第2話 矢見野芽亜の入学

 矢見野芽亜が姫騎士の力に目覚めたのは約半年前、中学3年の秋の頃である。

 それまではその小柄さからしばしば小学生と間違われることを除けば、どこにでもいるごく普通の少女であった。運動は苦手で、成績は中の下、友達も多くはない。漫画やアニメやゲームが好きで、世の中のことは実社会よりインターネットで多くを学んだという人種で、内気ではあったが、我はそれなりに強かった。いわゆるスクールカースト上位の茶髪少女らにロリコンホイホイとからかわれて苦笑いを浮かべるが、内心では自分のほうがずっと顔は整っているぞと見下し返していた。

 ある朝、彼女は目覚まし時計をたたき割った。この時点では寝ぼけてやらかしてしまったのかと思い込んだが、その日の体育の授業のマラソンで彼女は自分の身体の異常に気が付いた。どれほどペースを上げても息が切れず、戸惑いながらゴールすると興奮した体育教師がオリンピックだの世界記録だのまくし立ててくる。帰宅して古雑誌を思い切り摘んでみると、カステラのようにちぎり取れた。芽亜は明らかに超人的なパワーに目覚めていた。


 姫騎士という存在は現代社会では秘匿されている。芽亜の身に起きたのは姫騎士の間ではごく一般的な神威しんい覚醒と呼ばれる現象であるが、当時の彼女にはそれを知る由もなく、現代ファンタジーにあるような異能の力に目覚めたと考えた。彼女は誰にも打ち明けず秘密にすることに決めた。なんとなれば超人としてちやほやされるよりも実験動物として扱われる可能性のほうが高いと、現代人らしくそう判断したのである。

 しかし頭では決意した気になっても実際には隠し通すことは出来なかった。

 超人的な身体能力を持て余してスポーツでつい活躍してしまう。あまり目立たなかった顔立ちが日を経るにつれ美しく、かつ可愛らしくなって行く。姫騎士という存在は例外なく美女・美少女である。この美少女化もまた、腕力上昇と同じく神威覚醒の副産物であった。

 成績は変わらなかったが容姿と腕力に関しては明らかに他者を上回り、芽亜は自分に自信を持てた。そうして自信を持てば心にゆとりができる。心にゆとりができすぎると、気が大きくなる。彼女の生活態度を気に入らない同級生らに「調子に乗ってる」と評されるようになるのも、自然な成り行きであった。

 女子に人気なサッカー部員の告白を「メア、モヤシには興味ないから」と断った翌日、彼女は女子グループに校舎裏へと呼び出された。引っ込み思案の芽亜は口喧嘩が苦手である。なので家の物置からくすねてきたレンガを取り出して、

「暴力はよくないよ」

 と拳で粉砕して見せた。

 その場はそれで納まったが、女子グループの中に大人の大学生と付き合っている少女がいた。少女は彼氏に助けを求め、彼氏は仲間を集めた。大っぴらに中学生の恋人をやる人間と、その友人たちである。


 今度は学校外のひとけの無い場所に芽亜は呼び出された。女子グループのリーダーの少女がワンボックスカーを背に、複数の男たちと待ち受けていた。恫喝され、掴みかかられ、スマホのカメラを構えられたので、芽亜は心置きなく反撃した。

 正当防衛であり、ちょっとした非日常を味わうつもりであった。けれども姫騎士の腕力は芽亜自身が思う以上に凄まじく、そして暴力を振るった経験のない者が上手に手加減できるわけもない。ナイフを持ち出されたのもよくなかった。凶器を目にして狼狽し、ナイフを構えた握り手ごと上から握りつぶしてからは、歯止めが効かなくなった。辺りは血に染まった。


 男たちは全員重傷を負い、うち何人かには障害が残り、リーダーの少女は引き籠もった。芽亜は警察に捕まった。死亡者はなく、殺人犯にならずに済んだのは不幸中の幸いであった。


 芽亜は拘束された。手枷は金属製の手錠ではなく、縄であった。妙に頑丈な縄で、芽亜が全力を込めてもわずかに伸びるばかりで千切れなかった。どうも不可思議な力を帯びているように感じられた。

