2話 白と黒

  翌日、学校を終えて、同じ時間にあの公園の場所に向かった。今日は昨日の雨模様とは違い綺麗な青が広がる晴天だった。

 学校では友達に遊びを誘われていたが、今回ばかりは断った。


 俺はルーシーと話すのが楽しみで少し走った。すると公園の目の前に一台の黒い車が止まっていることに気づいた。

 しかも車なのに、なぜか凄い長い。この時の俺はリムジンを知らなかった。


「九藤お坊っちゃん……」


 氷室が黒い車から降りてきて、俺に対して軽く一礼をした。

 というかそのお坊ちゃんって言われるのめちゃめちゃむず痒い。けど、なんか指摘しにくい。


「氷室さん、でしたよね?」

「ええ、九藤お坊っちゃん。こちらへどうぞ」


 氷室が黒い車の後ろのドアを開けて、俺を誘導する。


「ルーシー……」


 車の中にはルーシーがいた。そして、包帯は巻いてはいたが、今日の服装はドレスのように綺麗な白い服を着ていて、ルーシーの金髪にとても似合ったものとなっていた。


「光流……」


 ルーシーも俺も気づいて、少し恥ずかしそうに手を振る。


「九藤お坊っちゃん。本日はお嬢様との会話が旦那様方に認められる形となりました。ただ、公園の遊具の中は良くないとの指摘がありまして、今回は私共が用意した車の中での会話となります。少しここから移動します。運転手の須崎と私は少しの時間車の外へ出ますから、その間お二人きりでお話ください」


 すげ〜〜〜。この人絶対できる人だ。今の話からしても子供の俺は十分に氷室が凄い人物だと印象づけさせられた。

 俺はなんか高級ぽい黒い車に乗り込む。


「失礼します……すげ〜。中ひろっ……!! どういうこと!? もう家じゃん!! 家!!!」

「ふふっ……光流……反応面白いね」

「いや、誰だってこうなるって! ルーシーまじですげえな!! あ、てか、そのドレス、まじで可愛い!! 凄く似合ってる!!!」


 俺は言いたいことを言った。ルーシーは昨日とは違って肌を露出させたものだった。

 ハーフだからかなのか腕と足がとても白く、そして華奢で……ドレスと合わせて、とても素晴らしいと思った。


「光流……嬉しい。ありがとう。実はこれ着たのちょっと恥ずかしかったんだ。いつも腕と足も隠してて……でも良かった……」

「そうだったんだ! ほんと似合ってる!」


 俺たちは氷室の言った通り、どこかに移動した。氷室と運転手が車の外に出て、近くで待っている間、二人きりで少しずつ会話をしていった。


 その中で、ルーシーの病気のことを聞いた。ルーシーの病気は世界でも例がほとんどないくらいの難病というもののようだった。日本では、ルーシーだけらしい。生まれた時は顔には何もない状態だったが、五歳くらいの時に急にこうなってしまったんだとか。

 難病は原因がわからず、治療法もない病気のことだ。『クロージョア凝血水疱病ぎょうけつすいほうびょう』と名付けられた病気のようだった。ちなみにクロージョアという外国の偉い医者の名前がつけられた病気だとか。


 俺はそれを聞いて、簡単に"治る"なんてことは言わなかった。小さいながらルーシーの心はわかっていた方だと思う。

 今の、ありのままの状態のルーシーを褒めることで、彼女が救われると理解していた。


 さらにルーシーの父親は、複数の企業をまとめる財閥系グループ会社の社長を勤めていて、祖先から代々受け継がれてきたのだとか。

 子供の俺には理解できない話だったが、凄くてお金持ちだということは理解した。

 普通なら住む世界が違いすぎるが、子供だった俺はそんなことは気にせずルーシーと仲良くなりたいという気持ちだけがあった。成長した今ならそれを気にしてしまうだろう。


 それから一週間が経過した。今日は最初に車内で過ごした時と同じような白いドレスを着ていた。この一週間、いつも違う服装をしていて、ルーシーは着飾っていた。どの服のルーシーも可愛くて、いつも見惚れた。


 毎日毎日、ルーシーと語り合った。互いの家族のこと、趣味のこと、これからしたいこと、将来の夢のこと、好きな食べ物、とにかくたくさんだ。


 ちなみにルーシーは、もし病気が治ったらメイクをしてみたいそうだ。最後の方には『もし治ったら』なんて言葉も出てきていた。

 そして将来の夢は、お嫁さんだそうだ。可愛い夢だ。父親と母親の結婚式の様子やどうやって結婚するに至ったかの話を聞いたことで、私もそうなりたいと思ったそうだ。


 たまに氷室や運転手の須崎がソフトクリームや外でしか食べられないスイーツを買ってきてくれたりして、二人で一緒に食べたりもした。二人とも甘いものが好きだったので、美味しい美味しいと言いながら食べあった。

 ちなみに須崎はサングラスをしていて、ちょっと強面だ。そしてこんなお金持ちの家に仕えているとは思えないくらい気さくな人で、イタズラ好きな人でもある。よく氷室にも怒られていた。

 氷室も俺の事を『九藤お坊ちゃん』から『光流お坊ちゃん』と下の名前で呼ぶようになっていた。


「それでねっ、それでねっ! 昨日はお父さんに今度お家に光流を誘おうって言ったの! そしたらお父さんはなぜか嫌な顔をしてね! それでお母さんがそんな顔してたらルーシーに嫌われるよって言ってて! ちょっとよくわからなかったけど!」


