第二十五話
「なんてこった……まるで地獄だ……」
砦内部は既に、かつての面影も無い戦場へと様変わりしていた。
運び込まれていた数々の資材は戦いの余波で散乱し。魔法の流れ弾で炎上したのか、クレーターの中で燃えている物もある。
魔物の巨体が好き勝手暴れたのだろう。砦内部に建っていた建造物は、全て瓦礫の山に様変わりし、見晴らしが大変良くなっていた。
「チッ、……アレハンドロもドナもくたばってやがる。残りも死体と大差ねぇ……」
ギネクの身内は、既に何人かが倒れ伏していた。近くで倒れ伏す
「……残念です。ゆっくり休んでください」
「アイヒルこっちに寝かせてあげな。ここだとまた痛むかもしれない」
彼の瞼を閉じてやり、オリガの言う通り身体を抱き起して門の影に隠した。どうやら砦の城壁にまで吹き飛ばされたのがいけなかったらしい。
「……あっちだ。行くぞっ!」
ギネクの背を追いかけて、砦の最奥へと脚を進める。
未だに戦闘音は続いている。そちらを見れば、赤い装具を更に赤く染めながら戦う一団が死闘を繰り広げていた。
どうやら今は、お互いに様子見の小休止のようだ。突入するには申し分のない好機だ。
「ハァ……ヒュー……タフね!……アタシが先に参っちゃいそうっ!」
「ぜぇ…お互い齢ですなぁ団長!はぁ…吾輩もそろそろお迎えが来そうですわい!ハハハッ!」
「今更死んでも…ふぅ…向こうで追い返されますよぉ!はぁ……こいつ送って、あいつらにリベンジさせてやりましょー!」
目的の人物は直ぐに見つかった。
ブレイズロアの面々はその数を減らしていたが、団長のラガルトを筆頭にした面々は未だに士気高揚。軽口を叩き合い、戦意を高めている。
「流石バケモノオヤジ共だ。間に合った……」
「おいおいおいおい。ダヴルク最強のブレイズロアがガタガタじゃねぇか!?」
「黙ってろデイブ。ビビったなら、今からでも帰っていいぞ」「やるよぉそんなに怒るなよ!」
「おかしいね。どう見てもそんなに強くなさそうなのに、こんな事になってる。何かからくりがあるみたいだ」
「見た目は蛇っていうよりもナメクジ?あの触手はヒゲですかね?」
「どうでもいい。どうせ殺るか殺られるかだ……行くぞっ!」
突入準備を整え、最後の分析を済ませた四人は。瓦礫の裏から飛び出し、決死の戦場へ参戦した。
「ようっ!クソオヤジ共!下の世話に来てやったぜっ!!」
「「「ギネク!?」」」
突然の乱入者とその人数に、彼らは驚いたようだった。しかし、その中に見知った顔を見つけると。嬉しさと怒りが入り混じった顔で歓迎してくれた。
「以外ー!ギネクくんって、そういうタイプだったんだー!」
「馬鹿モンが!お前だけでもという団長の想いに気づかなかったのか!」
「うるせぇ!!テメェらはおまけだ!!」
幹部格と思われる二人の言葉をギネクは大声でかき消し。真っすぐにラガルトさんへ視線を向けて言い放った。
「指示は完遂したっ!!傷も問題ねぇ!!助っ人も来てくれた!!俺が来て文句あるかよっ!!」
「……本当におバカ。しかもお友達を連れて来るなんて。もっといい日に来て欲しかったわ……」
「きゅおおおっ―――――!!!」
「行くわよアナタ達っ!勝って帰ってお茶会しましょっ!!」
こちらの数が増えたことに危機感をもったのか、魔物が咆哮をあげて襲い掛かってきた。
