第8話

 釧路が連れてきてくれたこの水墨画展は、いろいろな水墨画家の作品が展示されていた。


 一つひとつの作品をじっくりと見て行く。白と黒で描かれた作品なのに、どの作品も作者それぞれの作風の違いがあって、被写体やアングル、筆遣いの違いもあって、どの作品も見ごたえがあった。


(うわ、どうしよう、楽しい。でも……釧路は楽しくないんじゃないだろうか。だって、派手な釧路とはあまりにも……)


 急に不安になって釧路の横顔を見てみれば。


 釧路も俺と同じように真剣な顔で水墨画に見入っていた。


 その横顔に、ドキッとしてしまった。今日の体育でバレーボールをしていた時と同じ顔。


 ギャルで、派手な釧路に少しギャップを感じる瞬間。――俺の好きなものを、こんなにも真剣な顔をして見てくれるのかと、胸の奥が熱くなるのを感じた。




 そして、一つひとつ見ていったその作品たちの中に。俺が一際好きな画家の作品があった。


 それは、儚い風景の中に、確かに生きている生き物が描かれた作品。


 『金川かねかわ 路寧みちね』という画家が描いたものだった。


「うっわ……俺、この人の作品、特に好きなんだよね。これ……新作じゃん……」


 小声でそう伝えて作品に見入っていると、なんとなく釧路がぷるぷるとしている気がして目を向けた。


 すると、零れそうなほどのにやけ顔を堪えている釧路の顔。


「釧路? ……どした?」


「明念、この絵、好き?」


「うん」


「……嬉しい」


 堪えきれないほどの嬉しそうな顔をしてそう言った。


「え、なんでそんなに嬉しそうなの」


「……だって、この絵描いたの……うちだから」


「は?」


 俺はまた、変な声が出た。


 だってそうだろう、どう見たって派手でギャルな釧路が、水墨画を??


「いや、それはさすがに噓。だって名前違うし」


 そう言って作者の名前をもう一度見てみれば……


『金川 路寧』


 そして釧路の名前は……『釧路 寧々』


 釧路の『釧』の文字を部首に分けたら『金川』になることに気付いてハッとした。



「え、もしかしてこれって……ペンネーム?」


「うん」


 釧路は小さく頷いた。

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