閑話「華麗なる上級戦士」4

婚闘開始。


「しゃあっ!! あ、待った」


婚闘待った。


クァマーセは少し離れた場所に、丁寧丁寧丁寧にピーちゃんを安置する。

そして周りを睨みながら叫んだ。


「いいか勝手に触んじゃねェぞ!? 触ったらぶっ殺すからな!!」


そして元の位置に戻る。


「ヨシ……しゃあっ!!」


婚闘再開。

最初に仕掛けたのはクァマーセ。

スーパーハイパーエリート脚力によるスーパーハイパーエリート加速。


「あちょーー!!」


勢いそのままにスーパーハイパーエリート右ストレート。

しかしカニ江、対応せず。

右拳がカニ江の腹部――みぞおちを直撃した。


ギャインという異音と共に、衝突面から火花が散る。

生体鉱物バイオミネラ形成作用リゼーションによって構築された、極めて堅牢な外殻同士の激突。

全てを貫く矛と、全てを防ぐ盾が交差する、その矛盾の結末は――


「あたたたたたたたた!!」


クァマーセが足を止めてのラッシュ。

右と左の拳を絶え間なくカニ江に浴びせ続けた。

拳が命中する度に金属めいた異音が響き、火花が飛び散り、白煙が立ち上る。


だがラッシュは終わらない。


「あたたたたたたぁーー、ほわぁたぁ!!」


最後の一発を打ち込み、ようやくクァマーセが動きを止めた。

眼前にはもうもうと白煙が立ち込め、カニ江の姿が見えなくなってしまっている。


拳から立ち上る白煙をフっと吹き消しながら、クァマーセが呟いた。


「おっと、やり過ぎちまったかな……?」


刹那、白煙の中で動き。

突然目の前に生えたのは、ヤウーシュの腕だった。


「なにっ」


白煙の中から伸びてきたヤウーシュの腕――カニ江の左手が、そのままクァマーセの顔面を鷲掴みにした。


「はがっ!? な、なにしやがっ――」


直後、5本の指が頭部にめり込み始める。


「――イデェェェェェ!!?」


凄まじい握力。

その締め付けは、いつぞやにシャーコをマジ切れ――何で怒らせたかもう覚えていないが――させ、アイアンクローを受けた時を連想させた。

否、それ以上の圧迫。


「ちょ、調子乗ってんじゃ――」


クァマーセは両手を使い、顔面に張り付いたカニ江の左手を外そうとした。

そして理解した。

理解させられてしまった。


が違う。

殻の硬さが違う。厚みが違う。

中に詰まっている肉の質が、密度が違う。

もはや生物としてのが違う。


腕の一本に、指の一本に対抗出来ない。

目の前に居る巨大な金属の塊に、粗末な枯れ木が挑んでいるかの様な。


その時ふと、己の指を眼前に持ってきていた事である事に気が付いた。

散々打ち込んだ拳。

その指の背は削れており、己の拳だけがただ一方的に擦り減っていた事。

飛び散っていた火花は、ただ粉末化した自分の甲殻に過ぎなかった事。


――ただ矛だけが、盾に敗れていた。



ふぉんと、その時風が吹いた。

クァマーセは何事かと、カニ江の指の間から前を見る。

ふぉん、ふぉん、ふぉんと白煙の壁の向こうで何かが回っていた。


新たな風の流れが白煙を吹き流していく。


「……」


姿を現したのは無傷の、無表情のカニ江。

左手でクァマーセの顔面を掴み、肩を中心にして右腕を回していた。

拳がまるで風車の様に、奥、下、手前、上、そして奥と巡っている。


「う、あ、離せ! 離せェェェ!!」


クァマーセは抵抗した。

たとえそれが無駄な努力だとしても。


右腕の回転が速まっていく。

クァマーセは叫んだ。


「ま、待て! 分かった!! 待ってくれ!!!」

「あら、知らなかったの? 婚闘にね――」


右腕の回転が尚も速まる。

カニ江が腰を落とした。

左手の拘束が解かれる。

刹那、握り拳が飛来。


「――待゛っ゛た゛は゛無゛い゛の゛よ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛」


アッパーカット。

クァマーセ、辛うじて両腕を交差させて防御。

ぺきょん、ぱきょんと粉砕されて両前腕が弾かれた。

カニ江の右拳、減速する事なくクァマーセに到達。


胴体直撃。


「ほ――」


体表前面、最高硬度を誇る部位が一撃で粉砕。

砕けた外殻が、拳で押し込まれて体内へ進入。


外傷性気胸、および穿通性心臓外傷発生。

外傷性気胸と穿通性心臓外傷についてお話ししません。二度目だからね。

みんなは、外傷性気胸と穿通性心臓外傷に気を付けて生きようね!


