第二章

第6話

 フォロバした後にしたことと言えば、御影こと夏影が上げたツーショットにいいねをすることだけだった。夏影も俺とのことはその投稿で、撮っていただけました! と大々的に付け足した後は、これと言って言及していない。

 俺にアクションを寄越すこともなく、オタク趣味を満喫しているようだった。俺はと言えば、呟きの数が減っている。

 何を言っても大丈夫だと豪語できそうな気持ちと、何を言ってもバレそうな不安が拮抗していた。実際のところ学校の話でもしなけりゃ、バレるわけもないのだ。俺と御影は交流があるわけじゃない。

 だから、些細なプライベートを呟いたところで、御影がハルキと晴明を結びつけることなどあるはずもないのだ。頭では分かっているが、心には時限爆弾を抱えているようだった。

 呟かないくせに、何かとSNSを開いてしまう。

 夏影がフラルトのファンで、ラノベもDVDもコミカライズにも手を出していることを知ったり、和菓子をよく食べていたり、驚くほど不気味な絵を描くことだったり。そんな何の益にもならない情報ばかりを仕入れてしまっていた。

 俺は夏影に深入りするつもりはない。妙なことを知りたくなかった。流れてくるジルカイの濃さを思えば、既に深入りしている気がするが。

 いや、ジルカイについては元より知っている。二条の同人誌を受け取っているし、何かと目にする機会を潰すこともしていない。だから、普段から触れているわけで、夏影のせいじゃなかった。

 ただ、夏影の性癖で流れてくるものは居心地が悪い。でも、爆弾を無視して生活するのも難しいわけで、俺は落ち着かない日々を送っていた。

 あれから一週間が経とうとしているのに、何たるありさまだろうか。今週分のアニメはたっぷり見たし、読みたかったラノベも読破したけれど。オタクライフを満喫しているけれど。それでも、どこにでも影が付きまとう。

 自分の身体にまとわりついている影ってどうしたら切り離せるんですかね?




「あのさぁ、いい加減聞いてもいいか?」


 菓子パンを片手に零すのは、徹平。大八木徹平だ。

 高校に入って友だちになったオタクなのだが、顔が途轍もなく整っている。金髪を肩ほどまで伸ばしてハーフアップのように結んで、ピアスをしている姿は陽キャだ。オタクと言われて想像するような地味な印象とは天地の差がある。

 そして、それはモテ具合にも波及していた。異様なほどモテる。ただ、こいつの性癖は褒められない。

 二次元のハーレム思想に染まりきっている重度のヤバいやつなので、現実でもその性癖を隠さずヤリチンをやっていた。オタクとクズのハイブリッドの人間関係は関与しないに限る。今日もどこかで可愛い女の子が泣いているかもしれない。

 そいつがしらっとした顔で首を傾げてくる。

 人が人なら糸目だろうに、徹平が持つと切れ長の瞳に様変わりと評判だ。ツリ目気味でもあるので、パーツだけを切り取ると割と鋭い。だが、バランスなのか調和なのか。徹平の輪郭に収まると、上質な彫像のようになる。何気ない仕草もさまになるのは、若干イラッとするが。

 口にすれば負け犬の遠吠えなので、底意は押し込んでおいた。


「何だよ。そんなにもったいぶって」

「晴明は隠し事下手くそじゃん?」


 たったそれだけで、ぎくりと胃が縮む。こちとら心当たりしかない。たとえば、目の端に座って、東と談話している御影だとか。


「ここ最近、なんか変だけど、どうかしたのか?」

「いや、まぁ……うん?」


 曖昧な語調になるのは、キャパを脳内思考に割いたからだろう。咄嗟に計算する。どこまで話していいものか、と。

 徹平を信用していないわけでもないし、嘘をつきたいわけでもない。だが、事は俺のことだけに留まらないのだ。しかも、あちらは気がついていない情報である。

 御影と互いに共有して秘密にしているなら、ここはひとつ内密に、と漏らす道もないわけでもなかった。徹平は股は緩いし口は回るが、人様のことを面白おかしく吹聴したりはしない。それくらいの信用はあったが、他人のことをべらべら喋るわけにもいかなかった。

 俺が心算しているのを分かっているのか。徹平は菓子パンを咀嚼しながら、俺の言葉を待っていた。

 反応が曖昧に過ぎて答えようがないだけだろうが、それにしても急かさない。こういうところが気遣いとして加点されているのだろう。容姿の良さだけでは、ハーレムなどという悪魔の所業はできるものではない。

 まぁ、どれだけ気遣いができても、そのうち刺されそうなことに変わりはないが。


「コスプレ趣味がバレたっていうか?」

「誰に?」


 ひょいっと肩を竦める。これは、二条が話を濁すときに使う癖だ。変なところで感染しているが、それっぽく見せるには都合が良かった。


「なるほど? 言えない、と。その誰かには、晴明だってのもバレてんの?」

「まったく」

「じゃあ、何もバレてないのと一緒だろ」

「でも、こっちは相手の正体を知ってるんだよ」

「一方的に知ってしまってどうしよう、ってわけだ」


 今やオタクは全力で伏せるべきアングラな趣味ではなくなっている。らしい。というのも、そこまで人権のないような扱いを受けたことがないのと、自分がオタク周りでしか生活していないのとで自覚がなかった。

 たとえそうであっても、開けっぴろげる範囲があるのは承知している。そして、それは大抵のオタクが持ち得ているらしい。

 徹平だって、相手のことを探りたくない俺の心情諸々を理解したようだ。あっさりまとめられて、深いため息が零れた。漏れ出た分萎れたように、机に上半身を預ける。

 徹平の苦笑いが頭上から落ちてきて、ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫で回された。


「おい」

「いやぁ、へこんでるときはこういうのがいいかと」

「ヒロインがやってくれるならな」


 何が悲しくて同性の友人にされなきゃならないのか。徹平は何が楽しいのか、ツーブロックの刈り上げ部分を撫でていた。物理的にくすぐったくてやめて欲しい。ぶんと腕を振って上半身を起こし、頬杖を突いた。


「そんなに悩むことか?」

「相互フォロワーになってる」

「何でそんな面倒なことになった?」

「向こうがこっちを知ってたんだ」

「待て、バレてないんだろ?」

「ハルキちゃんはそれなりに知名度あるんで」

「自分で言うなや。でもまぁ、そうか。界隈じゃ知られてるよなぁ。がらっと雰囲気変わるし、相手は気がつかないだろうし。つまり、ハルキとして知られて繋がっているだけってこと?」

「こっちが向こうを知っているのが疲れるんだよ」


 それだけなのだ。本当にそれだけだ。だから、俺の問題でしかないといえばそれまでだった。

 だが、影は消えない。何より、クラスにいるのだ。SNSを抜いたって、視界の端にちらつく。どうしたって、忘れられないという恐ろしい事態だった。実害などないというのに、どうしてこんな心労を抱え込む羽目に陥ったのか。

 あの大学生二人のせいにして恨んでしまいたい。

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