第2話「仕事を頼みたい」

無限に広がる大宇宙。

そこには幾つかの知的生命体が存在しており、それぞれの文明を築き上げていた。

彼らはやがて発達させた技術を駆使して生まれ故郷を離れると、星の海へと漕ぎ出す。

そして異なる文明同士は幾度かの遭遇と衝突を経て、『銀河同盟』を設立させるに至った。


銀河同盟を構成する種族は全部で5つ。

戦闘民族ヤウーシュはその一角を占めている。

ヤウーシュの中にはさらに氏族毎のまとまりがあり、そのひとつが『シフード族』。

そしてシフード族を率いているのが族長の『シャーコ』だった。


「まずいのう……」


シャーコは悩んでいた。

ボリボリと鋭い爪の生えた手で頭を描く。

ドレッドヘアーを思わせるその頭は毛髪ではなく多数の棘が生え揃っており、それらは放熱器官になっていた。


「ふぅ……」


シャーコは溜息をつきながら、椅子の背もたれへと体を預ける。


とある惑星にあるシフード族の活動拠点。

そこにある居城最上階の執務室で今、シャーコは財政問題に頭を抱えていた。


「どうしたものか……」


ヤウーシュ族の多くがその戦闘技能を生かし、他の種族から傭兵や用心棒として雇われる事で生計を立てている。

シフード族も例外ではないが、残念ながら近年の雇われ家業は赤字続きになっていた。

原因は明確だった。

護衛任務なのに護衛対象を放置して遊びに出掛ける。違約金。赤字。

輸送任務なのに運搬物資を紛失して遊びに出掛ける。賠償金。赤字。


戦闘に長けたヤウーシュ族だったが、残念ながら享楽的で刹那的で、思慮浅い者が多かった。

大抵は加齢と共に思慮深さが身に付いてはいくものの、現場を担当するのは若年のヤウーシュが多い。

かつては己もまた浅薄だった事を棚に上げ、その老ヤウーシュはうそぶく。


「まったく最近の若いもんは真面目に仕事もせんで! ……む?」


その時、シャーコの元に通信が飛び込んでくる。

銀河同盟を構成する五大種族が一角、『アルタコ』からだった。


執務室の中央に、通信相手の姿が立体映像として投影される。

映し出されたそれは『脳みそ』だった。

脳幹の位置から生えた多数の血管めいた触手を足代わりに、自立している非人型の種族アルタコ。

脳の各所には複数の目玉が備わっており、それらがキョロキョロと独立して動いていた。


その自立する脳みそが音を発する。


《チチチッチチッチチッ》

「む、いかん」


聞こえたのはクリック音。

アルタコは声帯を持っておらず、代わりに触手の鳴筋からクリック音を発して会話を行っている。

クリック音の長短で各単語を表現しているらしいが、それを聞き分けるには専門の訓練が必要だった。

シャーコはOFFになっていた解析アプリをONにする。


《――にちは、私たちの友達。勇敢なる戦士です、ヤウーシュ》


翻訳しての音声読み上げが開始される。


「おぉ久しぶりですな、えぇと」


シャーコの見ている立体映像には、解析アプリによる音声字幕と補足情報が表示されている。

ヤウーシュから見て、アルタコの個人識別は生えている目玉の数と位置で見分けるしか無い。とても無理だった。

シャーコは補足情報に表示されている名前を読み上げ、目の前のアルタコが誰なのかを把握した。


「……チッチチッチッチッチッ殿」


アルタコの知り合い、チッチチッチッチッチッ氏だった。

前回の『銀河同盟懇親会』で知己を得たアルタコだった。


《突然の連絡で、私は申し訳なく思います。我々は緊急連絡の必要に迫られました》

「おぉ、何かお困りごとですかな?」


機械翻訳特有のぎこちない文脈。

