【眠れぬ夜のお供に】星屑の賢者と呼ばれて〜アラサーの異世界散歩録〜

チン・コロッテ

星屑の賢者のお仕事

第1話 星屑の賢者


「じゃ、ミーティングは以上。各自作業戻れー」

「はい」


 プロジェクトメンバーである八人がまばらにミーティングルームを去る。一人残り片付けをする僕の肩を、もみあげと髭の繋がった小太りな上司が叩いた。


「榎木。お前、進捗遅れてるぞ。お前には簡単なモジュール任せてるのだから、それくらい頼むぞ」

「えっ」

「給料に見合った仕事をしろ。いつまでも素人じゃ困るからな?」

「はい……」



 上司の厳しい顔を直視できず、僕は一人ミーティングルームに立ち尽くしながら、上司の後ろ姿を見送った。



 僕の名前は榎木慎也。二十七歳。大学卒業後初めて就職した商社はそうそうに潰れてしまい、ハローワークに行くも文系の僕に紹介されるのは派遣会社ばかり。

 三ヶ月が過ぎ失業保険が切れかけた頃、僕は手に職をつけたくて、やっと見つけた「文系も歓迎!初心者でも一から教育します!」と謳い文句に惹かれて、今のIT系の会社に就職した。


 しかし、碌に教育してくれることはなくて、仕事後に勉強するしかなかった。そのせいで寝る時間はあまり取れず、給料は安いし、ただでさえデスマーチも多く、僕は疲れ果てていた。



 いつもどこかで限界を感じながら、辞める理由もないから現状維持を続けるだけの日々。



 つまり、簡単に言えばどこにでもいる極々普通のサラリーマン。電車で周りを見れば、大方みんな僕と同じ顔をしている。

 でも、そんな僕には誰にも言えない秘密がある。それは——……。



 電車を降りて、コンビニに寄って一人の家に帰り、動画を垂れ流しながら飯を食って、歯磨きをしたら布団に入る。目を閉じて意識が薄れていく。

 すると……


 

「……さま……」



 暗闇の中で声が聞こえて、僕はゆっくり目を覚ます。目の前には、髭面の農夫のような老人が僕の肩に手をやり、優しく微笑んでいた。



「やっと起きなさりましたか、"星屑の賢者"さま。こんなところで寝ていたのでは体調を崩してしまいますぞ」


「あぁ、すまないね。ちょっと違う世界を旅していたようだ」


「そうでしたか。では、私はこれで失礼しますじゃ」


「えぇ、ではまた」



 老人が牧草を積んだ荷車を牛に引かせるのを尻目に、僕は「んーっ」と言いながら体を伸ばした。眼前には広い緑の丘陵地帯が広がる。どうやらこの景色を観ながら寝てしまったらしい。



「さて、そろそろ僕も行こうか。"星屑"を探しに」




 そう、僕の人に言えない秘密。それは——……




 僕は異世界で『星屑の賢者』と呼ばれている。





 これはそんな僕が異世界を旅するお話。

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