第七章 『オクテ』な探偵が真相を語る

「救急車のことは、後にして、まず、現場検証をしてみよう!実はこの場所は、校舎からも、運動場からも、外部からも、死角になっている場所なんだ……」

と、マサが謎解きを始める。

「そうね、こちら側に校舎の窓はないし、校舎と敷地を囲う塀が近いから、見通しは悪い。おまけに、低木とはいえ、植栽があるわね……」

「なるほど、犯罪者には、うってつけだな!」

「犯罪者?」

「そうよ!喫煙者が隠れて、タバコを吸ったりするには、最適かも……ね!」

「我が校の不良どものたまり場は、屋上と、この植栽のある場所なんだよ!ほら、この木の根元に、タバコの吸殻が落ちているだろう?」

と、マサが、低木の根元の地面に顔を覗かせている、タバコの吸い口を指差していった。

「なるほど、不良たちのたまり場ってことは、わかったわ!それと、今回の事件との関係は……?」

と、ルミが結論を急かした。

「じゃあ、次の現場検証に移ろうか。この真上の屋上に、ね……」

マサの言葉に、ほかの三人は無言で頷いた。

四人は、マサを先頭に、グランドの方向に足を運ぶ。新学期早々、グランドでは、スポーツクラブが、活動を始めていた。一番目立つのは、サッカー部だった。

「あら?ゴールキーパーのシンスケが、ジャイアンに叱られているわ!それと、サッカー部のエース、ミッドフィルダーのツバサも一緒よ!珍しいわね!ジャイアンは、学生時代は、ラグビー選手で、サッカーには詳しくないって評判なのに……」

と、サッカー部の練習を眺めていた、みどりがいった。

「ああ、練習のコーチは、OBの大学生がやっているよ!でも、あのふたりは、有力選手で、県の選抜メンバーに入ったそうだぜ!だから、『カツ!』を入れているんだろう……?」

と、ヒロが推論を述べる。マサがその言葉に被せるように、小声で話を繋いだ。

「それだけなら、いいけど、ね……」


「ふう、やっぱり屋上は寒いわね!風がよく通るし……」

屋上へ続く階段の扉を開けて、最初に飛び出した、みどりがいった。

空は晴れていて、雲はほとんどないが、北風が、山側から、校舎に向かって、吹き下ろしてくる。

左右を見回す。生徒の姿はなかったが、時計台の扉の前に、用務員の長谷川がいた。時計台の校舎ができて、半世紀が経過している。時々、時計が遅れたりすると、住民から、お叱りの電話が入るのだ。時計台の扉は、いつもは、南京錠がかかっている。生徒が無断で入らないようにしているのだ。その鍵は、校長室に保管されていて、長谷川は、苦情の電話があるたびに、校長室から鍵を預かり、時計台の針を修正するのだ。

ヒロたちも、時計台の中がどんなになっているのかは、知らない。

「長谷川さん!また、時計の修正ですか?ご苦労様です!」

と、マサが用務員の年寄りを労(いたわ)るように声をかけた。

「おう、探偵さんか!どうだった?謎は解けたかい?」

と、長谷川は笑顔を浮かべ、マサを『探偵さん』と、呼んだのだ。

「ええ、おかげさまで……」

と、マサも笑顔で答えた。

「おや?珍しいね!マサ君が女の子と一緒とは……。雪が降るんじゃないか……?ハハハ、まあ、若いってのは、いいよね!風が冷たいから、風邪引かないように、ね……」

冗談ぽく、そういって、長谷川は階段の扉に消えていった。

「探偵さんって、マサ君を呼んだよね?本名も知っているみたいだし、用務員さんと知り合いなの?」

と、その扉が閉まるのを見て、ルミが尋ねた。

「ルミ、マサ君は、とても礼儀正しくて、毎日登下校の時に、用務員さんに声をかけているのよ!挨拶は勿論、『ご苦労様です!』って、労いの言葉も、ね!それで、わたし、用務員さんに、あの子はなんて名前だ?って、訊かれたことがあるの……」

「ふうん、やっぱり、ヒロとは、デキが違うのね……」

「い、いや、『挨拶は、基本だ!』って、親父がうるさくて……。子供のころからの習性だよ!」

「さすが!刑事の息子だ!いや、そんなことより、長谷川さんに何か尋ねて、それが事件の謎を解く、きっかけになったのかい?」

「うん、実は、事件のあった前日、学校に電話があってね!『時計が狂っている。おかげで、大事な商談がダメになった!』って、苦情だったんだ。それで、長谷川さんが、時計台の中に入って修理というか、時計の調整を、時間をかけて、したそうなんだ……」