 事情聴取や取り調べはなかった。それどころか警察官との接触すらなく、朝昼晩と食事を出される以外は、放置されていた。ネットでよく見る放置子虐待というやつであろうか、軽はずみな行動の罪の反省を促されているかもしれなかった。備え付けのトイレはあるものの、手枷をしたままでの用足しには苦労させられた。

 一日経ち、二日経ち、己の体臭が気にならなくなった頃になって、ようやく部屋の扉が開かれた。

「済まぬな。手続きに手間取った」

 芽亜と同じくらいの背丈をした和装の少女である。

「わしは姫騎士学園学長、九十九里くじゅうくり叡子えこじゃ」

 口調もそうであるがその姿もおかしかった。銀髪の頭には獣のような耳があり、腰からは尻尾が三本揺らめいている。容貌が恐ろしく整っていることも相まって、いっそ幻想的であった。実写映画にはめ込まれたCGの如く、周囲の景色から浮いているように感じられた。

「まずは枷を外す。手を出すのじゃ」

 言われた通りにする。叡子が手をかざすと手枷が一瞬で燃え上がり、灰となった。

「あつっ――く、ない?」

「びっくりさせて済まぬな。その枷はちと特殊での。残骸を残すわけにはいかぬのじゃ」

 叡子は帽子とコートで獣耳と尻尾を隠すと、

「色々と説明はあるが、まずは休憩じゃな。風呂にも入れず気恥ずかしかろう。ホテルに部屋を取ってある」

 言われるがままに車に乗って移動する。芽亜に会釈した運転手は年配の女性で、普通の格好であった。


 車内でされた話によれば、芽亜に目覚めた力の正体は、姫騎士と呼ばれる存在の力であるという。

 姫騎士とは神の血を引く半神的存在である。

 神気という不思議パワーによる超人的な身体能力に加え、超常的な異能を持つ。

 姫騎士は乙女しか存在せず、その力は女系でしか遺伝しない。

「とりあえず三行で言うとこうじゃの。補足すると姫騎士は結婚したら力を失う。ようは三十歳までこじらせると魔法使いになれるというアレに、血統要素を足した感じになるの」

 かつては権力者がその血統を独占していた。力に目覚めるのは王侯貴族の娘、すなわち姫に限られていた。そうしてその姫が結婚して乙女でなくなる、姫でなくなると力を無くす。ゆえに姫騎士は姫騎士と呼ばれている。超人的な力自体は無くしても、母体としての能力だけは持っているので遺伝はする。

「一応、女系限定じゃからサラブレッドみたいな爆発的な血統の拡散はし辛いし、連盟によって姫騎士の家系は徹底管理されておる。とはいえ、管理を免れた血統というのは依然存在するがの」

 芽亜はそういった血統の末裔であるらしい。

「戦後のどさくさじゃな。軍部の暴走もあってモグリの姫騎士が大量発生した。日本版レーベンスボルンの落とし子らじゃの。昭和の暴力団全盛期や平成のカルトテロの背後にはそやつらがおった。令和日本の今現在、後始末はきっちり済ませてやったがの」

 一瞬冷たくなった声色に、芽亜はびくりと震えてしまった。

「ああいや。脅してはおらん。すまんの。安心せい。お主の家系は調べてあって白と出た。釈放に時間を食ったのもそれじゃ。力を行使して活動したのは曾祖母までで、以降は堅気の一般人じゃよ」

 言われてみればたしかに、母も母方の祖母も多少若作りな以外は極々普通のどこにでもいる一般女性である。母は共働きの会社員で、祖母はスーパーのパートをしている。元姫騎士などと言われても想像できない。所帯じみた二人の現状を思い返せば、そもそも姫騎士ってなんだよと、今さらながら言いたくなった。

 おそらく姫騎士云々に関しての情報は、祖母は若い頃に祖父と駆け落ちしたらしいから、それで失伝したのであろう。

「発覚がお主の代まで伸びたのは、まあアレじゃな。姫騎士の力に目覚める、神威覚醒が起きるのは遅いと十代中盤くらいで、お主くらいの年齢になるのじゃが、そうなる前に嫁いでしまうと目覚めぬままで気付けない。当人もその周囲もじゃ。しかし未覚醒であろうと母体としての機能は備えているから、当人らの意図はともかく、姫騎士家系の早婚はお上に隠して血統維持ができてしまう。実際、明治大正あたりまでの一部地方には、姫隠しという夜這い風習が残っておったくらいじゃからの」

