おっさん、魔法を失い拳で語る。

けーぷ

第1話 プロローグ

今でもよく夢に見る。15年前の話。


帝国暦675年・統一歴1737年。リーナス帝国最南端 サンガー平原。人類生存圏の最南端にして魔族領域との境界線。当時の俺は帝国が誇る最高戦力”天剣”の一人としてたまたまサンガー平原基地を訪れていた。


2年前の帝国暦673年・統一歴1735年に始まった人類と魔族の全面戦争、通称”人魔大戦”も開戦当初こそ魔族側の大規模奇襲攻撃により劣勢を強いられていた人類側だったが、リーナス帝国を中心に成立した大陸諸国連合軍や俺たち天剣の活躍により人類側の優勢が確実な状況となっていた。


人類生存圏南西部では未だに魔族からの反攻が続いているものの、東部、南東部、そしてサンガー平原が存在する南部は人類側が抑えていたこと、そして魔族側の動きも見られなかったことから兵力の大部分を南西部へと回していた。


俺を含めて6人存在する天剣も3人が南西部戦線へ。残りの3人でそれぞれ南部、南東部、東部をそれぞれカバーするという配置になっていた。


そして南部のサンガー平原基地を担当することになった俺が”ババを引いた”ことになる。


「伝令!!!」


その日も特に何事もなく哨戒任務を終え、練兵場で兵士たちと軽い運動をし、昼食をとった後に基地司令部でコーヒーを飲みながら基地司令や各国の部隊長たちと情報交換をしていたときにその時は訪れた。


鬼気迫る表情をした下士官が司令部に飛び込んでくると同時に、


「サンガー平原南端部に突如として魔族軍が出現!!!その数5万~10万、複数師団どころか複数軍団規模の大規模侵攻です!!!」


この報告を聞いた司令部にいた全員が即座に動き出す。基地司令は即座に第1種戦闘態勢を発出しつつ、非戦闘員を速やかに基地から脱出させた。それと同時に間に合わないと知りながらも各地に援軍・救難支援を要請。


サンガー平原基地には3000人の兵力しか存在しない。これはやや人数は少ないものの一個旅団規模であり、基地の防衛戦力としては決して少ないものではない。仮に侵攻側が師団規模だったとしても攻撃三倍の法則に則れば守りきれる数字となる。


そもそも敵の主力は南西部戦線に集結していたことから、まさか敵方にまだこれだけの兵力を複数戦線で動員できるだけの体力が残っていたこと自体が驚きだった。当初は3000人でも多いのではないか?と考えられてた程であったが、地政学的な要衝であったことからこの規模が維持されており、さらに保険として天剣まで配置されていたのだ。


南西部戦線自体が敵の陽動だったのか、あるいはこちら側の情報に不備があったのか。いずれにせよ俺たちがいるサンガー平原基地は絶望的な状況に置かれていることは間違いがなかった。


さらに悪いことにこのサンガー平原基地をあの敵の数で抜かれると北側に広がる人類生存圏に対して魔族軍が複数の侵攻ルートを取りうることから、なんとしてでもこの基地を守り切る必要があった。


正確に言うのであれば増援が来るまでこの基地を維持する必要があった。たとえ全滅することになったとしても。


そして地獄の日々が始まることになる。


三日三晩にもおよぶ攻城戦が続き、多くの仲間が死んだ。


”魔法の天才” ”全属性使い” と呼ばれていた当時の俺は、この世界に転生してきてから幼少時より増やし続けてきた魔力と前世知識を用いた大規模攻撃魔法を得意としており、それらを用いることでこのサンガー平原基地攻防戦にて八面六臂の活躍をすることになる。


この戦い以前の俺は転生してきたこの世界に対して今ひとつ実感が湧かないというか、現実感が無いような、まるでゲームをプレイしているかのようなそんな感覚があった。


こちらの世界で15歳で天剣となって魔族軍との戦闘を重ねる中でも本格的なピンチになることもなくトントン拍子でここまで来てしまった。それが恐らく良くなかったのだと今では分かる。


サンガー平原基地攻防戦の緒戦では俺を中心とした小規模部隊で先制攻撃をしかけることで敵の出鼻を挫くことに成功したがその後はひどかった。こちらに天剣の俺がいるとわかった後は敵方は俺を執拗に狙い、そして味方は俺を守るために多くの人が死んでいった。


俺が天剣になる前からの同士にして親友。戦争の中で培ってきた新しい絆。元教官にして最愛の人。それら全てが失われた。


攻防戦が始まってから3日目。3000人いたサンガー平原基地の兵力も残り100人を割り、その周囲360度見渡す限りを敵の魔族軍に包囲されている中で俺も魔力が枯渇し、体力も限界を迎えていた。


しかし敵への反抗心、世界の無情さに対する悲しみ、失った苦しみ、そして何よりも大切な人たちを守れなかった自分自身への怒りを契機にしてついに俺は世界の真理の一つにたどり着く。


・ ・ ・


サンガー平原基地の中心部。籠城し、いよいよ最後の時を迎えるかと諦めと開き直りの境地に至った兵士たちの目前でその奇跡は実現した。


今ではボロボロになっているが、元は白を基調とする重厚な戦衣装を身にまとった史上最年少で天剣の地位にたどり着いた少年から膨大な魔力が溢れ出し、そして天に昇っていく。


「魔法式並列演算。火属性 第九階梯魔法 神の炎、水属性 第九階梯魔法 女神の涙、土属性 第九階梯魔法 創世の地響き、風属性 第九階梯魔法 全てを消し去る嵐」


魔法は基本四属性の火、水、土、風を中心として成立するこの世界の理である。全ての魔法は先人たちによって体系化されており、もっとも簡単な火属性 魔法 着火などは第一階梯に属する。そこから難易度に応じて階梯が上がり人類が到達していた最高の魔法は第九階梯魔法とされていた。


そしてその限界をまさにこのとき”天剣” ”魔法の天才” ”全属性使い” ウェストニア・ベルファストが人類史上初めて打ち破る。


サンガー平原基地上空には各属性を象徴する色に染まった巨大な四つの魔法陣が出現。そしてその全てが重なり一つの白い魔法陣となる。


「無属性 第十階梯魔法 始原の光」


世界を照らす眩い光とともに、サンガー平原基地を囲む10万にも及ぶ魔族軍は消滅した。


その後のことを簡単に。


ウェストニア・ベルファストによる第十階梯魔法により勝利した人類側は南西部戦線でも敵の撃退に成功。魔族軍も大きな痛手を被ったことから実質的な停戦状態となる。


”英雄”ウェストニア・ベルファストは第十階梯魔法の行使と共に意識不明の重体に陥るが一命を取り留める。しかしあまりにも無茶な魔法式を行使した彼の魔力回路は焼ききれており彼は魔法を失った。


その後、魔法を失ったウェストニア・ベルファストは天剣の地位を皇帝に返上し、戦後の喧騒の中でいつしか彼は帝国から姿を消し、世間からも忘れ去られることになる。


・ ・ ・


そして15年後。帝国暦690年・統一歴1752年。


リーナス帝国から遠く離れた人類生存圏東端に位置するフィアール王国の中でも辺境の開拓都市アルテアにて。


32歳のおっさん、”剛拳のウェス”は今日も一人でモンスター狩りに勤しんでいた。


これは全ての魔法チートを失った異世界転生おじさんが年齢的にも再びおじさんになり、そして己の身一つで再び世界のために立ち上がる物語。

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