#06 少年の童貞コンプレックス



 雨の日に相合傘をして帰った日を境に、なんだか六栗の態度が変わった。


 以前の様なフレンドリーな態度に戻ってる。

 そして、学校でも違うクラスの俺の所にしょっちゅう来ては話しかけてくるし、塾の帰り道もよく喋ってくれるようになった。


 あの相合傘の時間で、六栗の中で何か心境の変化が起きたのだろうか。



 それはつまり・・・


 俺に振られたこと、もう吹っ切れた?

 俺みたいなエエ格好しいで女々しくてビビりなクセに自分を振った男のことなんて、いつまでも好きな訳ないよな。


 悲しいけど、これは自業自得。

 全部、俺がやらかしてしまった結果だ。

 いくら悔やんで今更六栗のことを想っても、何もかもが全て後の祭りで手遅れなんだ。



 でも、六栗って凄いよな。

 吹っ切れたからと言って、自分を振った男に向かって「フラれちゃったけど、ケンくんと私は幼馴染だもんね!今まで通り仲良くしようね!」って言えるんだもん。

 陽キャだからとか関係なく、マジですげえよ。あんな風にニコニコ笑って言えるなんて、俺にはとてもじゃないけどそんなことは無理だ。



 っていうか、俺と六栗って幼馴染なの?


 一応、小学校入学した頃から知ってるけど、俺と六栗が真面に会話するようになったのって、小5くらいからだよな。

 いつ頃からの付き合いだと幼馴染って言えるの?

 それに、今でこそ一緒に塾から帰ってるけど、学校だと一緒に帰ったことも無いし、一緒に遊んだこととかも無いよね?

 なのに幼馴染って言っていいの?

 近所で母親同士が仲良いみたいだし、そういう意味では幼馴染って言ってもいいのかな?


 しかし、幼馴染の定義が分からないが六栗がそう言い張るのなら、今の俺はそれを受け入れる以外の選択肢は無い。

 だから、この日から俺と六栗は、幼馴染という認識になった。


 でも、今更恋人にはなれないけど、幼馴染になれたのは結構嬉しい。


 いや、結構どころか、超嬉しい。

 家で夕飯食べてて、母に「ケンサク、ニヤニヤしながら食事するのは行儀が悪いわよ」って注意されてしまうくらい、自然と頬が緩んでニヤけてしまう。



 その後、幼馴染である六栗とは塾でも学校でも顔を合わせれば、俺からも話しかけて雑談程度なら出来る様に改善した。

 まだまだドキドキするし相変わらずテンパって失言したりもするが、バレンタイン以前の様な関係には戻れたと思う。


 因みに、俺も六栗も同じ高校を目指す。

 市内にある県立の豊坂高校だ。


 俺や六栗の家から比較的近くて、徒歩なら10程度で自転車なら5分圏内だ。

 但し問題なのが、偏差値が高く市内では人気も高い。

 県内なら上の中~下くらいだが、市内では偏差値一番高い高校だ。

 だから当然倍率も高くなる。


 俺は大丈夫そうだけど、六栗は担任から「厳しいぞ?もう少しランク下げたらどうだ?」と何度か言われているそうだ。


 そんな六栗が「ケンくん、私も豊坂高校行きたいから勉強教えて」って俺を頼ってくれて、エエ格好しいの俺は「分かった、いくらでも教える。一緒に合格出来る様に頑張ろうぜ!」と格好付けて一緒に勉強することを快諾した。



 夏休みに入る直前にそんな約束をすると、夏休みに入った途端、毎日の様に六栗の家に招かれて朝から夕方まで一緒に勉強をすることになった。


 友達の家にそんなに頻繁にお邪魔してるとウチの母が怒りだすんじゃないかと心配したが、六栗のお母さんから事前に聞いていた様で、特に怒られることは無かった。



 六栗の家、特に六栗の部屋は六栗の匂いが充満してて、いつまで経っても俺は慣れることが出来ず、いつもドキドキがハンパ無かった。

 しかも、夏場で暑いせいか六栗はいつ行っても家では薄着で、短パンで太もも丸出しで上もTシャツからブラジャーが透けて見えてしまっていた。


 六栗って、結構胸が大きいんだよな。

 サイズとかいくつなんだろう。

 凄く気になるけど、そんなこと聞いたらセクハラになるよな。

 折角関係改善して幼馴染になれたのに、セクハラが原因でまた関係が壊れたりしたら、今度こそ俺は大馬鹿野郎だ。


 でも、超気になる・・・

 どうしても六栗の胸をチラチラ見てしまう。



「ケンくんっておっぱい好きなの?ずっと気になってるみたいだけど」


「はいぃぃぃ!?そんなことないですけど!?胸なんて全然見てませんよ!?」


「いやだって、さっきからチラチラ横目でヒナの胸ばっか見てたじゃん。そういう視線、直ぐに分かるんだよ?」



 マジかよ・・・

 これは不味い。

 今度こそ本当に絶縁されてしまう。

 六栗との幼馴染関係はこの先もずっと続けたい。

 こんなところでまた拗れて疎遠になるのはもう嫌だ。


 ここは誠心誠意謝罪して許しを乞おう。


 俺は六栗に向かって正座して頭を下げ、「六栗様の仰る通りでございます。気になってしまい勉強に集中出来ずについつい見てしまいました。二度とこのような事が無い様に深く反省しておりますので、どうかお許し下さい」と謝罪した。

 今の俺は「許して欲しかったら足舐めろ」と言われれば、一切の躊躇を見せることなく舐めるだろう。それくらい真剣に謝罪した。



 しかし俺の土下座謝罪を聞いた六栗は、ゲラゲラ爆笑しながら「全然怒ってないし!むしろヒナのこと女子として意識してくれてるなら嬉しいし!」と言って、全然怒ってなかった。


「だいたいさ、我儘言ってウチまで来てもらって勉強教えて貰ってるのに薄着で居るヒナの方が悪いんだよ?ケンくんはなんにも悪くないよ?」


「いや、そうは言っても・・・」


 流石陽キャで人気者と言うべきか。

 日頃から周りのクラスメイトたちから注目を集めてるから他人の視線に慣れてて、童貞の俺のキモイ視線なんて全然平気だと言うことか?


 でも、今は違うだろうけど、一応俺って六栗が好きだった男だよな。

 それでも笑って居られる程、もうどうでも良い存在だと言うことだろうか。

 いや、六栗は「女子として意識してくれてるなら嬉しいし」と言っていた。

 これはまさかの、六栗はまだ俺を好きでいてくれてるということか?


 いやいやいやいや、俺はあれだけ酷い振り方した男だぞ?そんな願望まる出しの希望的な憶測してどうする。それこそ、童貞乙とか童貞の妄想キモイとか言われてしまう。




 その後も六栗の家にいつ行っても六栗は薄着で、俺にとっては苦行とも言えるお勉強会が続けられた。


 しかしそのお陰で、俺も鍛えられた。

 夏休みが終わるころには、邪念や煩悩を瞬時に滅却が出来る様になった。


 いくら俺の眼の前で薄着の六栗が豊満な胸をユサユサと揺すってても、そんな物に惑わされること無く三角関数の問題を解き続けることが出来る様になった。

 因みに、六栗の学力も大幅に向上して、六栗や六栗のお母さんから凄く感謝された。




 こうして夏休み中の俺たちの勉強会は、六栗の学力向上だけでなく俺のメンタルトレーニングにもなり、2学期以降は六栗相手なら多少のことでは動揺したりテンパったりしないようになった。







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