『初』しずりとサクハ編

 しずりとユーナの仲間たちは、みんなで敵を倒すため、大きな森にある集落にやってきていた。そこは戦いに身を投じる前、しずりたちが住んでいた森だった。

 トンネルのような並木道に木漏れ日が揺れ、綺麗に手入れされた土の上を歩いていく。そんな中で、しずりはユーナを見て、ゆっくりと口を開く。

「ここは、俺たちの故郷なんだ」

「えっ? そうなの?」

 ユーナの隣で聞いていたサクハは、ひょっこりと顔を出す。

「うんっ! みんな、元気にしてるかな?」

「ほら、着いたわ」

 たかねが冷静な顔で指をさした先には、森の門番が立っていた。話し込んでいた男性2人が、しずりたちに顔を向ける。

「「ひ……」」

「ひ?」

 悲鳴でもあげるかと思われた男たちは、サクハを凝視していた。

「「姫っ!!」」

「「「「姫っ?」」」」

 サクハのことを「姫」と呼ぶ男たちに驚く火先ほさき颯涼そうすけ蘭花らんか、アサナ。ユーナを含めたパーティーたちは何が起こったのかわからず、少しだけあたりをキョロキョロしている。その間も、添葉だけが普通の顔をしてアサナの隣に立っていた。

「お疲れ様、2人とも。元気だった?」

「は、はは、はいっ! とっても! こんなに元気にしております!」

 混乱したのか、門番の1人が自分の筋肉を盛り上げてサクハに見せていた。

「良かった! 元気そうで」

「姫こそ、お元気そうで何よりです!」

 笑顔のサクハに緊張した面持ちで、もう1人の門番が敬礼して答えた。

「ところで姫、こちらの方々は……」

「私の大切な友人なの」

「大切なご友人!?」

「さっそく、おもてなしをご用意しなければ!」

「突然で、ごめんね?」

「姫が謝ることは何もありません!」

「そうです! ささっ、姫のご友人方、どうぞこちらへ!」

「しずり様たちも、どうぞこちらへ!」

 いかつい門番に見えたが、ものすごく腰を低くして話しかけられ、奥まで案内される添葉たち。それからは、みんな唖然としながらも住人たちの歓迎を受けることになった……。



 ☆ ☆ ☆



 しずりたちとユーナたちは旅館についた途端、別々の大部屋に通された。添葉はというと、付き合いの長いユーナたちと同じ部屋に来ていた。彼がアサナを好きなことをユーナは薄々と感じてはいたため、彼がこちらについてきたのは彼女にとってとても意外だった。ただでさえ異世界に来て不安そうにしていたユーナたちのことを添葉なりに気にしていたようで、常識がなさそうに見えても彼なりにユーナたちのことを想ってくれていた。

 手入れされた綺麗な畳に、木製の机と座布団が置かれ、部屋の窓から外の景色を眺めると、村の入口とは違い、見晴らしのいい開けた場所に建てられているのが見てとれた。先ほど案内してくれた女性から「飲み物も後でお持ちします」と言われていたので、ユーナたちが今やることは特になかった。彼女は部屋の隅に荷物を置いて座布団に座り、ようやく心が落ち着いてくるのを感じた。