それを聞きながら、シャーコの脳裏には一筋の光明が浮かび上がっていた。


アルタコは現在、ヤウーシュにとって最大のになっている。

見た目の例に漏れず、最高の知性と最低の肉体を持ったこの種族は、肉体労働を積極的にヤウーシュに対して外注していた。

そんな相手からの緊急の連絡と来れば、の仕事を期待せずにはいられない。

或いは赤字を解消出来る程の。


《我が種族の民間船がエンジントラブルを手に入れ、惑星チッチチチッチッチチッチに緊急着陸をしました。しています。

 そこは危険な惑星です。幾つかの不明な脅威が彼らに接近しています。

 直ちに、急いで、救助が、救助の必要が、直ちに――》

「……チッチチッチッチッチッ殿?」


おかしな文脈に首を傾げるシャーコ。

その時、目の前のチッチチッチッチッチッが突然ジタバタと暴れ始めた。


《緊急の、緊急で、急いでおり、チッチッチチッチッ チッチチッ チッチチッ 翻訳不能、翻訳不能、翻訳不能》

「おおお落ち着かれよチッチチッチッチッチッ殿!?」


血管めいた触手を振り回すチッチチッチッチッチッ。


アルタコは非常に高い知性を持っている。

その反面、精神的ストレスに弱いという特徴があった。

他にも想定外の状況に置かれるとパニックを起す事も多い。

まさに今、目の前のアルタコがそうなっていた。


ジタバタというパニック動作がようやく収まり始める。


《翻訳不能、翻訳不能、チチチッチチチッチチチッ……大変失礼しました。私は取り乱していました》

「い、いえ、心中お察ししますぞ……」


落ち着きを取り戻したチッチチッチッチッチッによって説明が再開される。


《惑星チッチチチッチッチチッチは生命居住可能領域ハビタブルゾーンに存在する砂の惑星であり、大気の主成分は二酸化炭素です。

 激しい砂嵐が惑星全域を支配し、存在しない時間だけ止む事があります。

 しかしこの脅威は、対環境スーツの機能により無いものとして扱われます。それらは搭乗員が着用しています》

「ふむ、ひとまずは安心という事ですな」

《しかし惑星には凶暴な原生生物が生きています。

 それらが危険を生み出しています。生存者達に対して。

 この生きた脅威は、救助の為の私たちの努力をより複雑にしています。

 そしてより多くの時間が必要になります。この問題は私達を苦しめています!》

「……なるほど」


シャーコは通信に添付されているデータを確認する。

惑星チッチチチッチッチチッチに生息する原生生物のデータだった。


砂地に住まうヒト型爬虫類『スナギン』。

岩に擬態して獲物を待ち伏せる巨大蟹『ダイソウトウギザミ』。

地中を移動して獲物に襲い掛かる巨大ミミズ『チッチチチッチッチチッチリアン・デス・ワーム』。


アルタコがこれらの脅威に対抗するには、大型の陸戦兵器を惑星表面に降下させる必要があった。

しかし平和的な種族であるアルタコの常備軍は規模が小さく、即応能力も低い。

部隊を編成して派遣するには更なる時間が必要で、救助にはとても間に合わなかった。


それよりも、手早く実行出来る手段があった。

アルタコには出来ない肉弾戦でこれらの危険な原生生物を排除し、現地で安全を確保する戦闘のプロ。

彼らを雇い、派遣して、捜索し、要救助達を保護する。

戦闘民族ヤウーシュならば可能だった。


「……お任せを、チッチチッチッチッチッ殿。我が氏族より、上級戦士を派遣しましょうぞ!」

《あぁ、感謝を! 勇敢なる戦士です、ヤウーシュ!》

「わはははお任せくだされ! ただちに解決してみせましょうぞー!」

《その言葉は私を安心させます!