「事件の前日?あまり関係なさそうだね?」

「ヒロ!関係あるのよ!前日に起こった出来事が、事件の伏線になったのよ……ね?」

「そうだね……、君たちは時計台の中は知らないだろうけど、結構広いんだよ!時計を直している間は、扉は開いているんだ。だから、長谷川さんが、時計の文字盤にあがって作業をしていたら、誰かが、扉の中に入っても気がつかないんだよ。しかも、それが短時間ならね……」

「誰かが入ったのね?誰なの?我が校の生徒なのね?校則では、禁止されているわよね……?」

「まあ、その時点では、誰かは、特定できなかった。ただ、校則違反をした者がいるってことが問題なんだ!その時、ほかに変わったことが起きていないか……、それが校則違反を引き起こしたのではないか……と考えたのさ。屋上が、不良たちのたまり場になっていた、っていったよね?期末試験の前々日だから、一般の生徒は、屋上には来ない。特別な用があるか、不審な行動をする人間しか、その時間に屋上には、あがって来ないんだ……」

「わかるわ!何かを企んでいた人間が、長谷川さんが時計を直している時に上がってきたのね?」

「いや、長谷川さんが屋上に着いた時、屋上にふたりの生徒がいたそうだ!」

「不良がふたり、いたのね?」

「不良じゃなくて、一般生徒。というか、グランドが雨で、不良状態で使えなかった、あるクラブのメンバーだったんだ。不良じゃあなかったから、長谷川さんも、追い出さなかったそうだ……」

「クラブ活動?期末試験前は、禁止でしょう?」

「基本的には、ね……。でも、特別に大会とかがある場合は、短時間なら、顧問の先生に許可をもらえば、可能なんだよ!」

「野球部じゃあないわね?あと、グランドを使っているのは……」


「では、今から、僕が調べて、出した結論をお話します!」

寒風の吹く、屋上から、図書室に帰ってきて、四人はテーブルを囲んで腰をかけた。そこで、マサが解明を始めたのだ。

「君たちから、事件の調査を頼まれたけど、連絡がつかなかったから、僕は独自の調査を始めたんだ。君たちは、飛び降りた人間を探していたようだから、僕は、その時間に、救急車が出動した場所と、受け入れた病院を、調べたのさ。時間がないから、ちょっと、警察の力を借りたんだけどね……」

「ああ、お父さんが刑事だから……?それは、いい選択ね!それで、何がわかったの?」

「あの日、あの時間に、119番通報があって、一台の救急車が出動している」

「ほら、やっぱり、救急車がきたのよ!わたしの思い違いじゃあなかったでしょう?」

「でも、飛び降りた人間はいないのよ!誰が、怪我をしたのかしら?」

「みどりさんは、救急車の近づく音は聴いたけど、何処に停まったかは、見ていないよね?実は、救急車は、この隣の女子校に入ったんだよ!救急患者が出てね……、救急病院に運ばれた。まあ、事件とは直接関係はないんだけど、我が校には、いや、今回の調査の一部には、関係があるかな?まあ、救急車の調査はそこまで、我が校には、救急車はきていない。怪我人は、いなかったんだ……」

「じゃあ、やっぱり、イタズラだったのね?」

「イタズラするつもりは、本人たちにはなかったはずさ!切羽詰まった挙げ句の行動が、みどりさんに見られていて、自殺行為を演じた、かのように、勘違いされたんだ……」

「つまり、犯人はふたりなんだね?屋上と植栽のある場所とに、人間がいたわけだから……」

「そう、ふたり以上は、関わっているはずだ……」

「ふたり以上?三人目がいるのかい?」

「それと、その前日に、屋上にいたふたりが関係しているのね?」

「ねえ!ルミ、ヒロ!マサ君の話の腰を折らないで、名探偵の解明を、黙って訊きましょう……」


「救急車の調査で、我が校で、屋上から飛び降りた人間はいない、と、わかった。植栽の位置からも、みどりさんが見た学ラン姿の生徒は、落ちてきた人間ではない、と、結論が出たんだ。では、屋上と、植栽の場所で、いったい何が起こったのかを考えてみよう……。屋上と植栽のある場所に共通していることは、不良たちの溜り場だってことだ!そこで彼らが行っていることは、タバコの喫煙とか、教師に見つかっては、マズい行動だよね?」

「そうか!でも、溜り場だと先生たちが知ってしまったら、見回りに来るよね?特に、期末試験の前だし、ハゲタカは、不良たちの摘発に真剣だったから……」

「屋上は、特にマズいわよ!階段はひとつだし、時計台以外に、隠れる場所は、ないし……」

「ヒロ君やルミさんのご指摘のとおり、屋上にいた生徒は、悪さをしていて、ハゲタカか、ジャイアンに咎(とが)められる危険性があった。そんな時、彼らはどうするかな?」

「証拠の品を隠す?」

「でも、タバコはポケットに隠しても、身体検査で見つかるよ!それに、臭いが残る……」

「タバコは、屋上から下に捨てる!仲間がそれを回収して、証拠隠滅するのが、彼らの常套手段なんだ!臭いは、ガムと口臭防止のスプレーで、ごまかす……。現行犯でないと、処罰は難しいんだよ……」