「私、しずりとサクハに話を聞きに行ってくる」

「うん、わかった。ユーナなら、そういうと思った」

「リンヤ……」

「俺も一緒に行くから」

「……うん!」

「俺も行く」

「添葉……?」

「俺も話を聞いておきたい」

 少しだけためらうユーナに遠くから声がかかる。

「行ってきなよ! 3人で!」

「セツカ……」

「後で話を聞かせてよ? ユーナ?」

 仲間の中でも最年少のセツカは笑い、大好きなスミレの隣に腰を下ろす。

「私も、後で話を聞かせていただければ、それで充分ですから」

「私もです、ユーナ。そうしてください」

「スミレ、カイセイ……」

 あたたかい言葉にユーナが感動していると、突然後ろからポンッと肩を叩かれる。

「さっ! 早くいかないと! 夕飯に間に合わなくなるから、ねっ!」

「行きたいなら行くのがユーナだろう? いつものように明るく行ってきたらどうだ?」

「シンカ、ミソギ……」

 ユーナはみんなを見回す。

「うん! ありがとう、みんな!」

 ユーナはお礼を言うのと同時に、すくっと立ち上がり、リンヤと添葉を見る。

「さっそく行きましょう! 2人とも!」

「うん!」

「ああ」

 ユーナはリンヤと添葉を伴い、部屋を出る。近くにいた女性にしずりたちの場所を聞き、彼らの元へ向かう。

 言われた部屋についたユーナたちは、慣れていないふすまを軽くコンコンッとノックし、声をかける。

「ユーナです! お話があります!」

「どうぞ!」

「失礼します!」

 答えてくれた声はサクハで、ユーナは笑顔で出迎えられる。

「あの、さっきの『姫!』って呼ばれてた話だけど……」

「うん! 良かったら、ここに座って! 今、ちょうどみんなに話すところだったの!」

「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて失礼します!」

 3人は中に入り、すすめられた座布団に座ったのを確認し、しずりがそっと口を開く。



 ☆ ☆ ☆



 しずりたちは、この森に来る前、雪の降る山奥に住んでいた。

「しずり!」

「……たかね」

 紫の短い髪と息を弾ませて近づいてきた美少女は、自分の名前を呼んだ白い髪の少年に眉をひそめる。

「またこんなところで遊んでるの?」

「いや、綿雪わたゆきが突然走ってきたから、ついてきただけだ。1人で行かせると危ないからな」

「1人? オコジョなのに?」

「俺にとっては大切な家族だからな」

「まあ、そうよね。……あ、綿雪!」

 ヒョコッと、しずりの背中から顔を出した真っ白なオコジョは、興味津々にたかねを見つめる。くりくりとした目は可愛らしく、首を傾げる姿はまるで雪の妖精のようだった。綿雪は彼女が手を伸ばすと、逃げもせずに気持ちよさそうになでられる。「オコジョ」と言っても綿雪はしずりの使い魔となり、もう普通の生き物ではなくなっている。しずりの一族は全員オコジョを飼っており、彼らは代々使い魔として、人とともに生きている。

「それより、しずり。おば様があなたのことを呼んでいたわ」

「わかった、すぐに行く」

 頷いたしずりは答えると同時に、帰り道を歩き始める。

「ちょっと待って! しずり! 私も行くから!」

「悪い、注意が足りなかった。今度から気をつける」

「しずりは集中すると周りが見えなくなるクセがあるから、気をつけないとダメよ? しずりも、お兄さんみたいに人に優しくしないと」

 文句を言うように近づくたかねをじっと見つつ、しずりは気にしていないかのように再び前を向く。

 たかねが言う「お兄さん」というのは、彼女の家の近所に住む青年で、彼女が密かに想いを寄せている相手だ。しずりと幼馴染のたかねは、家族ぐるみの付き合いで、よくお互いの家に遊びに行ったり、食事をしたり、泊まるときもあったが、彼女の気持ちはいつも近所の「お兄さん」に向いていた。たかねはいつもそんな調子なので、しずりの彼女に対する恋愛感情など、今まで一切わいたことがなかった。



 ☆ ☆ ☆



 しずりが8歳になった、ある日。しずりたちの住む山に敵が襲いかかってきた。大人たちは剣を手に取り戦うが、とても勝てそうもない。

「しずり! こっちだ!」

「父さん! 母さん!」

「しずり! こっちに逃げるぞ!」

「うん、わかった!」

 両親に手を引かれ、しずりたちは追われるように山を降りる。いつも使っている道とは違う険しい山道を進んでいく。こちらの道には一度も来たことがないしずりたちは不安を覚える。

 ようやく見えた森の景色に、みんなが安心していると、草むらからガサガサッという音が聞こえ、驚いてみんなで一斉に振り向く。

 そこには、たかねと同い年くらいの緑の髪をした少女が腰にピンクの刀をつけ、立っていた。



 ☆ ☆ ☆



 巨大な森に住む人たちの姫「サクハ」。彼女は、みんなを護るために刀を取ることを選んだ。

 名刀「桜空木サクラウツギ」。一族に代々伝わり、桜空木の柄が入った刀。

 サクハは、この刀を大切そうに、いつも腰につけていた。


 しずりたちは困惑していた。彼らは敵が黒犬の形をしているものしか見たことがなく、たとえ少女の姿をした敵だったとしても、あまりにものんびりとしすぎている。よく見ると、ピンクのさやには桜のような花が描かれている。

「あの……大丈夫ですか?」

 少女がそう口を開いた途端、違う草むらから黒犬型の敵が飛び出す。刀を抜き、構える少女。

 すると……。

「サクハ!」

「お父さん!」

 「サクハ」と呼ばれた少女の返事を待たずに、あっという間に牙のような刀で敵を薙ぎ払っていく。しずりたちが呆然と見つめる中、隙もなく敵を殲滅せんめつしていく様は武神のようでもあった。ぼんやりと見つめていたしずりは、ふと横を見ると、たかねがいつの間にか隣りにいたことに気づき、ホッとするが、近くの草むらから敵が飛び出すのを目撃する。

「危ない!」

「えっ?」

 襲いかかる敵からたかねを庇い、しずりが前に飛び出し、氷魔法で壁を作った。そのとき。

 ひらりとピンクが舞い、緑の髪が揺れた瞬間、銀の光がきらめき、黒い影を一瞬にしてかき消した。

「大丈夫だった?」

「あ……はい」

 慌てて氷魔法を解き、しずりは返事をした。

「良かった……!」

「あの、ありがとうございました」

「あ……、あ、ありがとうございました!」

「どういたしまして!」

 にっこり春の日差しのように笑うサクハに、しずりたちはとても安心感を覚えた。そして、そうこうしているうちに、近くにいた残りの敵は「武神の男」によって全て倒されていた。