 報酬は直ちにこれらが用意されます! 謝礼が追加されます! それらはこれらです!》

「おほーー!」


チッチチッチッチッチッが提示した謝礼金額は、シフード族の財政問題を大いに好転させるものだった。

解決を請け負うシャーコ。

大いに安心して通信を終えるチッチチッチッチッチッ。


「ふぅ……さて」


シャーコは一息つきながら、椅子に持たれかかる。


突如として舞い込んだ明るい展望。

しかしそれを、ぬか喜びで終わらせない為には着実に仕事を成功させ、しっかりと報酬を受け取らなければならない。


「直ちに派遣する上級戦士を決めねば!」


シャーコはギャラクシーマップを立ち上げる。

執務室の中央に、銀河の星図が立体映像として投影された。

その各所には輝いている光点があり、それらは稼動可能なシフード族の戦士達を表している。


惑星チッチチチッチッチチッチに近く、かつ上級である事。

条件を絞り込むと、ひとりの戦士がヒットした。


「ふむ、クァマーセか。あやつに任せるとしよう」


シフード族の上級戦士クァマーセ。

実力はあるものの、仕事への熱意にムラっ気のある若者。

シャーコは早速クァマーセへと通信を入れた。

しばらくのコール音の後にクァマーセが応答する。


《うーっす、クァマーセっす。何か用っすか? 自分、今忙しいんスけど》


シャーコの目の前に、クァマーセの立体映像――胸像が半透明で――が投影された。


「うむ、クァマーセよ。用というのは他でもない、大口の仕事を頼みたいのだ! 惑星チッチチチッチッチチッチに急行し――」

《あー無理っスね》

「――急ぎ遭難したアルタコを救助し……何だと!?」

《だから今忙しいんス。 ちょっと無理っス》

「無理ッス、じゃない! 貴様は今フリーだろう!? 任務中でないのに忙しいもクソもあるか!」

《あーちょっと、通信状態が! 超新星爆発で!》

「この戯けが! その宙域で超新星爆発など起きてはおらん!」

《通信が! アー!》


ブツリ、と通信が遮断される。

消滅するクァマーセの立体映像。


「……」


しばらく呆けていたシャーコが再起動した。


「あんクソガキが! おい! コラ!!」


通信要求を連打するシャーコ。

しかしシステム自体を落とされたのか、クァマーセ側からの反応は皆無だった。


「……あんクソガキャアーーー!!!」


かつて多くの好敵手を蹴り殺してきたシャーコの右足が、巨大な執務机を空中へと蹴り上げる。

数瞬の後、巨大なそれが床に落下した。

轟音。

建物が震え、天井からはパラパラと埃が落下してくる。


「な、何事ですか族長!!?」

「何でもないわァーーーー!!」


執務室の外からの声に怒鳴って答えるシャーコ。

経験を積んで落ち着きも覚えた。氏族長として日頃から冷静沈着を心がけている。

だがそんなシャーコの奥底にも、若かりし頃がそうであった様に、獰猛で好戦的なヤウーシュとしての本能が枯れる事なく宿り続けている。


「ふぅ……ふぅ……ふむ……」


しかし若い頃と違うのは素早く自省出来る事。


「はは、いかんいかん、ワシとした事がついカっとなってしまったわい」


シャーコはひっくり返った執務机を元に戻し、定位置へズリズリと引きずっていく。

そうしてから椅子にドッカリと座りなおし、再度ギャラクシーマップを立ち上げた。


「あのバカは後で処するとして、他の戦士を探さねば!

 大口の仕事だでな、向かわせる者は厳選せねばならん!」


戦士を検索する。

惑星チッチチチッチッチチッチに近く、かつ上級である事。


「……おらん」


他の上級戦士は稼動中か、或いは遠方。

惑星への近さで検索すると、今度は中級か下級の戦士しか居なかった。

やはり適しているのはクァマーセだけだった。


「……」


再度クァマーセへの通信要求を連打するシャーコ。

しかし相変わらず反応が一切無かった。

勿論、超新星爆発も起きていない。


「……キャオラァァ!!」


かつて多くの難敵を殴り殺してきたシャーコの鉄拳が叩き付けられ、執務机が大きく陥没する。

ズシンと衝撃が建物を揺らし、天井からパラパラと埃が落ちてくる。


「なな、何事ですか族長!!?」

「何もなァーーーー!!」


再度、執務室の外から聞こえた声に怒鳴って答えるシャーコ。


「フゥ……フゥ……下級戦士は言わずもがな、中級戦士でも不安が残る!

 報酬を、いや任務内容を考えると派遣する訳には……いや、待て。中級?」


その時、シャーコの目に留まったひとりの戦士が居た。

中級戦士のリストに名を連ねる、ひとりのヤウーシュ。


「……中級戦士『サトゥー』」

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