「まって?屋上から、物を下に捨てる?もしかして、みどりが見た、自殺行為は、その証拠隠滅の行為だったの……?」

「でも、タバコくらいなら、物音はしないわ!わたし、何かが、落ちてきて、何処かに当たった音を聴いたのよ!」

「そう、真相に近づいたね?あの時、屋上から、かなりの重さのある物が、下に投げ落とされた。それは、前日、時計台に隠されていた物のはずさ。何故なら、期末試験前日のあの時間帯、雨が降り始めていた。タバコを吸いに、雨の屋上には、いかないよ!教師の目が光っている時間帯だしね!」

「つまり、前日、見られたら、ヤバい物を、用務員の長谷川さんが、鍵を開けて作業している隙に時計台に隠した。翌日、ほとんどの生徒が下校した時間帯に、それを取り出しにいったのね?」

「しかし、その日は、長谷川さんは時計台には行ってないぜ!鍵がかかっているから、中には入れないだろう?鍵は、校長室だから、黙って持ち出しは、できないはずだが……」

「そこで、ある人物の得意技が登場したのさ!」

「得意技?鍵を開ける?合鍵なしで……?」

「あっ!ヒロ、確か、不良仲間のシンゾウがいってたわ!桜井タカシは、錠前破りの研究を、しているって……」

「じゃあ、みどりが見た、屋上の生徒は、桜井だったのね?」

「それが、そうとも、いえないんだ。桜井は、時計台の南京錠を、針金のようなものを使って、解錠したんだ、誰かに頼まれてね。ただ、そのあと、その誰かと、最後まで一緒にいたかは、不明なんだ……」

「桜井に、解錠を頼んだ、『誰か(=Who)』が、前日、マズイものを時計台に隠した。それを回収するために、か……」

「その誰か、って誰なの?マサ君は、知っているんでしょう?」

「やっと、犯人は『誰か(=Who)』?という、本格派のミステリーに、なったわね……」


「用務員の長谷川さんに頼んで、時計台の中を、見せてもらったんだ……」

と、マサが捜査を回想するようにいった。

「ああ、それで、長谷川さんがマサ君を『探偵さん』って呼んだんだね?」

「うん、まあ、そういうことかな……?それで、時計台の中で、こんなものを拾った、というか、見つけたんだ……」

そういって、マサは学生カバンから、半透明のプラスチックのシートを取り出した。それには、二つ折りにした、雑誌のグラビアの一ページが挟まれていた。

ルミが、それに手を伸ばす。

「あっ!ルミさんは、ダメだ!ヒロ君に、確認してもらったほうが良いんだ……」

と、マサが手にしたものを、ルミの前から引っ込めて、ヒロのほうに差しだした。

「何で?チラッと見えたけど、外国人の男性の写真……よね……?」

と、ルミが、不思議そうにいった。

「うん、男性の写真なんだけど……、ヒロ君でも、ヤバいかも……」

「なんだよ!ああ、外国人の男性の裸の写真か?胸毛が凄いな……」

ヒロが、シートに挟まれた、グラビア写真を受け取って、そういった。ただし、それは、半分に折られた、上半身の写真だったのだ。

「ゲッ!な、なんだ、これは……?」

と、シートを裏返して、ヒロが驚きの声をあげる。シートは、半透明だから、写真も鮮明には目に入らないのだが、それでも、そこに写し出されているものは、はっきり理解できたのだ。

「何よ?何、驚いているの?」

と、ルミがいった。

「だ、ダメだ!説明できない……」

「何よ?見せなさい!」

と、もどかしくなったルミが、シートをヒロの手から、奪い取ろうとする。

「ルミ!ダメよ!それ、ただのグラビア写真じゃあないのよ!たぶん、ポルノ写真……」

と、みどりがそれを征した。

「ポルノ写真……?」

「そうよ!しかも、無修正のやつ……。男性の下半身がモロに写っていて……、たぶん、裸の女性がそれを……」

「ゲッ!みどり君!何でわかるんだよ!これって、何なんだ……?」

「フェラ✕✕よ……。ヒロは知らないかもね……」

「わ、わたしも知らないわよ!でも、何で、無修正のポルノ写真があるのよ!しかも、我が校のシンボルの、時計台の中に……?」

「やっと、わかったわ!事件の全容というか、動機というものが……ね!」

「ええっ?みどり君が、名探偵になったのかい……?」

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