「――げぇぇぇぇぇぇ!!!」


掬い上げる軌道。

クァマーセの体は空に向かって打ち上げられた。





一体の地竜――岩の鱗を持った巨大なトカゲ――が荒野を走っている。


その向かう先には小さな集落があった。

少数のヤウーシュが昔と変わらぬ、原始的な暮らしを営んでいる場所。


シャルカーズとの交流によって大いに発展したヤウーシュ社会だったが、少し地方に足を伸ばせば、社会から切り離されて時代に取り残されている場所が多く残っている。

そして大抵の場合、そういった集落からは若者が流出しており、碌な自衛力――地竜を狩れる様な戦士が残っていない。


集落を目指している地竜はその事を理解していた。

今やあの”巣”には、己の脅威となるような存在が居ない事を。


故に集落は、外部から戦士を雇う。

その日もそうだった。


「――!?」


地竜が足を止める。

地竜の進路に、ひとりの老ヤウーシュが現れていた。


「……」


だがその老ヤウーシュは動かない。

地竜が警戒を止めて移動を再開しようとした、その時。


地竜の近くの岩場の上に、別のヤウーシュが現れた。

今度は若く、体の大きな戦士。


戦士は石槍を持っていた。

シャルカーズ製の機工槍ではなく、堅牢な木材から削り出した柄に鬱曜石の穂先を付けたヤウーシュ伝統の槍。

戦士が跳躍する。


「ウリャアアアア!!」


裂帛の気合と共に、地竜の額へ一撃。

本来は堅牢な部位だが、成長の過程において骨格同士が繋ぎ合わさる隙間――弱点が存在している。

狭小なそれを戦士の槍は正確に貫いた。


槍を引き抜き、戦士が着地する。

石槍を回転させ、血振り。

その背後で地竜の巨体が地鳴りと共に倒れた。


成り行きを見守っていた老ヤウーシュが戦士へと近づき、労いの言葉を掛ける。


「見事だった。ニィーキィ」

「ありがとうございます、父上。ですが……」


戦士が石槍の穂先を老ヤウーシュへと見せる。

鬱曜石のそれには微細なヒビが入ってしまっていた。

恐らく次の使用には耐えられない。


「地竜が相手ならば止むを得まい」

「それなのですが、父上。

 次の狩りではシャルカーズの槍を使ってみようかと。切れ味……では劣れど、頑強さは中々。

 使い勝手も悪くありませんでした」

「……!」


その提案を聞いた老ヤウーシュは、戦士の頬を張った。


「ッ!?」


戦士が瞠目する。

老ヤウーシュが声を荒げた。


「戯けがッ!! 使ったのか!? いつだ!!」

「……前回、街へ出た折に」

「異種族の利器など使うなと言ってあるだろう!

