第15話  ちょっと無理です

「ああー!忘れ物して来ちゃった!」

 大学のキャンパスからさあ出ようという時になって、麻衣ちゃんが慌てた様子で言い出した。

「すぐに取ってくるから、智充くんは駅前のカフェで待っていて!」

「僕も一緒に取りに戻るけど」

「いいから!大丈夫!本当にごめんね!すぐに追いつくから!」


 駅前のカフェが新商品を発売したということで、二人で一緒に行ってみようっていう話になったんだけど、先に僕に行くように言った麻衣ちゃんは回れ右をして走り出してしまったんだよね。


「僕が先に行って席を取っておいた方が良いか・・」


 駅前の小洒落たカフェには、うちの大学の生徒だけでなく、近隣の私立校の生徒も寄ったりするから、いつでも混雑しているんだよね。だからこそ、早めに行って場所取りするか。と、考えた僕はキャンパスを後にしたわけだけど、

「真山くん」

 横から声をかけられた時にはゾーーッとしたよね。


 大学の門には警備員のおじさんがいつでも立っているんだけど、そのおじさんの後ろから現れたのがおかっぱ眼鏡、死霊の数からして何人も殺しちゃっていると思われる女子大生だよ。


「待っていたんだよ!」

 無視して通り過ぎようとする僕の腕を掴んだ五島さんは、わざと僕の腕に自分の巨乳を当てるようにして腕にぶら下りながら言い出した。


「バーベキューの後、みんなが入院しちゃって、本当に大変だったんだよ!」

 目をウルウルさせながら僕を見上げる目線が、最悪なほどにあざとすぎる。

「やっぱり花魁淵に行ったのが悪かったのかな?」

 五島さんは可愛い顔をしているんだよ。

「霊感強いんでしょう?幽霊が視えるんでしょう?だったら真山くん、何か分かるんじゃないかなって・・」

 五島さんは胸を押し付け、目をウルウルさせながら、

「思ったんだけど・・」

 と言って僕を見上げる。


 この時の悍ましさをどう表現したら良いのだろう?

 蛇に睨まれた蛙、捕食者にターゲットオンされた非捕食者みたいな、ストーカーにストーキングされている被害者、なんと表現したら良いのかな。『怖(こっわ)!』って思ったよ。


 なんで僕に興味を持つのかな?なんで僕なんかを気にするのかな?僕なんかあれだよ、漫画で言ったらモブ中のモブ、セリフなしの背景みたいな存在だよ。そんな僕を、何故お前はそんなに執着するんだ?マジで怖えって!本当に!


「五島さん・・・」

 僕は彼女の腕を外しながら言ってやったよ。

「霊体は八体、すべて死霊だよ」


 おかっぱ眼鏡(巨乳)にしがみつかれてあらぬ誤解を麻衣ちゃんにされたら困る僕は、一歩、彼女から離れながら言ってやった。


「大半が、中年のおっさん。でも、一人は若い。こいつがかなり恨みに思っている、こんなはずじゃなかったって、もっと遊べたはずだって」

「へー、そいつ、どんな奴?」

「髪は黒、ツーブロックで右耳にピアス、バイセクシャルだな」

「えええ?」

「男も女も両方いけるから、サインとして右耳だけにピアスを付けている」

「そ・・そんなことも分かるの?」

「女に恨みを持っている」


 僕はさらに一歩後ろに下がる、何故かといえば、五島さんが顔を赤らめて恍惚となったような表情を浮かべているからだ。


「恨みに思っているから脅迫もするし、利用して金を作り出そうともしている。死んだ後は・・警察の捜査で悪事がバレることになったけど、被疑者死亡で立件できず」


「嘘でしょう!心霊探偵みたい!マジで凄くない?」

 あまりの興奮に涎を垂らしそうな表情を浮かべている。マジでこいつ、本気でやべえ奴だ。


「半分くらいは犯罪に手を染めているような奴、ろくでもない奴、恨みも相当」

「もっと言って!もっと!もっと!」

「お前さ、マジで連れて行かれるぞ」

「はい?」

「黒々とした悪意を全身から噴出させて、一体何がしたいわけ?先には破滅しかないと思うけど?」

「破滅?いいじゃん!破滅したい!破滅!破滅!」


 五島さんはキャハッと笑うと言い出した。


「こんな世の中、碌なことないじゃん、だったら破滅したい、破滅したらいい!」

「この厨二病が・・」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、何が嫌だって、今、すんごい量の思念体が彼女の背後から生まれ出たからだ。これが自然発生的な何かなのか、なんなのか、正直言ってズブの素人の僕には分からないけれど、正直に言って、本当に、ただただ!怖い!!


「人数までバッチリあっているし、マジ天才じゃない?すごい!すごい!すごい!」

「ちょっと、僕にはもう無理です!」

 その場で興奮した五島さんはくるくる回り出したけれど、そんな五島さんに合わせるようにして回れ右をした僕は、キャンパス内に飛び込んだ。


 明らかに怪しい奴状態の五島さんを見ている生徒も居たみたいなんだけれど、ほとんどの生徒はまるっと無視して駅の方向へと向かおうとしている。


「麻衣ちゃんに会わなくちゃ・・麻衣ちゃんに・・麻衣ちゃんに・・」


 校舎へ向かった僕の後ろの方で車の急ブレーキの音と共に、人の悲鳴のようなものが轟いたけれど、僕はすべてを無視して走るようにして進む。


「ああ!智充くん!戻って来ちゃったの?」


 手を振る麻衣ちゃんの手を掴んで抱きしめた。

 僕の体はガクガクブルブル、物凄い勢いで震えていたに違いない。


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