第050話


「暁斗さん、おじさん、こんにちは。海奏は?」


 知奈美ちゃんは挨拶もそこそこに、海奏を心配している。


「いま手術中。多分もうすぐ終わるよ」


「知奈美ちゃん、ひさしぶりだね。それと海奏の着替えのこと、申し訳ない。頼めるかな?」


「はい、任せて下さい」


 心強い助っ人が来てくれて、俺もホッと安堵する。


 さすがに部長と二人で長時間はきつかったからな。

 


 それから30分ぐらい経っただろうか。


 手術室の「手術中」の赤いランプが消えた。


 ドアが開いて、海奏ちゃんを乗せたストレッチャーが出てきた。


「海奏」「海奏ちゃん」「海奏っ」


 俺たち3人は、海奏ちゃんに駆け寄った。


 麻酔が効いてるのか、スヤスヤと眠っている。


 心なしか顔色が悪く見える。


 すると奥から執刀を担当した先生らしき人が出てきて、説明をしてくれた。


「麻酔が効いてますからね。あと1時間は起きないと思います。それと患部は問題なくきれいに摘出できました。術後の問題がなければ、おそらく3-4日で退院できますよ」


「先生、ありがとうございました」


 篠原部長は腰を折って、執刀医の先生に頭を下げた。


 俺たちもそれにならう。


「腹腔鏡手術なのでお腹に3ヶ所穴を開けましたが、小さい穴ですし若いですから。すぐに目立たなくなると思いますよ」


 3ヶ所もお腹に穴を開けたんだな。


 海奏ちゃんのお腹に3ヶ所穴を開けられたことを想像すると、俺は背筋が凍る思いだった。



 俺たち3人は、ストレッチャーを運んでいく看護師さんたちについていく。


 エレベーターで一般病室の階に移動して、4人部屋の病室に入った。


 海奏ちゃんは看護師さん3人がかりで、病室のベッドに移される。


 お腹にはまだ管がついていて、痛々しい。


「山中くんも知奈美ちゃんも……もし急ぐようなら帰ってもらってもいいからね」


「えっと、はい。でも……海奏ちゃんが目を覚ますまで、いてもいいですか?」


「ウチもそうしたいです」


「そうか。じゃあそうしてやってもらえるかな。それで皆で一緒に一旦帰ろうか? それで……知奈美ちゃんには悪いんだけど、あとで海奏のマンションに寄ってもらって海奏の着替えの用意をお願いできるかな? 私はそれを持って、またここに戻ってくるようにするから」


「はい、わかりました。そうして下さい」


 俺たちは海奏ちゃんのベッドを囲んで、そんな話をしていた。


 海奏ちゃんはまだ、白雪姫のように眠っていた。


 俺たちは姫が目を覚ますまで、少し話を続けていた。


 話題はこの間の学園祭の話になった。


 やっぱり俺と陸は浮いていたとか、そんな話をしていると……


「海奏?」


 部長が海奏ちゃんの顔を見て、そう口にした。


 俺と知奈美ちゃんも海奏ちゃんの顔を見ると……海奏ちゃんの目がうつろげに開いている。


「海奏ちゃん、おはよう」


「海奏、大丈夫?」


 海奏ちゃんは黙ったまま、ゆっくりと俺たち3人に視線を送る。


 少しすると……目の焦点が合ってきたようだ。


「お父さん。暁斗さん。それに……知奈美も来てくれたんだ」


「うん。海奏、どう? 痛くない?」


「多分まだ麻酔が効いてると思うけど……痛みは大分おさまったと思う」


 海奏ちゃんは弱々しい声で、ゆっくりとそう言った。


 手術前の痛みをこらえた辛そうな表情は消えていた。


 しばらくすると海奏ちゃんの意識も随分戻ってきた。


 表情も明るくなって、俺達となんとか普通に話ができるようになった。


「暁斗さん……本当にありがとうございました」


「うん、本当に大事に至らなくてよかったよ。じゃあ……そろそろ俺と知奈美ちゃんは失礼するよ。部長……お父さんはまた後で着替えを持ってきてくれるみたいだからね」


「着替えはウチがパッキングして持ってくるからね。なにか持ってきて欲しいものある?」


「……特に思いつかないや……」


「知奈美ちゃん。海奏ちゃんのスマホはここにあるんだけど、充電器を持ってきてもらえる?」


 俺は知奈美ちゃんにそう頼んだ。


 あの時さすがに、充電器までは頭が回らなかった。


「うん、わかった。充電器も荷物の中に入れるね」


 俺と知奈美ちゃんは、また明日お見舞いに来るからと海奏ちゃんに伝えた。


 弱々しく手を振る海奏ちゃんに後ろ髪を引かれながら、俺たちは病室を後にした。



 ◆◆◆



 翌日、俺は定時の5時15分に会社を一目散に飛び出し、電車を乗り継いで高橋総合病院を目指す。


 昨日俺たちは病院を出た後、部長の車で海奏ちゃんのアパートへ向かった。


 そこで知奈美ちゃんに部屋へ入ってもらって、着替えなどの一式をパッキングしてもらった。


 そこから俺は歩いて帰ったが、部長は知奈美ちゃんを家に送ったあと海奏ちゃんの着替えを届けに病院へ戻ったらしい。



 俺は高橋総合病院へ着くと、海奏ちゃんの病室へ階段を駆け上がった。


 病室へ着くと……海奏ちゃんのベッドのカーテンが閉まっている。


「えーっと……海奏ちゃん、暁斗です」


「あ、暁斗さん!」


 この声は知奈美ちゃんだ。


「ちょっと待って。海奏は今パジャマに着替え中だから。海奏、入ってもらっていい?」


「い、いいわけないでしょ! 暁斗さん、すいません。ちょっとだけ待ってもらえますか?」


「うん、わかった」


 カーテンの中から看護師さんらしき人の笑い声が聞こえる。


 おそらく着替えを看護師さんに手伝ってもらっているんだろう。

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