既に臨戦態勢のブレイズロアの面々に、オレ達寄せ集めが加わり。魔物との決戦が幕を上げた。
「
「
「きゅおおお―――――!!」
「効いてないっ!?あれだけの攻撃がっ!?」
「さっきからこの調子じゃ!当たっても怯みもせんっ!」
戦いが始まって直ぐに魔物の特異性が明らかになった。
オレとブレイズロアの面々が放つ魔法と技の波状攻撃。その全てが命中したというのに、目立った傷どころか碌に効いたようなそぶりも見せないのだ。
更にその耐久に任せて、こちらとの間合いを積極的に埋めたて。協力する間を与えずに、各個撃破を狙っている。
「不死身かよぉ!やっぱ来るんじゃなかったぁ!」
「帰るならその辺の仲間拾って帰ってー!ボクらはチョーッと忙しいからー!」
長い体を鞭のようにしならせて体当たりを仕掛けてくる。受け止めるのは現実的ではないが。一度、直接触れてみたかったので、気合を入れて踏ん張った。
「ふぐっ!」
一瞬、何かが焼ける異臭がしたが。魔物の勢いは全く減らず。盾に仕込んだ「
「馬鹿野郎!見て分かんねぇか!」
「アイヒル!生きてる!?」
珍しいオリガの取り乱す声が、はっきりと聞こえるので、頭は大丈夫。
中身を心配されるかもしれないが。残念ながらそれは据え置きなので、諦めて欲しい。
「ダイジョブでーす!まだいけまっす!」
「あははは!キモいね君ー!何で今ので大丈夫なのっ!」
牽制に「
さっきの接触でハッキリしたのは。攻撃の命中に合わせて異臭がしている事。
一度気付くと、この周辺にまで漂っている事が認識できて。ハッキリ言って気持ち悪い。
これほどの異臭は毒を疑うはずなのに。周りの人は誰も気にしている様子はない。どうにも臭うな。
「ねえ、オリガ。さっきから変な臭いしない?」
「……頭でも打った?焦げ臭いのと血の匂いしかしないけど」
「そっか、わかった。大丈夫」
一番感覚に敏感そうなオリガに聞いてみたが。どうやら気づいていないみたいだ。
マジでオレの脳みそがいかれたか?そうでもないと、この変な生臭さが周囲に拡散していない訳がない。
(変なにおい、サークルジェリー、蛇のような細長い―――――……あっ)
次の瞬間、オレの脳に電流が迸る。
もしかしたら、こいつの正体分かったかも。
己の中で芽生えた確信を確かなものにするべく。オレは早速、行動に移した。
ちなみに口元はスカーフで覆った。臭いがきつすぎるからである。
「どうしたのアイヒルちゃんっ!?」
「頭イカレてんなら引っ込んでろよっ!」
魔物の動きはますます激しさを増しているが、それに立ち向かう冒険者はさっきから疲労が積み重なり決壊寸前だ。
口では余裕を崩していないラガルトさんも、鎧の合間から滴る血の量が増えてきている。あまり時間は残っていない。
この魔物は一見蛇の親戚の様な見た目だが。それにそぐわないワラスボの様な頭、鞭に酷似じた触手、さっきまで戦っていた彼らのアドバイスを列挙し。特徴に当てはまる魔物を割り出した。
種が割れたからには、あとはそれを暴くだけ。とりあえずこいつには大人しくなってもらおう。
オレは砦の城壁の上に置いてあるはずのアレを探す。幸いな事に、それは変わらずそこに鎮座してあった。
もう一度繰り返される巨体の突進を振り切って、オレは城壁を駆けあがり状態を確認。
(よしっ!弾はあるし、損傷も無い。撃てるっ!)
