第8話  僕はアイドル

 お母さんが退院手続きと支払いをするために一階にある会計窓口の列に並んでいる間、僕はベンチに座って待つことにしたんだけど、そうしたら、小さなバックを肩からぶら下げた君島さんが僕の方に向かってやって来たんだよね。


 今日は君島さんは夜勤だったんだけど、忙しそうだったからまともな挨拶が出来ていなかったんだ。僕としては君島さんと挨拶出来なかったことが心残りだったんだけど、

「坊ちゃん、君は礒部先生に頭の横にある生首について忠告してやったんだろう?」

 と、僕の隣に座りながら君島さんはニヤニヤ笑いながら言い出した。


「やっぱり君島さんにも見えていたんだ」

「まあな、ある意味うちの病棟の名物みたいなものだ」


 あれが名物なの?僕なんかベッドの横まで挨拶に来たほどなんだけど。


「君は礒部先生と何やら取引をしたみたいだが、一体何を取引したんだ?それが知りたくてわざわざここまでやって来たんだが」

「塾に行かなくても良いようにしてくれって言ったんだ」

 僕は君島さんに前のめりになって言い出した。


「僕、塾が本当に嫌だったんだ。だけど、お母さんは全然話を聞いてくれないし、お母さんが唯一話を聞くのはお母さんの方のおばあちゃんなんだけど、そのおばあちゃんは教育熱心で有名なんだ。だから、ここは先生に言って貰おうって思ったんだけど、予想通りうまくいって良かったよ」


「そうか、それは良かったな」

「だから、先生の横にいる生首については黙っていることにしたんだ。本当は、霊感が強い友達が見たとか言って看護師さんに言おうかと思ったんだけど、それは取りやめにしておいたんだ」

「そうか、そうだったのか」


 君島さんはバッグから取り出した飴玉を口に入れながら言い出した。


「医者ってのはな、看護師を性の吐口にしてもいいって思っている奴が多いし、代々、そう擦り込んでいるようなところがあるんだ。『医者の妻』という肩書きは眩しいものに見えるらしく、それを望んでしまう人間はそれこそ星の数ほども居るし、それで道を踏み外す奴も山ほどいるんだが・・」


君島さんは口の中で飴玉を転がしながら言い出した。


「礒部先生は前の前の病院で自殺騒ぎを起こされた。先生に弄ばれたと言って看護師の一人が睡眠薬を大量に飲んで自殺を図ったんだが、先生は当時、医局長の娘と結婚が決まっていたんでな、看護師は職場のストレスから自殺未遂を起こしたということになっている」


 その看護師さん、病院内で薬を大量に飲んじゃっていたみたい。胃洗浄もしたんだけど、見つけるのが遅かった為に(仮眠室でやらかしていたらしい)今も意識は戻らず、病院は退職して入院中。親は娘が弄ばれたという事実を知らないんだって。子供に教えるにはヘビー過ぎる内容だよね?


「そんなことがあった礒部先生だが、何処の病院に行っても同じようなことを繰り返している。あれはもう病気なんだろうなと私は思っている」

「僕は手とか足の生き霊を見たけど」

「綺麗な女に目がないし、綺麗な女っていうのは医者の肩書が好きなものなのさ」


「医者の妻になりたい的な?」

「誰しも憧れを持つのだろう」

「これが白い巨塔ってやつ?」


 君島さんはキョトンとした顔をした後に、小さく肩をすくめながら言い出した。


「私は本も読んでいないし、ドラマも見ていないんだが、白い巨塔ってそういう内容のものなのか?」

「知らないよ?お母さんが病院と言えば白い巨塔だって言うからそう言っただけだし」


「私はその話の内容については良くは分かっていないのだが、その物語を書いた作者は、いつまで経っても何年経っても、病院の中の構造というものは変わらないものなのかと驚いたと言っていた。という話は、ネットのニュースで読んだことがある」


