初級ポーションの味を改良してみたんだよ。飲んでみたい人ー?」

「勉強から逃げるな」

「ち、違うもん!」


 図星である。

 が、味が変わったとなればマヤが興味を持つ。


「どんな味?」

「普通に飲める味だよ。そして今回はもうひとーつ! ふっふっふっ……」

「「「……?」」」

「塗り薬にもしてみた!」


 ラベルが貼られたままのジャムの小瓶に入った緑色の塗り薬が出てきた。

 みんな恐る恐るにおいを嗅いでみると、ミント系のさわやかな香り。


「あーなんかスーッとしそうなにおいだな」

「治る時って痒みがあるでしょ? それを抑えられないかなって思って調合してたら、固まって塗り薬になっちゃったんだ。偶然の産物だねー」

「自分で調合!?」

「アズサって時々そういうことするんだよ。ジュース混ぜたりとか」

「それと同じでいいのか……?」


 なおアズサの感覚としては、まさにそれである。


「でも液体が固体になるくらい色々混ぜたなら効果が変わってるんじゃない?」

「わたしがチェックできる範囲では大丈夫だよ。混ぜたのだって全部食べれるものだし」

「……ちなみに何混ぜた?」

「肉じゃがとクリアミントの歯磨き粉」

「うげっ。すげー組み合わせ……」

「たぶんじゃがいものデンプンと歯磨き粉の香料を使ってるんだろうね」

「そう聞くとまとも」

「だな」


 それでも歯磨き粉のかかった肉じゃがを想像してしまい、表情が曇るネネ。

 しかし最初に小瓶を手にしたのもネネで、服の袖をまくると、中々痛そうな切り傷が登場し、みんな「うわっ、痛そう……」と自分のことのように表情が歪む。

 少ないとはいえ冬場でも解体工事はあるので手伝っていたのだが、その時に転んで大きな傷を作ってしまっていたのだ。


「やった時はマジで声出なかったわ。ケンタに蹴られた時よりもイテーもん。んじゃ塗ってみるぞ」


 薬は水気が多くユルめでよく伸び、指先分だけで傷の範囲をカバー出来た。

 そして数秒後、緊張の瞬間。


「……痒っ。つか染みる感じだな。痛痒いとも違う、なんだこれ」

「じゃあ計画大失敗だ……」

「これはこれで治ってる証拠だろ。つーことで傷跡もなく綺麗に治ったぞ」


 結構な切り傷だったのだが、見事に跡形もなく消え去っている。

 そして指などに残った分はそのままハンドクリーム代わりにしてしまうネネ。


「よし、これでいいや。ちなみにこれいつ作った?」

「実は去年のうちに作ってあったんだ。土山さんが日持ちするか分からないって言ってたじゃん? だから何本かストックして日数経過でどうなるか見てるんだよ」

「おー研究者だ」

「へへんっ。それで結果だけど、こんな感じ」


 アズサは押し入れから5本、机から5本、計10本の初級ポーションの入った試験管をテーブルに並べた。

 それらには見た目で分かる明確な違いが存在している。

 机に並んでいた、つまり直射日光を浴びていたものはすべて黒ずんでおり見た目に飲めそうになく、押し入れで直射日光が当たらないようにしていたものは、日数が経過するとともに色が黒ずんで行っている。


「つまり液体の状態だと、直射日光には当てないようにして、なるべく早く消費してねって感じ。

 それが固体になると、直射日光に当たってる部分はやっぱり色が悪くなるんだけど、それさえ気を付ければ全然変化なし」

「ダンジョンで言えば、戦闘中でも飲んですぐ使える液体は劣化も早くて、塗る手間がある分戦闘中には使えない固体は日持ちするって感じだね」


 使い分けが出来るのならば、より効率的な運用も可能。

 アズサの軽率な調合により、図らずも大きな武器を手に入れた一同。

 と、その小瓶をまじまじと見つめていたネネからこんな打診が。


「なあアズサ、これアタシに売ってくれね? なにせ解体屋だからみんな結構傷だらけでよ」

「あーうん、全然いいよ。新しいのがあるからそっちあげる。それといつも迷惑かけてるからお金はいりませんのでー」

「マジか。助かる」

「あ、ボクも欲しい」

「マヤも」

「はいはーい」


 3人の家はともに怪我のついて回る仕事なだけに、この初級ポーションの塗り薬には大喜び。


「ちなみに中級ポーションも挑戦はしてる」

「”は”っていうことはまだ出来てないんだね」

「うん。固まりはするんだけど、ゼリー状になっちゃって塗れないんだよ」

「飲む、塗る、食べる」

「そうそう。食べる中級ポーションになっちゃって失敗」

「それはそれで需要あるくね?」

「かもだけど、わたしが納得しない。あと味がめっちゃ劣化する」

「じゃあ却下」


 変わり身の早いネネに笑いが起きるが、そのネネは「お前らもだろ」と不満げ。


「なんかほかに、混ぜて固まりそうなのって知らない?」

「混ぜて固まるといえば片栗粉とか、知育菓子にもそういうのあるよね」

「あー……片栗粉ってあるかな? ちょっと聞いてくる」


 部屋を出ていくアズサ。

 その様子にマヤは「勉強から逃げた」と手厳しい言葉を吐き、ツバサもネネも笑ってしまった。


 それから数分、ようやく戻ってきたアズサの手には何故かコップ一杯の牛乳。


「牛乳拭いた雑巾はなぜあんな極悪な臭いになるのか」

「飲む前にそういうこと言わないでほしいんだけど……」

「ごめんごめん。それで、なんで牛乳?」

「朝フルー○ェ食べたんだけど、あれって牛乳入れると固まるじゃん? でもってあれの牛乳入れる前と中級ポーションって何となく似てるなーって思って」

「「「あー……」」」


 実際はそこまで似ているわけではない。

 だがペクチンという食物繊維がカルシウムと反応して固まるのを利用している商品がある以上、アズサの推測もあながち外れではないはずである。


 古来より伝わる由緒正しい飲み方で牛乳を飲み干すアズサ。

 そしてしばらく頭をひねった後――。


「あ、出来た」

「灯台下暗しというかなんというか。けど効果とかにおいは大丈夫?」

「うん。本当にただ牛乳混ぜただけだもん。においは……こんな感じ」


 空いたコップに少しだけ固形中級ポーションを絞り出して入れ、ツバサに渡す。

 ツバサはクンクンと嗅いだ後ネネに渡し、ネネが嗅げば次にマヤへ。


「……まんま牛乳入れた野菜スムージー」

「だよな」

「普通においしそうだよね」

「じゃあ合格?」

「「「合格」」」

「やた!」


 万歳して喜ぶアズサ。

 怪我をしている人がいないので効果を試せはしないが、今までの経験からアズサが大丈夫だと断言するならば大丈夫というのが共通認識になっている。

 なのでツバサたちもその効果については疑っていない。


「つーことだからそっちも欲しいんだが」

「うん。って言いたいところなんだけど、いい入れ物がないからまた今度ね」

「こればっかりは仕方ないね。それじゃあ宿題に戻るよ」

「勉強やだー」


 相変わらずのアズサに、もはやリアクションすらない3人だった。




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