第3話 始祖ノーランの書

 結界内で照魔灯の光を弱くし、エレルは魔法袋から簡易休憩魔法を取り出す。魔法を閉じ込めておく魔球を解放すると、ふわふわした流体状の塊が出現した。比較的安価なこの魔法は冒険者なら誰もが持っていた。


「お休みになるなら、ちょっとその照魔灯借りてもいいですか?」


 ふわふわの上に横になったエレルにロニが尋ねる。


「いいけど……それ高かったんだからね、大事に使ってよ」


 ロニはにやりと笑って頭を下げると、エレルのそばから照魔灯を自分の方に引き寄せる。冒険者必需品の照魔灯は稼働させれば勝手に頭上を照らし続けてくれるアイテムで、エレルが使用しているものは連続で最大1週間も稼働が続くという優れものであった。


「あんたの照魔灯は?」

「とっくに稼働時間すぎて使い物にならないですよ」

「いつからここにいるの?」

「よくわからないんですよね。ずっと真っ暗だったんで」

「ちょっと、じゃ、あんたこの真っ暗闇にずっと1人でいたの!?」


 地下迷宮は照魔灯がなければ暗黒に包まれる。エレルはロニとダンジョンに潜った日にちを確認した。その結果、ロニが結界に閉じ込められて2日間ほどが経っていることがわかった。


「まあ、そういうことになりますね」

「その……怖くなかったの?」


 エレルは照魔灯のないダンジョン探索が想像できなかった。しかも最奥部に閉じ込められ、明かりも切れた中で救助を待ち続けたロニの精神力にエレルは底知れないものを感じた。


「そりゃあ真っ暗になってからは怖かったんですけど……僕にはこれがありましたから」


 そう言うとロニは懐から数冊の書物を取り出した。


「それって……ここのお宝!?」

「お宝もお宝、始祖ノーランの書ですよ!? もうこれを手に入れただけで僕は死んでもいいって思ったんです。まさか本当に死にかけるとは思わなかったんですけど」


 エレルはそれを聞いてがっかりした。始祖ノーランの話は冒険者の歴史を勉強する上で避けて通れない話であったが、エレルは机に向かうとどうしても眠気に襲われるタイプの人間だった。


「始祖ノーラン? 私歴史の勉強嫌いなの」

「ええ!? 興味ないですか!? 始祖ノーランですよ!!」


 ロニがすっとんきょうな声をあげた。


「始祖ノーラン!! この世界に遺跡とダンジョンをまき散らしたとされる神にも等しい人物! 実は想像上の人物だとか特定の民族を始祖ノーランと呼び習わしているという説もありますけど、僕は始祖ノーランが実在の人物だって信じてるんですからね!!」


 急にまくしたて始めたロニにエレルはうんざりする。


「あーうるさいうるさい。それより、その古い本じゃないお宝はなかったの?」

「これさえあれば十分ですよ! これ以上何を望むって言うんですか!!」


 照魔灯に照らされたロニの顔は嬉しそうに綻んでいた。


「僕の照魔灯が切れるまで解読したところによると、これはこのダンジョンの成り立ちを説明した本みたいですね。もっと研究すれば、世界中のダンジョンの謎が明らかになるはずです」

「ふうん……ダンジョンの謎、ねえ」


 エレルはスリルとお宝を求めてダンジョン攻略をしていた。ダンジョンそのものの謎など考えたこともなかった。


「僕なんかまだまだだけど、いつか始祖ノーランの謎を解明するのが僕の夢なんですよ。それで手始めにこのダンジョンへやってきたんですけど……」

「夢なんかで無謀なことしちゃダメじゃない」


 エレルの正論に、ロニは返す言葉もない。


「はは、本当にその通り……文献を見つけたら何かしなくちゃって気持ちばっかり焦って、それで死んだら元も子もないですものね」


 ロニはエレルの照魔灯を用いて、始祖ノーランの書を再度解読し始めた。


「ダンジョンの成り立ちがわかれば、どうして始祖ノーランがダンジョンを作ったのか明らかになるはずなんです」


 エレルはふわふわに身体を預けながら、気になったことを尋ねる。


「ねえ……なんでそんなに始祖ノーランについて知りたいの?」

「なんでですかね……昔から始まりを探すのが好きなんですよ」

「何それ、始まりを探すって」


 エレルは不思議な言葉の響きに


「例えば、あなたはどうして冒険者になったんですか?」

「別に、ダンジョンが好きだからよ。それ以外に何かある?」

「いえ、何事にも始まりってあるじゃないですか。あなたの初めてのダンジョン攻略の思い出とか、そこからどうして冒険者になろうと思ったのかとか、いろいろですね」


 そう尋ねられ、エレルは昔のことを思い出す。初めてのダンジョンは、近所の子供たちと遠足がてら訪れた低難度ダンジョンだった。観光地のようなそこは同じような子供たちで溢れかえり、低級モンスターを倒して進むダンジョンにエレルは心を奪われた。大してありがたみのない「到達おめでとう」のスタンプをエレルはずっと大事にしていた。


「僕はそういう歴史が好きなんです。きっと始祖ノーランにもあるんです、そういう歴史が」


 エレルはロニに返事をしなかった。ロニはエレルに構わず始祖ノーランの書に向き合っている。エレルはこの男を何とか地上へ戻してやりたいと少しだけ考えて、体力を回復させることに専念した。

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