「こいつを撃ちます!皆、注意してくれ!」
「そんなの役に立つか!」
「いいから!撃つぞ!」
問題がない事を確かめたら、歯を食いしばって据え付けられた大砲を操作し。装填されていた誘引剤を内部に打ち込んだ。もちろん人が居ない場所に。
「テメェ!何のつもりだ!?」「ギネク!待て!よく見てみろ!」
「……驚いたわ……まさかそんな……」
その効果は直ぐに出た。今まで無軌道に暴れていた怪物が、誘引剤の効能によって撃ち込まれた所に引き寄せられたのだ。
さっきまでの苦戦が嘘のように大人しくなった姿を見て。半ば呆然とした面々が説明を求める様にこちらを見る。
「コイツはサークルジェリーなんだ。しかも大人ではなく子供。その群体が一つの身体で襲ってきてたんです」
オレの話しが終わるまで大人しくしている保証もないので、なるべく要点を抑えて説明する。
この魔物の正式名は「プラストロ・ワーム」。サークルジェリーの幼体が、成長に伴い分裂する前の姿で。主に自らの危機に反応して動き始める。
スカラベ初登場は3の中盤、主人公たちがこいつらの回遊するところを襲撃した時、初めて出て来た新モンスターだった。
まさか、この時代から存在するとは想定外だった。しかしここはもう一つの現実。生き物として存在する以上、ここに居ても可笑しくはなかった。
「成程、前半に魔法で焼いた臭いがコイツからも臭ったのか……」
「ボクらはずっとやってたから、鼻が利かなくなったたんだネー」
すっかり誘引剤にやられて大人しくなったプラストロ・ワームを視界に入れつつ、オレ達はとりあえず習合して、こいつの処遇を話し合っている。
ちなみにオレが臭いに気づけたのは、前半に一度雷細剣で撃ち落としたジェリーに近づいただけで、その後はずっと後衛だったからだ。
他の皆は鼻が慣れていたり、そもそもこの臭いを知らない事が事態の発覚を妨げたのだ。
「ふざけんなよっ!あのクソのおかげで何人死んだと思ってやがるっ!」
「待て待てギネク!俺ごと行こうとするんじゃねぇ!落ち着け!」
正体の知れた事で先ずはギネクがキレた。
放っておけばまたワームに突っ込みかねないので、さっき名を聞いたデイブさんに後ろから抑えてもらっている。
知らない間に仲良くなっていたので。彼を道ずれにはしないだろうから、その間に冷静な面々が対策を考える。
「あのクラゲもどきが、あんな芸達者になるの?」
「成長に伴って効果を失う体内の魔法陣が機能しているのでしょうね」
「ふむ……成程、あの紋様はサークルジェリーの唯一にして最大の特徴じゃ。身体が大きくなることで、その補助が必要なくなった成体ではなく。幼体ならまだそれを使えるのか……」
「あいつらが群れなら魔力も賄えそうだな」
「ハイハイ、皆!お勉強の時間はそこまで!ここからはあの困った子をどうやって始末するかを話し合いましょ!」
ラガルトさんの鶴の一声で、逸れかけていた話が元の軌道に戻り。オレも自身の考察、所感と言うていでスカラベでの対応策を述べた。
こうして幾多の問題に対応策を用意したオレ達は。ワーム討伐の為に新たな布陣を構築した。
戦闘は終わり。ここからは駆除が始まる。
コイツの武器は複数あるが。大きく分けると四つ。
「巨体による制圧力」、「先端の触手の数と力」、「末端の一匹に全てのダメージを押し付け再生する身代わり能力」、そして体内の「積層型魔法陣」。
この全てを一度に無力化する作戦を練った冒険者たちは。各々の任された仕事をするべく、砦内部に散っていった。
「『偉大なる地下の王ドヴェルグよ!溶鉄の海原より、潮の一滴を齎したまえ!』『
先ずはラガルトさん。彼にしか使えない上級魔法でワームを拘束する。
赤熱化した鉄柱が何本もワームに突き刺されてゆき。いくら押し付けても問題の無い状態にしてしまう。
融解した肉を修復する前により、深く沈み込んでいく鉄杭は。長い体を地面に縫い留めた。
「今だ!一斉に撃ち込めっ!」
次はオレを含む皆で、一斉に砦内部に大砲を撃つ。
四方八方に撒かれた誘引剤によって、ワームを構成するサークルジェリーたちは。各々の望む方向へ向かおうとして、その未熟な身体を世界にさらけ出す。
そうなれば、後は残ったジェリーを処理するだけとなる。
「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ……」「お、おい。ギネク……」
「ほっといてやってー……正直、ボクも同じ気分だからさー……」
「魔物共が奇想天外な事は、十分知っていた筈じゃったがな……」
「これはアタシ達年長者の落ち度よ。知らなかったじゃ済まされないわ……」
怒りを通り越して無表情になったブレイズロアの面々は。しかし、その始末する手が止まることは無い。
「アイヒル。ワタシ達は外のジェリーを見ておこう。誘引剤に惹かれてくるかもしれない」
「そうだね。それがいいか。じゃあ、ちょっとラガルトさんに言ってくる。先に行ってて」
衝撃的な登場とは裏腹に、襲撃者は静かに最後を迎えた。
最後の一匹を仕留めた後、残心が終わった砦の内部には静寂が残った。
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