『ベストエンディング』『箱の中のプレゼント』3人称

 ──久しぶりに家族に会える!


 艶やかな紫の三つ編みに、アメジストのような紫の瞳。作業台の前で女性は目を閉じ、薬草ゲンノショウコの花を持ち、明日の再会を楽しみにしている。

 彼女の名前は「リアマリア・ギルバート」。グラントエリック王国の貴族たちをまとめる魔法使いの一族ギルバート家の長女だ。ギルバート家の当主である父親のニコラスは、現在、海外との外交に力を入れており、リアマリアが13歳のときから東大陸の屋敷に住んでいる。彼女も父親たちに「一緒に行かないか?」と誘われたが、断った。その理由は、「大好きな弟がいないのに、行く気がしなかったから」だった。

 リアマリアの弟エルマリアは父親似で、輝く金の髪と澄んだ青い瞳をしている。昔、リアマリアは「おそろいの三つ編みにしたいの!」と言ってエルマリアに頼み、彼の髪を編んでいたのだが、優しい弟は文句の1つも言わずに「いいよ」と微笑んでいた。昔からリアマリアは自分の髪を触るよりも、弟の綺麗な髪を触るほうが好きだった。そんな大好きなエルマリアが士官学校を卒業後、両親について行かず、騎士団に入ることを望んだ。貴族の次期当主であることを隠し、「エル・マリア」と名乗り、王と城を護る騎士団員として今も働いている。士官学校を卒業後に離れて以来、手紙のやりとりしかしていなかったが、ようやく明日会える。そう思うと、リアマリアは嬉しくてしょうがなかった。

 リアマリアは明日から5日間、両親の住む東大陸の屋敷に泊まることになっている。ここ──グリーンガーデンの屋敷を空ける前に、弟子のマリアンナに杖を作ろうと、今は作業台のある実験室の椅子に座っている。

 リアマリアの弟子「マリアンナ・フラン」は、ストロベリー色の髪と瞳を持つ少女で、エルマリアと離れてから旅の途中で出会った。竜族の血を引く魔法使いで、その魔力の強さから魔法のコントロールがうまくいかなくなるのを恐れ、マリアンナのことを彼女の両親から託された。あれから7年経った少女は、今ではもう14歳の立派な魔法使いだ。リアマリアの脳内に、三つ編みをした少女の姿が浮かぶ。

 リアマリアは、この日のためにマリアンナの新しい杖を入れる箱を用意していた。その箱は2メートルほどあり、燃えるような赤に金の装飾が施され、手前のロックにはギルバート家の家紋が描かれている。


 ──懐かしいな。


 中等部を卒業したリアマリアとエルマリアに両親が用意してくれていた箱と同じ。


 中等部を卒業し、リビングに呼び出されたリアマリアとエルマリア。並んで立つ2人を見て、「おめでとう!」と微笑む両親。父親のニコラスが青い箱の杖をエルマリアに、母親のリディアが紫の箱の杖をリアマリアに、そっと手渡す。杖を受け取ったリアマリアとエルマリアは顔を見合わせ、微笑んだ。

 その後、杖の作り方はリアマリアとエルマリアが士官学校を卒業したときに、ニコラスから教わった。「カラー・ベル・ワンド」と名づけられたカラーリリィをモチーフにした杖で、作り方は伝説の英雄ドニーの妻「カリン」が教えた技術として、ギルバート家に代々受け継がれている。


 そして、今。リアマリアは一族に伝わる杖を弟子のマリアンナに渡そうとしていた。それは、彼女がマリアンナをギルバート家に迎え入れるという意味が込められている。

 リアマリアは気合いを入れ直し、早速、杖を作り始める。リアマリアの契約聖獣であるチョコは、もう寝てしまっていたが、例え補佐がいなくても、彼女はほとんどのことを自分でこなしてしまうくらいに優秀だ。材料も近くのハーブガーデンで数日間かけて少しずつ集め、しっかりと用意していた。

 まず、リアマリアは竜族の魔法を使い、魔石を作っていく。使う宝石は、彼女がマリアンナの髪と瞳の色と同じような紅水晶ローズクオーツを選んだ。魔力がたまるとピンクに光るように加工していく。