 芽亜にとってそれは衝撃的な事実であった。姫騎士という突拍子も無い現代ファンタジー的な設定を並べられたが、そんなことよりも連鎖的に発覚した家族の恋愛事情の方が生々しく印象された。おそらく相手は父と祖父であろうが、母と祖母は二人とも、今の芽亜と同い年で彼氏持ちであったことが確定したのである。芽亜はショックで、許せなかった。

「二人がリア充のクソビッチだったなんて……!」

「お主、案外図太いの」

 姫騎士に向いた気質じゃの、と叡子は苦笑をもらした。


 ホテルでシャワーを浴びながらぼんやりと考える。九十九里叡子は姫騎士学園学長と名乗った。ホグ○ーツの入学案内に来たダン○ルドア校長のような存在であろう。となれば自分はハリー○ッターで、窮屈な現代社会を脱して未知と神秘に溢れた幻想世界へと行ける、選ばれた人間なのであろう。持て余す力も存分に振るえる。姫騎士というからにはお姫様らしい服装もできるかもしれないと、芽亜は胸を膨らませた。物理的にも、姫騎士の容姿強化が働いて成長する希望があった。現役の姫騎士であろう学長の体付きが現在の芽亜とそう変わりないという事実は、頭から抜け落ちていた。

 浴室から出ると、ソファーに腰掛けた叡子がスマホを睨んで唸っていた。

「100連して星3ゼロじゃと? ぐぬぬ……有償石を切るべきか……ええいままよ! ぬぅ、ダブりか。おのれ運営ェ……! あーはいはい、この気配は天井コースじゃの……」

 狐耳で老人口調の和装少女が俗なゲームに夢中になっている。神秘性が色あせて、ただのコスプレ少女に見えてしまった。


 ひとしきり落ち着いてから、叡子学長は切り出した。ちなみにガチャの結果は無事爆死したようである。

「お主には三つの選択肢がある。一つ目はこのまま姫騎士にかかわらず、一般人として生きて行くことじゃ。この場合は健康で文化的な生活を過ごせるだけの年金が支給されるから、働かずに生きていけるの」

 ブラック社会人からみれば勝ち組であろう。

「受験も就職活動もいらないが、あまりオススメはできんの。条件として姫騎士の力の喪失と、避妊手術を受けてもらう。断種は絶対じゃが、貞操のほうは自分で無くすのがいやなら、こちらで相手役と設備を用意しよう」

 断種という言葉に絶句する。芽亜の記憶が正しければそれは人道に対する罪であったはずである。

「ちなみに避妊手術はお主の母と祖母にも受けて貰う。断種年金三人分、子供を残さずただ生きて死ぬ分には充分じゃな」

 つまりこの選択肢を選んだ場合、芽亜の家系はこれ以降子孫を残せずに断絶するということになる。

「さて二つ目じゃ。二つ目は姫騎士専門の学校に入学し、卒業すること。学校はわしの経営する姫騎士学園か、西の巫女武者学院じゃ。いずれかの学校を卒業すれば結婚出来る、というか、卒業資格=結婚権じゃな。卒業資格を得られればお主とお主の家族は避妊手術を受けずに済む。子孫を残す権利を得て、姫騎士の家系として連盟に認められるというわけじゃ。ぶっちゃけわしが来たのもこれじゃの。姫騎士学園の入学案内じゃ。ほぼ強制の」

 叡子の言った通り、ほぼこの選択肢しか選べないであろう。けれども、選択肢は三つあると前置きされていたので、芽亜は質問した。

「あの、三つ目は?」

「わしが殺す」

「……え?」

「わしがこの場で、お主を殺す。焼き殺す」

 ぞっとする目であった。

「安心せい。痛みは感じず一瞬じゃ。火災報知機だって反応させんで灰にしてやろう。ああ、抵抗しても無駄じゃよ。所詮お主は一次覚醒のひよっこ、能力にも目覚めておらぬ。力の差は圧倒的じゃ。奇跡でも起きんかぎりわしには傷一つつけられん。万が一奇跡が起きて――例えば隕石が降ってくるとかの――それでこの場から逃れたとしても、追いかけて殺す。家族ごと殺す。根切りにする。どこまでも追跡し、例え便所に隠れていても息の根を止めてやるのじゃ」

