サユリさん、事件です! ~宇宙幽霊船シエロンフラメ~

ハルカ

第1話 消えた船員と空っぽのロボット

 船内はひっそり静まり返っていた。

 通路がまっすぐに伸び、その先は暗闇へと吞み込まれている。

 行く先を照らすのは自分の宇宙船から持ってきた小型ライトと、タブレットの画面から漏れる光だけ。


 自分の足音が耳障りなほど高く響く。

 神経をとがらせ周囲の様子を探るが、生きている者の気配は感じられない。

 もしかしたら、僕はこの宇宙に一人ぼっちで取り残されてしまったのではないか。そんな妄想がよぎり、立ち止まる。

 耳を澄ませると遠くから機械の稼働音が小さく聞こえてきた。甲高いモーター音はまるで幽霊がすすり泣く声みたいだ。

 この宇宙船は、まるで廃墟だ。


 船内の壁に手を当てながら進んでゆくと、別の通路とぶつかった。

 タブレットで船内図を確認する。この先には制御室があるらしい。

 小型ライトが照らした奥には数体の船内作業ロボットたちが見えた。しかしどれも静止し、まるでオブジェのようだ。


 ロボットの内部を確認するため、背面のカバーを開く。

 機械があるはずのその場所はがらんどうで、不気味な闇が詰まっているばかりだ。全身にざあっと鳥肌が立つ。


 そのとき、船内に大音量が響いた。


『もしもーし! コースケさん? そっちの様子はいかがですか~?』

「うぎゃおぅっ!?」


 僕はたまらず悲鳴を上げた。

 音の発生源は、僕が持ち込んだ通信用タブレットだ。驚くあまり危うくタブレットを叩き割るところだった。


『あらあら、驚かせちゃったかしら? ごめんなさいねぇ』


 スピーカーからまったく悪びれる様子のない声が聞こえてくる。

 タブレットの画面に映し出されているのは黒髪の若い女性。もし宇宙が人の形になったらこんなふうだろうかと思わせる妖艶さがある。

 十人いれば十人が彼女を美人だとたたえるだろう。

 でもそれは、人を喰ったような彼女の性格を知らないからだ。


「さっ、サユリさん! いきなり大音量で話しかけないでよ! 心臓に悪いだろ!」

『あら。私には心臓がないからわからないわ』

「もう! そういうAIジョークはいいから!」


 そう、彼女はAIを搭載したアンドロイドなのだ。

 今は近くに停泊させている自家用の宇宙船で待機しているはずだが、様子が気になって通信してきたらしい。

 サユリさんはこちらを覗き込むようにぐっと顔を近づけ、少しだけ首をかしげる。よく彼女が見せる仕草だ。こうすると人間っぽく見えるのだとか。そういうところが人を喰ってるというんだ、まったく。


『これでも心配してたのよ。ちゃんと調査できてるかしらって』

「大きなお世話だってば! ほっといてくれよ」

『そういうわけにはいきません。コースケさんったら怖がって悲鳴を上げてたじゃない』

「サユリさんが脅かしたせいでね!?」


 暗い船内に僕とサユリさんの声だけが響く。

 恐怖はいくらか薄らいだが、かわりに理不尽な疲労が押し寄せる。

 そもそも、なぜ僕がこんな不気味な場所で肝試しの真似事をしているのかというと、きっかけは一通のメールだった。

 そのメールには、とある宇宙船で起きた奇怪な現象について書かれていた。


 宇宙船シエロンフラメ。

 どこにでもある調査船の一隻だ。その船は地質調査のため、とある星へ向かうはずだった。ところが立て続けに奇妙なことが起こった。船には機体をメンテナンスするロボットや船員の身の回りの世話をするロボットがいるのだが、ある日突然、すべて動かなくなったのだという。


 原因は不明。船員は首をかしげながら会社にその旨を報告をした。

 ところがその報告を最後に、船からの通信が途絶えた。船には二十名ほどの船員が乗っているはずだが、まったく連絡の取れない状態になった。


 調査のため別の宇宙船を派遣したが、シエロンフラメは予定のコースを大幅に外れて真っ暗な宇宙を漂っていたのだという。まるで幽霊船だ。

 それにくわえて船内のあまりの不気味さに、調査に対して誰もが難色を示しているらしい。


 そこで、僕に依頼が来た。

 アンドロイド【サユリ】を使ってこの船で起きていることを調べてほしい、と。




 サユリさんは、もともと祖父が所有していたアンドロイドだ。

 亡き祖父は無類のミステリー小説好きで、自分の所有するアンドロイドに古今東西のミステリー小説を学習させた。サユリさんはそのパターンを学習し、独自の推理の手法を構築していった。


 最初の頃、祖父は面白がってサユリさんに小さな謎を与えていた。

 迷子になった掃除用ロボットの行き先とか、隣の惑星に季節外れの雪が降った理由とか、冷蔵庫のプリンを勝手に食べちゃった犯人が誰かとか。

 そのたびにサユリさんは見事な推理を見せた。


 すっかり気を良くした祖父は、知り合いに自慢して回った。

 その話は祖父の予想を超えて人から人へと広がり、そのうちサユリさんのところへ相談に来る人まで現れた。


 ひとつ謎を解き明かすごとに彼女の噂はますます広まっていった。持ち込まれる謎は難解なものになり、もはや謎というより事件と呼ぶべきものになっていった。

 そうしているうちに、サユリさんはすっかり世間で有名なアンドロイドになってしまったのだ。


 やがて僕が大学生になった頃、祖父が亡くなった。

 遺言ゆいごんにより僕がサユリさんを相続することになった。一度は断ったが、可愛がってくれた祖父の遺志を無下にすることもできず、僕はサユリさんを引き取った。


 だけど、何十年も祖父に寄り添った彼女から見れば僕なんて赤ん坊のように見えるのだろう。

 彼女は今でも僕を小さな子どものように扱う。




『コースケさん、依頼内容はちゃんと覚えてる?』

 サユリさんに尋ねられ、僕はふくれる。


「覚えてるって。消えた船員の行方を調べる、ロボットたちが動かなくなった原因を調べる、のふたつだろ?」

『えらい、えらい。ちゃんと覚えてたのね』

「でも船内に人は見当たらなかったよ」


 船員たちには個室が与えられている。彼らはその中にいるのではないかと考えたが、どの個室も入り口にはロックがかかっていて調べることができなかった。

 かわりにサユリさんが、この船を制御しているAIにアクセスして調べてくれたけれど、「コールドスリープ装置は現在使用されていない」「個室内に生命体は存在しない」という旨の回答が返ってきたという。

 つまり、手品か魔法のように忽然と人が消えてしまったことになる。


『ロボットたちは見つけられた?』

「うん、でも中身は空っぽだったよ。これじゃ動くわけがない」

 タブレットの画面を向けて、ロボットたちの内部が見えるように映す。

 何度見ても陰鬱な心持ちになる代物だが、サユリさんは顔色ひとつ変えず話を続ける。

『今は空っぽでも以前は動いていたはずでしょう』


 たしかにその通りだ。

 資料によると、出航後しばらくはロボットたちの作動を確認できていたという。

「逆に、どうやって動いてたんだろう」

 僕は首をひねる。

 それに消えた船員たちの謎も気になる。


『そんなコースケさんに大ヒントをあげるわ。調査に行き詰まったら原点に戻ること』

「えっ、サユリさんは何かわかったの?」

『さて。どうかしら』


 タブレットの中で、赤い唇がいたずらっぽく笑う。

 いつもこうだ。彼女は僕より先に答えを見つけ、僕が追いつくのを待っている。まったく趣味の悪い。

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