 リアマリアは杖を作っているうちに、また昔を思い出す。


 大人になったエルマリアが騎士団に入り、弟と離れたリアマリアは傷心し、契約聖獣の黒猫ビターとチョコとともに旅に出た。王城のあるシュトーリヒの隣・レーツェレストの森で、「魔王」と呼ばれるオズウェルと、その息子ソルに出会った。2人と話をして仲良くなったリアマリアは、もっと色々な人たちを見てみたくなり、再び旅に出た。

 そして、旅に出てから5ヶ月が経とうとしていたある日、南東のアースリヒト領で、村の人々を助けようとしているマリアンナと出会った。北大陸の人間がグラントエリック王国の東側を大回りし、遠くの海から海水を巻き上げて竜巻を起こし、村を襲ったのだ。

 マリアンナは竜巻を制御し、分解させようとしていた。しかし、少しだけ力が足りない。そこに通りかかったリアマリアが手助けをし、竜巻を破壊した。マリアンナが降り注ぐ海水全てを操り、海に戻していく。海に降るやわらかな雨。雨の行方を見つめるマリアンナにリアマリアは魔法使いとしての才能を見た。その後、犯人は騎士団によって逮捕された。

 事件後、リアマリアは改めてマリアンナの家族と話をすると、「マリアンナが魔力のコントロールをうまくできるか心配している」と聞いた。そんなマリアンナをリアマリアは預かることにした。仲の良かった弟と妹と引き剥がすのは心苦しい気持ちもあったが、竜族の魔力を制御できる魔法使いは、この世界には少なかった。カリンから竜族の魔法を教わり、代々受け継いできたギルバート家の一族だからこそ、自分はマリアンナを助けられると、リアマリアはそう考えた。


「できた!」

 マリアンナの杖が完成する。箱に杖をつめ、用意しておいた手紙を添える。


 ──喜んでくれるかしら?


 喜んでくれるマリアンナのことを想いながら、ふわりと笑った。



 🐈 🐈 🐈



 次の日の朝。リアマリアは荷物をカバンにつめていた。夜に杖を作っていて、朝起きるのが少し遅くなってしまったのだ。黒猫のビターと、その双子の妹チョコがじっとリアマリアを見つめている。2匹ともリアマリアと契約していたのだが、姉のビターがマリアンナと契約することになった。ビターはエルマリアになついていたのだが、マリアンナの肩に自ら飛び乗り、彼女の契約聖獣になることを自ら望んだ。

「私がいない間に何かあったら、この箱を開けてね?」

「……? はい、わかりました」


 ──信用してもらっているみたいだけれど、少し心配……。


 リアマリアは、自分のことを信頼し、何も聞かなかったマリアンナのことを心配し、思わずじっと見つめる。しかし、まだ用意ができていないことを思い出し、慌てて荷物をつめる。

「ニャア」


 ──チョコの声がする。またマリアンナになでてもらっているのかもしれないわ。


そう思いつつ、ようやく支度を終えたリアマリアが後ろを振り向くと、彼女の前にチョコが座り、ビターが彼女に頬をすり寄せているところだった。

「マリアンナ、一人でも大丈夫?」

「はい、大丈夫です。今までも何度か留守番したことがありますから、心配いりません」

「でも、ごめんね? 向こうで調べたいこともあるの」

「大丈夫です。もう14歳ですから。お師匠様も調べ物を頑張ってきてください」

 リアマリアは最後の荷物をカバンにつめ込み、チョコをアイコンタクトで呼ぶ。近くに立てかけていたホウキを手に取り、慌てている彼女の気持ちを表しているかのように猫型の紫の石が揺れる。

「それじゃあ、マリアンナ。お留守番よろしくね?」

「はい! あ、あと、コレも持っていってください」

 取り出したのは小瓶に入った回復薬。いつもの物とは違い、赤いリボンが結ばれている。

「回復薬です。うまくできたと思いますから、何かあったら使ってください」

「ええ、ありがとう! マリアンナ、大好きよ!」

 マリアンナをぎゅっと抱きしめた後、名残なごりしそうに離れる。

「じゃあ、行ってくるわ!」

「いってらっしゃい、お師匠様」

 ニコッと笑うマリアンナ。リアマリアは肩にチョコを乗せ、手をずっと振って旅立っていく。




「これから、エルマリアとお父様とお母様にも会えるわ。すごく楽しみね?」

「にゃあ!」

 リアマリアはチョコの頭をなでて笑う。今日の朝日は、まだ昇ったばかりだ。

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