第2話 耳舐めプレイはフィクション

 私は注文したホットインドティーを冷ますためにふーふー息をかけていた。どこに視線を合わせれば良いのか分からなくて、なんとなく藤田の耳に目をやった。


「あ、ん?これピアス?耳舐めする客が多いから沢山つけたのさ」


 藤田は紅茶に入っている輪切りのレモンをスプーンで取り除きながら言った。


 私は改めて藤田の耳を見る。耳たぶ軟骨、至る所に刺さっている。もうこれ以上刺すところがないくらいだ。


「全部でいくつあるのさ?」


「んー両耳で28個かな」


「まぁそんだけピアス付けてたら、耳舐めはできないね」


「でしょ〜。なんならキモ系のおじはビビってくれるからありがたい。耳舐められるのが1番嫌なんだよ。中耳炎になるし、酷いケースは難聴になるよ。前の店舗で一緒に働いてた子、確か難聴になったって言ってたなー。風俗始めたての子とか、プロフに“性感帯は耳です!”とか書いちゃうけど、あれ良くないんだよねー。耳って言っとけば楽かなって思っちゃうけどそれがダメなんだよ。おじの口なんて細菌の塊だからね。細菌エキスが耳に大量に入るんだよ。それなら洗い流せるまんことか乳首の方が舐められるのマシじゃん。耳は洗い流せないんだよー。てか歯磨きのやり方忘れちゃったのか心配になる。まぁ歯磨きもできないから風俗に来ている訳だから仕方がないけどさ。」


「あーでもアメリカいったらジャパニーズ清楚系でいかなきゃいけないから外さないといけないんだよ」


 この1呼吸で話す情報量の多さ。全然頭に入ってこなかった。いや別に頭に入れなくて良いや。とりあえず、藤田の大量のピアスは風俗の客から耳舐めプレイを防ぐため。よし以上。


 んで問題はアメリカだ。わざわざ大して仲良くない私を3年ぶりに呼びつけてする本題。こっちを重点的に聞かなければ、また藤田の1人ラジオが始まってしまう。


「ホストの掛け返すためにアメリカ行くんだっけ?」


「そう!日本の2.5倍儲かるよ!」


「今はいくら稼いでるの?」 


「んーまぁ月400くらい」


「人気嬢だね」


「まぁ鬼出勤してるから」


「月400万でも足りないの?」


「そりゃそう。金はいくらあっても足りないのよ」


「アメリカにはいつ行くの?」


「明日の昼に成田空港に向かう」



「荷造りは終わってるの?」


「もちろん。」


「パスポートちゃんとあるよね?」


「うん!取ったよ!」


「ちなみに、どれくらい風俗出稼ぎに行くの?」


「1ヶ月かな2ヶ月?」


「決まってないの?」


「担当のバースデーに間に合えばいつでも!」


 質問が尽きない。身近にアメリカに風俗出稼ぎした人なんていないから当然だ。藤田も楽しそうに答えてる。まぁこんなの気軽に話せない。話せるわけがない。藤田は気づいているのだろうか。


「リスクは承知で行くんだね」


「さすが冬梅〜分かってるね!バレると思う?」


「知らない。でも入国で引っかかって強制送還している例は最近ネットニュースとかで見るよ。それにバレたら藤田の担当(ホスト)は捕まってしまうね。」


「大丈夫!対策はしてるから!」

藤田は紅茶を一口ゴクリと音を立てて飲んだ。藤田が対策か。


「ほぉどんな?」


「まず担当(ホスト)とスカウトのトークLINEは全削除!風俗嬢てバレないようにダサい服で行く!写メ日記とかのエロ写真も全削除!後、美容師という設定で行く!旅行ガイド買う!エロい下着持ってかない!」


 藤田は思いつく限りの入管対策を挙げていった。想像よりも“対策”していた。これは藤田1人が考えたものではないな。


「これを考えてくれたのはスカウトかな?それともホスト?」


「はは。なんで私1人で考えたと思わないんだ。まぁ確かに違うけど。スカウトだね。」


 インドティーが冷めてきた。藤田と話して結構時間が経ったのか。時間が経つのが早く感じるな。それほど藤田との会話を楽しんでいたのか。でも話の本題は聞けてないな。


「藤田がアメリカ行って風俗に行くことは分かった。対策もしている。私みたいな人間のアドバイスは必要としていない。じゃあなんで前日に私に会ったの?」


「そうだね。うん。えと。ただ話したかったんだよ」


 藤田が今まで私に合わせていた目線を外し、右上を見た。目に少し涙が溜まっていた。藤田は黙ってしまった。


 アメリカで法を犯してまで身体を売るんだ。それも日本語が通じない相手にセックスするんだ。英語が喋れない藤田にとっては更に不安なことだ。海外の風俗出稼ぎは死亡例もある。危険が高い。ホストとスカウト以外誰にもこのことは話せなかったんだろう。いつもヘラヘラしている藤田から今日は色々な顔が見れた。私は少し嬉しい気持ちになった。私なんかを信じて沢山話してくれたからだ。


「ねぇ藤田。気休めになるかは分からないけど、アメリカで出稼ぎなら多分中国系の人々を相手にするんじゃないかな。ネットで見た記事だったかな。そんな感じので読んだ気がする。それだったら日本人と体格差も無いから少しは楽なんじゃない。ドバイで出稼ぎだと完全にやばいけど、恐らくー」


「イイダさんって知ってる?」


「は、い、イイダ?」


 やばい私、いま顔に出た。油断した。なんで藤田の口からイイダさんが。いや焦るな。でもなんでこんな突発的に。


 店の空気が変わった。いや私の周囲の空気が変わった。自分達の近くに座っている中年おじさん2人組。それとガタイの良いおじさんと姿勢の良いおばさんの2人組。こいつら悟られないように、私たちの会話を聞いていた。藤田がイイダの名前を出した瞬間4人とも私のことを見た。


 額から汗が出てきた。なんで。いや、夜の仕事で働く藤田が知っててもおかしくないのか。


「藤田、なんでそんな会話ぶったぎって急にさ。イイダさんって誰?高校の時の人?」私はごくある普通の返答をした。間は少し空いたが、この返答は自然だ。何も問題はない。私がネット記事で読んだ風俗出稼ぎの話をしている途中に藤田が遮ってイイダの名前を出した。それに対する返答としては普通だ。普通。


 藤田は私の目をまっすぐ見た。とても悲しい目をしていた。私はきゅっとする胸を落ち着かせた。インドティーに映る薄茶色の自分を見て具合が悪くなった。


 本題はアメリカじゃなくて、私の過去の話だったのか。いやそもそもアメリカの話も嘘。。


 騙された。藤田がこの後なんて言うんだろう。私はインドティーを飲みほして、藤田の顔を見る。


「冬梅…..」

「なに?」


「ラブホテル行こう!」

「は?」


なんでだよ。

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