第48話 予想外


「――放てぇ!!」


 バーンの合図で、弓兵は一斉に矢を放った。

 多くの放った矢は雨のように、ケビルドンの軍に向かって落ちていった。


「――ッ……! 矢が降ってくるゾ!」


 矢の雨に気づいたケビルドンは、周囲に合図を送る。

 すると合図を受けた部下は身を低くして、ガウがより速度が出るようにした。

 そして矢が当たらないように、片手に持った盾で頭を隠した。


「――アイツら。足だけで体を支えて、片手に武器、もう片方の手に盾を持ってやがる……」


 バーンはこの矢の雨が、敵に大きな効果を与えることができないと察した。


「弓兵! 構えろ!」


 バーンが第2射を構えるよう指示した時には、矢の雨はかいくぐられ、どんどん近づいてきていた。


「あっ。少し待って」


 カショウは何かを思いついたのか、バーンを止めた。


「なんだ! 敵が近づいてきているんだぞ!」


「同じようにやっても意味ないでしょ。それにそんな慌てて弓矢を構えさせてたら、さっきよりも命中率は落ちるだろうし」


「だったらどうする!」


「俺に少し時間をくれ。合図を出したら、弓兵に指示を……」


 カショウはそう言うと、壁の前で、地面に槍を突き刺した。


「おっ、おい……」


 バーンを無視して、カショウは水魔法を発動した。


「水魔法。【野狐霧中やこむちゅう】」


 そう唱えると、カショウの足元からブワッと霧が発生し、防御壁の木と木の隙間に、どんどん流れていく。

 いや、吸い込まれると言った方がいい。


「魔法……。その霧で何をする気だ……?」


 バーンと弓兵たちは、カショウを固唾を飲んで見守っていた。


「――ンンッ? 矢が来ないゾ?」


 ケビルドンたちは、第2射が飛んでこないことに疑問を持ったが、ガウの速度を落とすことなく、村へ向かって直進した。


「お前ラ! この勢いで壁を飛び越えるゾ!」


「シャアアッ!!」


 ケビルドンたちはノリノリで、この勢いのまま壁を飛び越えるらしい。


「――アアッ? なんダァ?」


 しかし、突然壁の隙間から、とんでもない速さで流れてきた霧が、あっという間に膨れ上がり、ケビルドンたちの視界を埋め尽くした。


「オイッ! どうするボス!」


ハッタリ・・・・ダ! 突っ込メ!」


 ケビルドンたちは、臆することなく霧の中に突っ込んでいった。




◇ ◇ ◇




「ギャハハッ! こんなケムリなんか意味ないゾ……!」


 1人のケビルドンの部下が、ガウに乗って霧の中を走り抜ける。


「フフフッ……!」


 ただ真っすぐ走り抜ける。


「…………?」


 ここで異変に気づいた。


「ケムリから出れなイ……?」


 そう。

 どれだけ走っても、霧の外に出れないのだ。


「な、なんデ? おかしイ……」


 乗り手の不安を感じ、ガウも次第に速度が落ちていく。

 その時――。


「――ウギャーッ!?」


「――ドガハッ!?」


 前方から突っ込んできた何かに衝突し、地面に体を放り出された。


「イッ……誰ダ!」


 ムクっと体を起こすと、そこには仲間がいた。

 自分と同じように、地面に倒れていた。


「なんデお前がいル!」


「お前こソ! なんで前から来タ!」


「前だト? 俺は真っ直ぐ走っていタ!」


「……な、なんだ? 足音が小さくなっていくぞ」


 屋根上から、ケビルドンの軍を覆った霧を見ていたバーンは、ガウの足音が小さくなっていくのを聞き取った。


「お〜い。やっていいよ〜」


 カショウがこちらを見てそう言った。

 先程言っていた合図とはこのことだろう。


「よ、よし! あの霧の中にいるはずだ! 放てぇ!」


 明確な狙いはないので、弓兵はとりあえず、霧に向かって矢を放った。


「――痛テッ!」


「――ギャッ!」


 矢が当たったのか、至るところから短い悲鳴が聞こえてきた。


「あっ、当たった?」


 敵の姿が見えないから、素直に喜べないようだ。


「準備ができ次第、どんどん射ってね〜」


 霧を出し切ったカショウは、槍を刺したまま、姿勢を楽にした。

 霧は消えることなく、壁を境界に、外側で漂っている。


「(楽するために結構時間かけて作り出したんだよなぁこの魔法)」


 楽をするために、キツい鍛錬をした日々を思い出し、乾いた笑いが出る。


「(【野狐霧中やこむちゅう】とは、俺が槍を刺した場所から濃霧を発生させる魔法。この濃霧は中に入った生物の方向感覚を狂わせ、発する音は大きく響き、精神的にも不安を感じさせることができる。直接傷を負わすことはできない。迷わせているだけ。だがそのおかげもあって、100人規模でも飲み込める)」


「あとは声がしなくなるまで戦意を失わせて、霧を晴らして捕縛して終わりかなぁ」


 次々に矢が放たれる光景を、カショウは呑気に見ていた。




◇ ◇ ◇




「――クソッ! 厄介ダ……!」


 仲間が矢にやられている声を聞き、ケビルドンは怒りを露わにする。


「全滅するのモ、時間の問題カ……」


 ケビルドンは必死に頭を回す。

 しかし感覚はの彼が、すぐに最適解を出すことはできなかった。


「ッ……!」


 考えていると、足元に矢が降ってきた。


「オッ?」


 その地面に刺さった矢を手に取ったケビルドンは、彼だからこその名案を思いついた。




◇ ◇ ◇




「――ん?」


 あれからしばらくして、カショウはいち早く異変に気づいた。


「――ワオォォン!」


「――ワオォォォン!!」


 ガウがそこら中で鳴いているのだ。

 まるで会話しているように……。


「ッ……! まさかっ!」


 カショウが珍しく焦った表情を見せた瞬間、壁の向こうの霧から何体かのガウと、それに乗る敵が飛び出してきた。

 そしてその跳躍力で、壁をあっさり越えてしまったのだ。


「え……?」


 全員の動きがピタッと止まった。

 予想外のことが起きると、人間は一瞬動けなくなってしまうのだ。


「――クックックッ。壁を越えたのは俺たちが最初カァ?」


 先頭で壁を飛び越えてきたケビルドンは、不敵な笑みを浮かべる。


「はっ! 歩兵構えろぉ!」


 バーンが鬼気迫る顔で指示を出した。

 屋根下にいた十数人の歩兵が慌てて武器を構える。


「行くゾォ! 血祭りダァ!」


 ケビルドンたちが、バーンたちに襲いかかった。

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