 叡子の声音は平静であったが、芽亜は青ざめていた。空気そのものが鉛の如き重量を持ち、全身を圧していた。じわりと、替えたばかりの下着に水気を感じた。腰掛けたソファーに沁みが広がり、太ももへと生ぬるく接触した。視界が潤み、さらりとした鼻水が流れ出て唾液とともに顎を伝った。全身の穴から体液を流しながら、ただひたすらに恐ろしかった。

 不意に身が軽くなった。

「今のが神威開放による圧倒。漫画なんかである力の気配による威圧というやつじゃ。姫騎士の基本技能の一つじゃの……わからせるためとはいえ、ちとびびらせすぎたかの」

 叡子は優しく微笑むと、芽亜をそっと抱き締めて落ち着かせた。

「ほーれいいこいいこ、恐くない、バブみじゃバブみ」

 再びシャワーを浴びるはめになった。冷や汗などで濡れたソファーは、叡子が「うおォン。わしはまるで人間布団乾燥機じゃ」などと口走りながら発火能力で乾燥させていた。汚れの成分だけを選んで消滅させたので、ちゃんと清潔になったらしい。ジャージと下着の予備もあった。用意のいいことである。

「これで姫学ひめがく入学決定じゃ、と言いたいところじゃが、規則じゃからの。パンフじゃ。お主には学校選択の権利がある。一応の」

 テーブルに巫女武者学院の入学案内を出して、その上に姫騎士学園のそれを重ねた。芽亜は姫学をのけて巫女学みこがくのほうを手に取った。巫女学は国立であるらしい。

「姫学は私学じゃが学費は完全無料じゃ。しかもお小遣いが出る」

 一応、両方に目を通す。

 制服のデザインは甲乙付けがたい。巫女学の制服は巫女装束をアレンジしたような感じで、姫学の制服はいわゆる鎧ドレスがモチーフであろう。着てみたくはあるが街歩きするには勇気が要る。写真のモデルのように太刀や西洋剣を腰に下げて出歩けば、コスプレ会場でもないかぎり職務質問されてしまう。

 国立巫女武者学院の創立は明治で、姫騎士学園は昭和とある。歴史があり、格調高いのは前者であろう。入学案内の文面からもそれがうかがえる。いかにもなお嬢様学園といった印象である。一方で姫学の案内には『自由な校風。アットホームな学園です。親切な先輩が沢山います。仲間とともに乙女の道を極めましょう』などといかがわしげな文句が並べてあり、なんというか学級新聞の延長とでもいうべきか、色々と雑であった。同じページの写真を見れば親切な先輩とやらが一斉に捧げ銃をして、貼り付けたような笑顔をカメラに向けていた。無論目元は笑っていない。不良少年更正のための監禁致死で評判な慈善団体、それの軍事教練版を連想させる写真であった。


 芽亜の気持ちは固まりつつあった。国立というブランドはやはり無難で安心できる。第一、目の前の九十九里叡子という年齢不詳の狐耳少女がおっかなかった。あからさまに飴と鞭を使い分けるあたり、いかにもサイコパスじみていて、こんな学長のいる学園にいられるかという気持ちになりかけていた。芽亜は勇気を出して切り出した。

「あの――」

「ああそうそう。巫女武者学院じゃがの。新入生の二人に一人は必ず死ぬ。百パー死ぬ」

「ふぇ……?」

「間引きじゃよ。戦後の姫騎士漸減政策、GHQの命令が元じゃか、それが伝統と化してしまって現在まで続いているというわけじゃ」

「そ、そんなの許されな、されませんよね?」

「許されてしまうのじゃよ。言ったろう? 姫騎士は半神的存在じゃと。姫騎士は人間ではないのじゃ。そして人間ではないがゆえに、国の法にはその生命を護られない。逆に世俗の法に縛られることもないがの」

