第028話

「でもヒドイんですよ。痩せるのは胸から痩せて、太るときはフトモモからお肉がつくんです。逆だったらいいのに……」


「とにかくもっと太らないと。よし、決めた! 海奏ちゃん推し活の一環として、『海奏ちゃんを太らせる作戦』を実行しよう」


「えー、何ですかそれ」


 海奏ちゃんは笑っている。


「とにかく海奏ちゃんに食べ物を食べてもらって、健康的に体重を増やしてもらおう。ブロイラーの鶏みたいにね」


 本当は「養豚場の豚」と言いそうになったが……。


「さっそく餃子追加しようか?」


「無理ですよ。そんなに食べられないです」


 俺たちがそんな話をしていると、注文したものが運ばれてきた。


 餃子は一皿に二人前乗せられていて、冷やし中華が2つ。


「うわぁ、美味しそうですね」


 海奏ちゃんが歓声を上げた。


 そこには色とりどりの具で装飾された、まるで芸術作品のような冷やし中華が登場した。


 チャーシューに錦糸卵、ほうれん草にキュウリにトマト。


 中央には半分にスライスされた燻製卵が鎮座している。


 餃子も少し小ぶりで食べやすそうだ。


 ニンニクの香りが食欲をそそる。


 俺も海奏ちゃんも、スマホで写真を撮った。


 俺はSNSは基本読み専で投稿はしない。


 海奏ちゃんは……今は理由があってSNSはやらなくなったらしい。


 二人とも記録用の写真だ。


「じゃあ食べようか」


「はいっ。いただきまーす」


 俺たちはまず冷やし中華へ箸を伸ばした。


 薄茶色の濃厚ごま味噌ダレがよく絡み、口の中に入れると胡麻と具材の旨味が合わさって、なんとも幸せな気持ちになる。


「んー、おいしいです」


「あー、美味いね」


 具材のチャーシューも味が染みていて柔らかい。


 きゅうりのシャキシャキ感も一体化して、歯ごたえも抜群だ。


 ただ……俺としては、ちょっと味変が必要だ。


 持ってきてくれるかな……


「すいません」


 俺は店員さんに声をかける。


「からしマヨネーズってありますか?」


「からしマヨネーズはないんですけど、マヨネーズならありますよ。お持ちしますか?」


「はい、お願いします」


 横で海奏ちゃんが、怪訝な顔をしている。


「マヨネーズですか?」


「うん。名古屋ではマヨネーズか、からしマヨネーズが冷やし中華には必須だよ」


「えー、そうなんですか? 初めて聞きました」


「やってみる?」


 店員さんが小皿に入れて持ってきてくれたマヨネーズを、俺たちはレンゲで取り分ける。


「うん、これこれ。やっぱりマヨネーズがないとね」


「……ちょっと不思議な味ですね。でもこれはこれでアリですね」


「でしょ?」


 よかった、とりあえず海奏ちゃんにも受け入れてもらえたみたいだ。


「餃子もいただきましょう」


「うん、食べよう」


 餃子もタレにつけて口に運ぶと……一口噛むと中からアツアツの肉汁が溢れ出し、俺は「熱っつ」と口に出していた。


 思ったよりニンニクが強くなくて、肉と野菜のバランスが取れている。


 これも美味い。


「餃子も美味しいですね」


「ああ、そうだね」


「暁斗さん、餃子って作りますか?」


「いや、自分で作ったことないな」


「私もです。いっつも冷凍餃子を焼いてます」


「あ、俺もそう。冷凍餃子、簡単でいいよね」


「はい。私、たまに鍋に入れたりしますよ。餃子鍋みたいな」


「あーそれ、いいかも。冬場は温まりそう」


「夏場はちょっと、きついですね」


 俺たちはそんな会話をしながら、ランチを堪能していた。


 いつもは一人でランチすることが多いが、こうして可愛い女子高生と一緒にランチとか……なんて贅沢なんだろう。


 海奏ちゃんは本当に美味しそうに冷やし中華を食べている。


 その幸せそうな顔を見るだけで、俺は嬉しくなった。


 俺たちはあっという間に冷やし中華と餃子を完食した。


 まだ外には人が並んでいるだろう。


 俺たちは席を早く開けることにした。




「本当にいいんですか? ご馳走になってしまって……」


「いいのいいの。だって社会人と高校生が一緒に食事をして、割り勘っていうわけにはいかないでしょ?」


「でも……」


「いいから。海奏ちゃんとのランチは、俺のご褒美でもあるわけだから」


「なんだかすいません。じゃあお言葉に甘えます」


「うん、甘えちゃって」


 俺達はそんな会話をしながら、ラーメン屋を後にした。


 俺は当然海奏ちゃんの分も代金を払ったのだが、店内で海奏ちゃんが「自分の分は払いますから」と言って、俺と押し問答があったりした。


 しかしさすがに海奏ちゃんに払わすわけにはいかない。


 俺は押し切って、全額支払った。


 といっても冷やし中華と餃子だから、それほどの金額ではない。


 推し活の費用と思えば安いものだ。


「じゃあ家具屋さんに行く前に、コーヒーでも飲みませんか? 私、ごちそうしますから」


「ごちそうはしてもらわなくていいけど……でもコーヒーは飲みたいかな? 冷たいやつ」


「じゃあスターボックスに行きませんか? 私、抹茶フラプチーノが飲みたいです」


「あ、いいね。スタボ行こうか」


 俺たちは駅を目指して歩いて行く。


 ちょうど駅前にスタボがあった。


 中に入って俺はダークモカチップ、海奏ちゃんは抹茶クリームのフラプチーノを頼んだ。


 食後でお腹がいっぱいなので、一番小さなサイズにした。


 俺がコーヒー代を払おうとしたが、「ダメですよ」と強引に海奏ちゃんが払ってしまった。


 俺はここは甘えることにする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る