第20話

「映画、面白かったね!」


「……そうですね」


 和花さんの言葉に、俺は少し遅れて返事をした。

 話題の映画とやらは文句なく面白かった。――既視感さえなければ。

 形容し難い感触だ。まるで睡眠学習で映画の知識でも叩き込まれたかのような、歪な記憶がある。俺はこれを否定するべきなのか、それとも掘り下げるべきなのか……。


「あ、もうこんな時間……」


 駅前の広場にある時計を見て、和花さんが言う。


「悠弥君、今日は付き合ってくれてありがとう」


 こちらに振り向いた和花さんは、明るい笑みを浮かべて言った。


「……お礼を言うのはこっちですよ」


 穏やかな気分になりながら、俺は伝える。


「俺もこうやって誰かと一緒に遊ぶのは久々でしたから。……今日は楽しかったです」


「わ、私も! すっごく楽しかったよ! だから、その……もしよければ、これからもお願いしたいというか……」


 緊張しながら告げる和花さんが、どうにも微笑ましくて、俺は小さく吹き出した。


「和花さん。……このタイミングで渡すのも、迷惑かもしれませんが、なるべく早めに渡したいと思っていましたので」


 鞄から一枚の用紙を取り出しながら、俺は言う。


「月曜日から、よろしくお願いします」


 和花さんに入部届を渡す。

 感極まった様子でそれを受け取った和花さんは、満面の笑みを浮かべた。


「悠弥君……これからよろしくねっ!」


 こちらこそ、と頭を下げる。

 それから和花さんは電車に乗り、俺は自転車に乗り、それぞれ帰路に着いた。

 家に着いたのは午後十時半頃だった。妹には神事会の件を伝えていないため、玄関の扉を開けると同時に「バイトお疲れ」と労りの言葉を受ける。

 風呂に入った時も、歯ブラシをした時も、頭の中では今日の思い出が反芻された。


「……楽しかったな」


 今日のことを思い出しながら、布団の中に潜り込む。


「月曜日が、楽しみだ……」


 これからのことを考えながら、瞼を閉じた。

 直後、スマホがバイブレーションで着信を報せる。


「電話? ……こんな時間に?」


 非常識な、と思いつつも俺はスマホを手に取る。

 画面に映る名を見て、俺はすぐに気を引き締めて電話に出た。


「ハナコさん? どうしたんですか?」


『なに、簡単に今日の報告を聞かせてもらおうと思ってな。……ついでに、アタリの可能性を少しでも引き上げられたら僥倖だが』


「アタリ……?」


 言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。


『デートはどうだった?』


「デートじゃありませんが……普通に、楽しかったです。ただ、和花さんの祟りが何かは分かりませんでした」


『そうか』


 成果なし。そう報告する俺に、ハナコさんは責めることなく淡白な相槌を打った。


『静真和花は、どういう人間だった?』


 不意にハナコさんが訊く。

 質問の意図が読めなかったが、俺は今日の記憶を思い出しながら正直に答える。


「とても優しくて、尊敬できる人だと思います」


『そんな彼女が祟りを受けていると知って、お前は今、どう思う?』


 そんなの……決まっている。


「助けたいと、思います」


 きっと、俺でなくとも思う筈だ。

 あんな親切で、優しい人が祟りに苦しんでいるなら――力になりたいと思う。


『そうか』


 先程と同じ相槌。しかし、今回は少しだけ機嫌が良さそうだった。


『報告は十分だ。……その気持ちを忘れるなよ』


 そう言ってハナコさんが通話を切断する。

 待ち受け画面に戻ったスマホを眺めながら、俺は首を傾げた。


「……こんな報告で良かったのか?」


 報告というよりも、ただの雑談のようだった。まあ、ハナコさんもそこまで期待していなかったのかもしれない。

 スマホを床に置いて、今度こそ布団で眠りにつこうとする。

 瞼を閉じると、先程のハナコさんとの会話を思い出した。


 ――助けたい。


 祟りの正体は分からなかった。代わりに分かったのは、和花さんの人としての魅力だ。

 もし、あの人が祟りによって苦しんでいるのだとしたら、俺は――。


「和花さんを、助けたい……」


 決意が言葉になって唇から漏れる。

 眠気が限界に達し、俺はゆっくりと意識を睡魔に委ね――――。


『可哀想に』


 声が聞こえた。


『何も気づいていない』


『哀れな』


 次々と、声が聞こえる。


『助けてあげましょう』


 その声が聞こえた直後。

 バチン! と、何かを弾く音がした。

 唐突に聞こえたその音に、俺は思わず起き上がる。


「なんだ、今のは……?」


 違う。

 疑問に思うべき点は、そこじゃない。


「今までのは、何だったんだ……!?」

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