第17話 強襲

 最近の比奈の行いには目に余るものがある。

 私――月宮詩歌は内心、懸念を抱いていた。

 比奈はここのところ、毎日のように相地くんと夜遅くまで通話をしている。酷い時には朝まで続くことさえあった。


 どうして知っているのか。

 私は二人の通話を全て最後まで聴いていたから。始まりから終わりまで、ただの一言も聞き漏らすことはしなかった。


 ここ最近、相地くんは寝不足に悩まされていた。

 完全に比奈のせいだ。

 彼の成績が落ちてしまったら、いったいどうするというのか。

 ただおかげで私は相地くんにノートを貸す機会が増えた。

 体面的には呆れたふうを装っているけれど、内心では歓喜に震えている。

 相地くんの役に立つことができるのだから、これに勝る喜びはない。

 彼が『ありがとう』とか『おかげで助かった』とかお礼の言葉を口にしてくれる度、私は天にも昇る心地に包まれる。

 その音声を聞き返すだけで、三回は果てることができる。

 

 比奈は相地くんへの執着を隠さなくなった。

 この前の席替えの時は顕著だった。

 比奈が引いたくじは本来、相地くんとは遠く離れた場所だった。

 でも比奈は相地くんの隣の席を引いた女子に頼み込み、相地くんの右隣の席のくじを手に入れることに成功していた。

 

 それは危険な行為だ。

 相地くんの席は窓際の前の方の席。

 そんなところの席をわざわざ所望すれば、隣の席の男子――つまり相地くんに気があるのではと推察されても仕方ない。

 そのリスクを冒してでも獲りにきた。

 ちなみに私は相地くんの後ろの席を射止めていた。

 

 比奈は本気だ。

 休み時間も昼食も相地くんにべったり引っ付いている。他の友達には目もくれず、相地くんにだけ身を寄せている。

 その時の比奈は、完全に恋する乙女の顔をしている。

 目を見れば分かる。

 熱に浮かされた、今にも蕩けてしまいそうな眼差し。

 全身から発情した雌の匂いがする。

 他の生徒たちには気づけないかもしれない。でも、私には嗅ぎ分けられる。なぜなら私もまた同じ匂いを発しているから。 

 

 警戒心を強めていた中での、ある日の昼休みのことだった。

 とうとう比奈が動いた。

 私は比奈に中庭に呼び出されていた。以前も二人で昼食を取ったベンチ。周りに他の誰もいない場所に二人きりで座る。

 落ち着いたところで私は切り出した。


「どうしたの? わざわざ呼び出して」

「この前、あたし、好きな人がいるっていったでしょ?」

「うん」

「あれさ――実は相地くんなんだよね」


 比奈にとっては一世一代の告白だっただろう。

 でも私は知っていた。

 通話も全部聴いていた。

 けれど、私は初見のフリをしたリアクションする。


「そうなんだ。びっくりした」


 実際は全く驚いていない。

 関心があるのはその後だ。


「でも私になんで話してくれたの?」


 そうだ。そこが問題だ。

 なぜこのタイミングで私にそのことを打ち明けたのか。

 比奈はいったい何を目論んでいるのか。


「あたし、こーいうの初めてだから。どうすればいいかわかんなくてさ。詩歌なら頼りになるんじゃないかなって」

「私も経験ないよ?」

「でも詩歌は経験なくても、いっぱい策とか考えられそうじゃん。知将っぽいし」


 比奈はそう言うと、両手を合わせて拝んでくる。


「だからお願い! 協力して!」


 なるほど。外堀から埋めていこうという魂胆か。

 比奈は良い子だ。

 明るくて気が利くし、男子からも女子からも好かれている。

 もちろん私も大好きだ。

 もし他の男子に惚れていたということなら、心から応援していた。相談にも乗るし、策を考えてあげることもできた。


 だけど――。

 彼が好きだと言うのなら話は別だ。


「ごめんね。それはできない」

「え?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか。

 比奈はきょとんとしていた。

 すぐに取り繕うように笑みを浮かべると。


「あ、うん。無理なら無理で全然おっけー。詩歌にも都合があるだろうし。でも一応理由も聞いていい?」

「比奈のことは大好きだよ。友達として支えてあげたいと思ってる。でも比奈は相地くんのためにならないから」

「??」


 比奈は理解できていない様子。

 比奈は相地くんに悪影響を与えている。自分本位な長電話によって、彼の体調と学業を妨げてしまっている。

 比奈と結ばれても、相地くんはきっと幸せにはなれない。だったら私は二人が結ばれることを容認することはできない。私は相地くんの幸せを願っているから。


 その時だった。

 私の視界の端――連絡通路を歩いている相地くんの姿が映った。


 昼休みになると、彼は食堂前の自販機にジュースを買いに行くことが多かった。今日もまた買いに行っていたのだろう。

 恐らくはヨーグルトティー。やっぱり。当たっていた。相地くんが好きなものは全て頭の中に入っている。


 その姿を見た瞬間、天啓が降りてきた。

 ああ、そうか。

 簡単なことだった。


「相地くん、ちょっといいかな?」


 咄嗟に決断すると、私は連絡通路を歩いている相地くんに声を掛ける。彼は私たちの姿に気づくと、こちらに近づいてきた。


「月宮さん、どうしたんだ?」

「話したいことがあって」


 比奈ははっとした面持ちを浮かべていた。

 私の発する厳粛な雰囲気から次の展開を汲み取ったのかもしれない。

 さすが、コミュニケーション能力が高いだけのことはある。空気を察する力に関しては他のたちよりも頭一つ抜けている。


 だけど残念。

 もう遅い。


 考えてみれば、最初からこうすればよかった。

 私は相地くんに幸せになって欲しい。

 そして彼をもっとも幸せにすることができるのは私を置いて他にはいない。

 悪い虫を寄せ付けないためには、私が彼にとっての特別な人になってしまえばいい。

 相地くんを守るためには、それが一番確実なのだから。

 私は相地くんに向かって打ち明けた。

 

「――実はね、私、相地くんのことがずっと好きだったの。だから、よかったら私とお付き合いしてくれないかな?」


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