 あれはヤウーシュの伝統を汚すものだ! 真の戦士の魂とは本物の武器にこそ宿る! 儂の教え、忘れたかッ!!」

「……申し訳ありません」


戦士が頭を下げる。


その時、集落の方から歓声が聞こえた。

地竜を恐れて息を潜めていた住人たちが、討伐された事を知って一斉に外に出て来たのだ。


一先ず集落に向けて歩き出す老ヤウーシュ。

戦士もそれに続いた。

老ヤウーシュが語る。


「恐らく次の氏族長はシャーコになるだろう。だがあれはダメだ。伝統を軽視し過ぎる。

 だからこそお前たち次代のヤウーシュが、古き良き伝統を守っていかねばならん。努々ゆめゆめ忘れるな」

「……肝に銘じます」


集落へと戻って来た老ヤウーシュと戦士を出迎え、称賛する住人たち。

その中にひとり、少年のヤウーシュがいた。


「やったね、兄ちゃん!!」


この地へ共に来た、戦士の弟――戦えない為に集落で待っていた――だった。

走り寄って来た少年が、勢いよく戦士へと抱き着く。


「兄ちゃんすっげーや! 俺も大きくなったら、兄ちゃんみたいな戦士になるんだ!!」


興奮しきりの少年に苦笑しながら、優しくその頭を撫でる戦士。


「そうだな。お前ならなれるさ……クァマーセ」

「ははー、こりゃまた懐かしい」


戦士と、それに抱き着く少年。

その真横に、スーパーハイパーエリート上級戦士であるクァマーセが立っていた。


クァマーセは腕を組み、おとがいを撫でながら目の前の光景を観察している。


「これは……兄貴が地竜退治した時か」


クァマーセは周囲を見回した。

戦士も、少年も、老ヤウーシュも、住人たちも。

誰もクァマーセに反応しない。


「ははーん。さてはこれ……夢だな? で、俺は何でこんな夢を見てるんだ? 俺は確か……」


あてもなく歩きながら、クァマーセは思い返す。


「確か戦ってる最中で……そう、婚闘だ。カニィーエと婚闘してて……あ、ちょっと待て!?」


クァマーセは慌てて周囲を見回す。

世界の全てが色あせて、その動きを止めていた。


「これアレか!? 死ぬ前に見るっていう……うおおお俺は死なねェぞ!? 俺起きろ俺起きろ俺起きろ――」


ボコボコボコボコ。

両拳で自分の顔面を叩くクァマーセ。

そして――





「――俺起゛き゛た゛!!」


――クァマーセは覚醒した。


天、地、天、地。

視界がグルグルと回っている。

クァマーセは今、錐もみ状態で空中を水平に飛ばされている最中だった。


かなりの高さ。

地上を見れば、拳を振り上げた状態のカニ江が見える。

アッパーカットを喰らった直後に失神して、ここまで打ち上げられる間に白昼夢を見ていたらしい。


程なくして、お空飛んでるクァマーセが放物線の落下軌道に入った。

このままでは地表に激突してしまう。


(う、受け身の準備を……)


クァマーセは何とか落下姿勢を制御しようとした。

だが鉛の様に重い体が言う事を聞いてくれない。

さらに。


(あっ!?)


落下軌道の終点。

クァマーセが着地しようとしている場所に、それはあった。


(ピーちゃん!!?)


クァマーセの大事な相棒。

これから始まる栄光のビクトリーロード、それを共に歩む大切な仲間トロフィー


(だ、だめだーーー!!)


クァマーセは藻掻あがいた。

だがカニ江の放った、たった一発のアッパーカットでクァマーセは死にたいとなっていた。

クァマーセ、動けず。


(だめなのぉぉぉぉぉーー!!)


錐もみ状態のクァマーセ。

背中から地面に激突。


ピーちゃんはその運動エネルギーを受け止め、僅かながらクッションの役割を果たすと、粉々に砕け散る。

時間がゆっくりと流れ始めた。

飛び散っていく白い破片に向けて、クァマーセは必死で手を伸ばす。


(ピ、ピーちゃん……行っちゃダメだ……)


だが掴むことは叶わない。

破片は指の間をすり抜け、遠ざかっていく。


(サヨナラ……クァマーセクン)(裏声)


あんなに一緒だったのに(2時間くらい)。

不揃いな二人は今、辿り着ける場所など無いのさ(oh,I loss you)


(ミジカイ アイダ ダッタ ケド……タノシカッタ ヨ……バイバイ)(裏声)


あんなに一緒だったのに、初めて喰らうアッパーに。

不思議なくらい彷徨さまよわされてる(死線)、戸惑う程に。


(ピ、ピーちゃ……)


視界が暗転していく。

声が聞こえた。


――うわぁぁクァマーセさんが一撃でやられた!――

――やべぇ白目向いてる!――

――泡も吹いてるぞ! 病院だ急げ!――


薄れゆく意識の中で。

クァマーセは考えを巡らせた。


――あら……サトゥー君。待ってたわよ……――

――げぇ! カニ江!――

――うふふ……げぇ、だなんてご挨拶じゃなぁい? 私、ここで……――


サトゥー。

戦士サトゥー!

思えば、あそこでお前と出会わなければ――


そこまで考えたところで、クァマーセの意識は闇に沈んだ。

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