 叡子が紙を数枚取り出して並べた。

「お主がフルボッコした雄どもの診断書じゃ」

 頭蓋開放骨折、前頭蓋底骨折、視神経管骨折、脳脊髄液漏、眼窩底骨折、脳挫傷と、一枚目だけでこれである。

「治療期間でいうなら一番短いのがそれじゃの」

 最初は死亡診断書かと思ってしまった。

「常識的に考えれば、真っ当な大人なら入学案内などより先に、この件についての説教をすべきじゃったろう。暴力はいくない。やり過ぎは駄目だ。護身のゆとりがあるのなら、話し合いで解決すべき。相手だって同じ人間だ。後の人生を思いやれと、ありがたい説教を並べて反省を促すのじゃろう。じゃがわしはしない。する必要を感じない。なぜかわかるか?」

「メアが、姫騎士だから?」

 叡子が頷く。

「姫騎士は俗世の法では裁かれない。現にお主のやらかしは過剰防衛だなんだと裁判沙汰にはなっとらんし、なる予定もない。彼奴等きゃつらの被害は自然災害によるものとして扱われる。自業自得の、中州バーベキューとかの類いじゃの。お気の毒にと後ろ指さされることはあっても、お主個人を責める権利は彼奴等には与えられない」

 淫行やら余罪追及やらは当然あるがの、と付け足した。

 少しほっとするような、そういうものかと腑に落ちるような心地であった。

「それにそもそもお主、罪悪感などこれっぽっちも感じてはおらんじゃろう?」

 そう言われてみると愕然とした。思えばあの頃から芽亜の精神性は、姫騎士の力に目覚めて浮かれていたにしても、どこかおかしかった。矢見野芽亜は一般家庭で育った内気な少女である。他人を痛めつけて平然としていられるような人間ではなかった。なのに警察に捕まったときも自分の犯した罪の重大さより、人体という血袋の不潔さに青ざめていた。

「お主の性根が邪悪であるというのではない。感受性の欠如というより、どちらかといえば生理的なものじゃ。姫騎士は人間の上位存在であると、そういう考えを持つ者は珍しくない。なんとなれば神威に目覚めた姫騎士は、姫騎士でない人間を対等な存在として感じられなくなるからじゃ。いうなれば姫騎士から見た人間は、人間から見た猿になる。どう倫理で繕おうともこの生理的な感覚は誤魔化しきれん。クソ生意気なモンキーをペットとしてはともかくも、対等な存在、ましてや伴侶や上司としては見られんじゃろう? お主にも覚えはないか? 力に目覚めてからスケバンにびびらなくなったとか、イケメンをイケメンと思えなくなったとかの。雄どもをフルボッコした件についても同じじゃ。姫騎士的な感性でいうならばそれは盛りのついた野良猿どもを駆除したに過ぎず、罪悪感を云々するなら動物愛護の観点から論じねばなるまいよ」

 他人を傷付けて平気でいるのはよくないが、害獣を駆除して平気でいるのは仕方ないという理屈らしい。

「姫騎士にとって人間は人間ではない。これはどうしようもない生理的な感覚で、姫騎士が現代社会で受け入れられん理由でもある。人間を下等生物と見下す超人的な力を持った存在、そのような連中が思い思いに振る舞えば社会秩序が崩壊する。力を無くさせ断種するか専門施設に収容する。でなければ殺してやろうとわしが言った理由も、なんとなくわかったろう?」

 芽亜は頷くしかなかった。脅しの意味も強いであろうが、現代的価値観からいえば、たしかに姫騎士という存在はある種の怪物に他ならない。人を人とも思わぬ人種、例えばモンスタークレーマーなどが物理的なパワーを伴ったと考えれば、そんな存在は隔離するか殺してしまえと、芽亜でさえそう思う。

「巫女学のアレな伝統から姫騎士の人権云々と、だいぶ話が逸れてしまったの。元は学校選択の話じゃったな。どうじゃ? 姫学と巫女学のどちらに入学するか、お主の腹は決まったかの?」

 そう言いつつ叡子が姫騎士学園入学案内をさっと差し出す。芽亜が読んだのとは別の二冊目である。しつこい。けれども巫女学生徒の二人に一人が必ず死ぬと聞いてしまえば、選択肢はないに等しい。芽亜は死にたくない。名残り惜しいが、巫女学の冊子をテーブルに置いた。

「矢見野芽亜です。これからよろしくお願いします」

「うむ。わしは姫騎士学園学長、九十九里叡子じゃ。よろしくの」

 このとき巫女学の死亡率に気を取られて姫騎士学園の卒業率を聞けなかったのを、芽亜は後悔することになる。

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