「そうなの?っていうか、君島さん、ネットのニュースとか見るんだね?」

「暇つぶしにな」


 そう言って君島さんが立ち上がったので、僕は君島さんを見上げながら言い出した。


「僕、しばらくは外来受診っていうのを続けることになるんだけど、ちょっとだけ、病棟に遊びに行ってもいいかな?」

「君は子供ながらに全く手が掛からなかったから、看護師たちのアイドルみたいになっていた。だから、顔を出すだけでもみんな、喜ぶだろうとは思うがな」

「君島さんに会いたい時にはどうすれば良いの?」


 僕を見下ろした君島さんは、ちょっとだけ考え込んだ後に、

「私は水曜日は日勤になるようにしているからな、水曜日なら病棟に居るだろう」

 と、言い出した。

「水曜日の夜には習い事を入れているんだ」

「陶芸とかやってそうだよね」

「何故分かったんだ!」


 君島さんは心底驚いたような表情を浮かべていたけれど、他の看護師さんから教えてもらっていたんだよ。君島さんは、水曜日には陶芸教室に通っているんだってね。


 夜勤明けで帰っていく君島さんを見送っていると、ようやく手続きを終えたお母さんが戻って来た。お母さんは僕の視線の先に君島さんが居るのを確認して、

「担当の看護師さん、わざわざ挨拶しに来てくれたの?」

 と、僕に問いかける。


「うん!そうなんだよ!」

 僕が答えると、

「愛想が悪い感じの看護師さんだったけど、そういうところは意外としっかりしているのね」

 と、お母さんは言い出した。


「さあ、早く家に帰りましょう。お母さん、午後からは仕事に行かなくちゃいけないから、お昼ご飯は作っておいてあるからね」

「もしかしてカレー?」

「そうよ?」

「嬉しい!お母さんのカレーが食べたかったんだ!」


 僕がわざとらしいなあと自分で思うほど、嬉しそうに言うと、

「まあ、そうなの?」

 そこでお母さんは瞳を細めて、僕の頭を優しく撫でたんだ。


 お母さんの後には、冗談じゃなく、いっつも鬼のお面のようなものがいるんだけど、その鬼のお面もちょっとだけ嬉しそうに目を細めていることに気が付いた。


 お母さんも、お母さんの後ろにある鬼のお面も、僕が家に帰るってことは嬉しく感じているみたい。


「きちんとお勉強もしなくちゃ駄目よ?」

 そう言った後、お母さんはしまった!みたいな表情を浮かべたんだけど、僕はその表情は見なかったことにして、

「きちんと勉強もするよ」

 と、僕は言ったんだ。


「塾には行かなくてもいいって言われたけど、勉強が大事ってことは僕も知ってるよ?」

「そうよね、智充は良い子だもんね」


 お母さんはそう言って、もう一度僕の頭を優しく撫でた後、

「さあ!仕事に行かなくちゃいけないから、さっさと車まで移動しましょう!」

 と言って、大荷物を持ちながら勢いよく歩き出す。


「お母さん、僕が荷物を持とうか?」

「持ってくれるの?」


 お母さんが渡してきた荷物はやたらと重いものだったんだけど、

「やっぱり重いからいいわよ」

 そう言ってお母さんは僕から荷物を取りあげた。


 ちょっと後ろを振り返ると、外来受付ロビーをカルテを持った大久保さんが歩いて行く姿が見えた。気がついた僕が手を振ると、それに気がついた様子の大久保さんが手を振ってくれる。


 外来フロアーは人も多いし、きっとそこに居る誰かに手を振っているんだろうなって思われるだろう。


「智充?」


 お母さんの後ろにいる鬼のお面が、早く行きましょうと言うような表情を浮かべているので、僕はお母さんの後を追いかけた。




      *************************




 ここで病院編は終わりとなるのですが、間話を挟んで中学に上がって起こる厨二病編へと続きます。


 病院編については色々と思うところがあるのですが、そこについては活動報告で後書きを載せたいと思います。何を言いたいのかというと、何処の病院に行っても、幽霊が見える系の人が居たりしますし、何処の病院に行っても、あのお医者さんには霊体が八体(女性)ついている。などというお話を聞きますね。


 因果なものよ・・と思うのですが、これは話が長くなるので、活動報告で!

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