 しずりたちから事情を聞いた「武神の男」、もといサクハの父「牙薙きばなぎ」は、しずりたちを村に受け入れることにした。



 ☆ ☆ ☆



 その後、仲良くなったサクハとしずりたちは、牙薙きばなぎ稽古けいこをつけてもらうようになっていた。

 しずりの稽古を見ていたサクハとたかねは「しばらくかかりそうだから」と、コッソリ道場を抜け出し、近くの森までやってくる。ここは村人によって管理され、比較的安全な場所だ。動物が大好きなサクハは、たかねに森の動物をたくさん紹介する。夕方まで遊んでいるうちに、いつの間にか2人は前よりも仲良くなっていた。



 ☆ ☆ ☆



 それから、16歳になったしずりたちは噂で、「世界中にいる敵の攻撃が激しくなった」と聞く。それを聞いたしずりとたかねは二人で旅に出ようとしていた。

 しかし、2人の前に荷物を持ったサクハが現れる。

「私も、2人についていきたい! 私にできることがあるならやりたいの!」

「サクハ……」

「2人の言うことは聞くから! だから、私を連れていって!」

「……じゃあ、条件があるわ」

 たかねが必死で頼み込むサクハを真剣な瞳で見つめる。

「無理はしないこと。サクハはいつも無茶しちゃうから、心配なの。サクハに何かあったら、村のみんなも悲しむわ。私たちもよ?」

「うん、わかったわ」

「あと、『姫』であることは秘密にすること。村のみんなを危険な目に晒さないためよ? 『姫』だとわかれば、人質に取られることもあるわ。なるべくみんなを危険な目に遭わせたくないの」

「うん、わかったわ。『姫』であることは秘密にする」

「うん、偉いわ」

 たかねはサクハに笑顔を見せた後、先ほどから一言も話さなくなった幼馴染に振り向く。

「しずり、いいでしょ?」

「ああ、サクハがそう望むなら」

 冷静な顔で頷くしずりに、たかねはため息をつき、顔を背ける。

「本当は寂しかったくせに……」

「どうした?」

「いいえ、別に。『素直になればいいのに』と、思ったの」

「は?」

「わからないならいいのよ」

 しずりを見ているとため息ばかりが出そうになり、たかねは考え込んでいるサクハに声をかける。

「さ、行きましょうか?」

「うん! ありがとう、たかね! しずり! これからもよろしくね!」

「ええ!」

「ああ」

 こうしてサクハは2人に手を引かれ、彼らとともに旅に出ることになった──。



 ☆ ☆ ☆



「隠して……本当にごめんね! みんな!」

 両手を合わせて謝るサクハに、仲間たちは優しげな視線を向ける。

「そんなに気にしないでください、サクハさん。誰にでも秘密はありますよ」

「村の皆さんのためならば仕方のないことです。サクハさん、お気になさらないでください」

颯涼そうすけさん、蘭花らんかさん。ありがとうございます!」

 添葉の隣りに座っていたアサナが控えめに手を挙げる。

「私はサクハさんたちに色々と助けていただきました。私は『サクハさんたちに恩返しがしたい』と、本気で思っています。だから、そんなこと、気になさらないでください」

「アサナも、ありがとう!」

「俺も考えてみたが、ビックリしただけで、特にいつもと変わることなんて何もないな……。ただ、たかねたちがそんな目に遭ったなんて知らなかった。……それだけが不服ふふくだな」

「ごめんなさい、火先ほさき

「いや、話せなかった事情もあるんだろう? 本当はわかっているんだ。ただ、話してもらえなかった自分が不甲斐ふがいないだけだ」

火先ほさき……。ごめんね、ありがとう」

「ああ。たかね、謝らなくていい」

 たかねと火先ほさきのいい雰囲気を呆然と見ているユーナとリンヤ。


 ──どうしよう?


 慌てるサクハの手をしずりはコッソリと握る。

「俺もついてる」

「しずり……」

「俺たちはずっと、サクハの仲間だからな」

「……うん!」


 ──今は、それでもいいの。


 サクハはしずりの言葉に動揺しつつ、思い切って手を握り返す。少し驚いた彼が珍しく微笑み、その様子を見て彼女は笑う。

 勇気をもらったサクハは改めて口を開く。

「えっと。改めまして、広森ひろもりサクハです!これからも、どうか皆さんの仲間に入れてください! よろしくお願いします!」

「はいっ!」

「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

「私のほうこそ、よろしくお願いいたしますね?」

「俺は全く気にしていないから、いつも通りでいい」

「はい! ありがとうございます!」


 サクハは秘密にしていたことを仲間に赦してもらい、心からの笑顔を浮かべた。

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