 ルーシーと会うようになって一週間が過ぎた頃、もう話が止まらない止まらない。徐々に俺が話すペースが落ちて言って、7割方ルーシーの話しを聞くようになっていた。

 どんどん話したいことが出てくるようで、ルーシーが楽しそうな顔をしているのが、とても好きだった。


「ねぇ……光流、聞いてる?」

「ごめん……ルーシーに見惚れてた」

「もうっ……光流ったら……」


 互いに小学生とは思えない甘い会話が繰り広げられていた。二人は知らず知らずの内にオマセさんになっていたのだ。


「ルーシーが可愛いのがいけないんだよ……」

「ふふっ……ねぇ。一個お願いがあるんだけど……」


 包帯を顔に巻いているルーシーが少しもじもじしている様子が見てとれた。


「うん、なに?」

「ええと、うちではよくあることなんだけど、お父さんとお母さんもよく私とするし……お兄ちゃん達ともよくするし……それで……」


 話が読めない。ルーシーは何を言おうとしてるんだろうか?


「うん……」

「それでね、それでね。光流とぎゅーってしたいの……そしたら、もっと特別な関係になれる気がするの……」

「ええっ!?」


 さすがの俺も驚いた。ぎゅーって何? 確かに今よりもっと小さな頃は俺も父親と母親と姉にされたことがある。

 しかし、もうそういうのは全然ない。記憶の欠片の片隅にあるレベルだ。


「やっぱり……私みたいなこんな顔の人とは、できないかな……?」

「な、何言ってるんだ! そんなことないっ!! ただ、ちょっと驚いたというか、恥ずかしいというか……」

「光流の恥ずかしがってるの、久々に見た。かわいい……」

「なんだよ〜。というか顔のこと言ってそうやって断りにくい感じにしてるでしょ〜っ」

「バレた? ふふっ。光流は顔のことで嫌いって言ったりしないもんね。ごめんね」


 二人で笑いながら、謝りながら、ちょっと良い雰囲気になっていく。


「それで……いいかな? 今日は、二人がもっと特別になる……その記念日」

「うん、もちろん。……特別、ね……」


 ルーシーが二人っきりの車内で俺の方に体を向けて両腕を開く。

 俺は座席から少しだけお尻を移動させ、ルーシーに近づく。


「ルーシー……」

「光流……」


 互いの名を呼び合って、ぎゅうっと体を抱きしめあった。

 ルーシーはとんでもない良い匂いがした。言葉に表せないほどの良い匂いで、女の子はこんなに良い匂いなのかと思った。

 近くで座っているだけでも少し良い匂いがしていたが、こうやって抱きしめ合うことで、良い匂いで全てが包まれるような感覚に陥っていた。


 ルーシーはやっぱり華奢で、多分人より少し長い手足がその細さを一層際立たせていた。


「光流の良い匂い……覚えた……」

「ルーシー、凄く……良い匂い……」


 互いに、匂いについて呟く。ただ俺は良い匂いがするわけがない。するとすれば、家の服の匂いだ。


 顔をくっつけると、肌の柔らかさとは違う、包帯の布の硬い感触がして。これがルーシーなんだと、心に刻み込んだ。


「光流、私ね、言いたいことがあるの……」


 意を決したかのように、ルーシーが少しだけ緊張からか体を震わせる。


「うん。大丈夫だよ。ゆっくり……」

「ありがとう……私ね、光流と出会ってから、世界が明るく変わったの。毎日楽しい。学校はちょっとまだ楽しくないけど、光流と会えるって思うだけで楽しいんだ」

「俺もだよ。ルーシーとの時間が、今は一番楽しい……」


 恐らく互いに同じ気持ちなんだと、子供ながらに通じ合っていた気がしていた。


「それでね、まだ光流と会ってから一週間しか経ってないんだけど……」

「うん。まだ一週間なのにね。ぎゅーまで、しちゃったね……」

「ふふっ……そうだね……」


 ルーシーが笑ったことで、緊張がほぐれたのか、体の震えが止まっていた。


「それでね。一回しか言わないから、ちゃんと聞いてね……」

「うん……絶対聞く。聞き逃さない……」


 ゴクリとルーシーが息を呑む音が聞こえたような気がした。


「わたし……わたし……わたし……っ!! 光流のことが……っ!!!!」


『お嬢様!!! 光流お坊ちゃん!! 今すぐ外にっ!!!!』


 ルーシーが俺に何かを伝えようとした瞬間、車の外から氷室の叫ぶような声が聞こえてきた。

 俺は何事かと思い、ルーシーを抱きしめたまま、車の窓ガラスの方を見た。



 ――俺が窓ガラスを見た瞬間、そこには巨大なトラックが迫っていた。



「ルーシーっっ!!!!!」

「きゃあっ!?」


 俺は、直感的にルーシーを守るように体を包み込み、窓ガラスの方に背を向けるようにした。

 ルーシーも急に体を方向転換させられ、驚いて叫び声をあげた。


 死ぬ直前のような、ゆっくりと時間が流れるような感覚を感じた。


 須崎と執事の氷室が車の近くまで走ってくる様子。

 しかしどうやっても間に合わないトラックの速度。


 徐々に、徐々に、横目で見るトラックが近づいてきて。

 ルーシーの白いドレスと白い肌。俺はギュッと彼女の体を抱きしめた。



 ――次の瞬間、俺の意識は暗転……ブラックアウトした。





 ー☆ー☆ー☆ー



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