第27話 君は僕に似ているかもしれない その①
※
「遅かったじゃない、宇津呂!」
次の日。
僕が校門へ行くと、既に山田さんが待っていた。
妙だな。時間に余裕を持って来たはずなのに。
そう思って腕時計を見ると、まだ約束の一時より十分も前だった。
「山田さんが早すぎたんじゃない?」
「何言ってんのよ。こういう時は三十分前集合でしょ!」
そんなルール初めて聞いた。
「……で、山田さんの家はどこなの?」
「ちょっと待ちなさいよ。そんなことより先にあたしに言うべきことがあるんじゃないの?」
「え? えーと、本日はお日柄も良く……」
「挨拶しろって言ってんじゃないのよ! ほら、あたしを見て!」
山田さんが両手を広げる。
「うん……? 髪切った?」
「違うわよ! 服! 服を見て服を!」
「ああ、私服だね。制服じゃない」
「そうじゃなくて! もっと言うべきことがあるでしょ! どう、似合ってる?」
薄手のシャツの上に暖色のカーディガンを羽織った山田さんの私服は、確かに彼女のスタイルによく合っていた。
「……似合ってるんじゃない? いや、僕は似合っていると思うのだけれど、残念ながら僕は女の子の私服をあまり見たことがないから、あまりはっきりしたことは言えないんだよ」
僕が言うと、山田さんはやれやれとでも言いたげに目頭を押さえ、
「あんたに服の感想なんて聞いたあたしが間違いだったわ。さ、気を取り直していきましょう。ついて来て」
カーディガンのポケットに両手を突っ込み、山田さんは歩いて行く。
こうしてみると山田さん、かなり足が長い。ヒールのある靴を履いているからかもしれないけれど、さすが外国人の遺伝子が入っているだけのことはある。
僕が感心していると、不意に山田さんが口を開いた。
「あのさー、宇津呂」
「な、何?」
まさかふくらはぎのあたりをガン見しているのがバレたか⁉
「もし部活が出来なかったらどうする?」
よかった、どうやら違う用件らしい。
とりあえずは一安心だ。
「えっと、それどういう意味?」
「だって、仮にあの美澄とかいう人が入部しても、一人足りないわけでしょ? 部が出来ない可能性ってかなり高いんじゃない?」
「それはそうだけど、僕は諦めないつもりだよ。ろくでもない部活に入って放課後の時間を拘束され続けるのは絶対に避けたいからね」
「いくら諦めなくても、無理なものは無理よ。あたしは、次善の策ってのを考えておいた方が良いと思うわ」
「それじゃ、そう言う山田さんはどうするつもり?」
「そうねー、どこかの部活に入ろうかな。あたしはガンガムさえ見られればそれでいいんだからさ。アニメ研究会あたりが狙い目じゃない? あそこならアニメ見てても怒られなさそうだし」
山田さんにとってはそうかもしれない。
やるべきこととかやりたいことがある人はいいよな。
「僕には山田さんみたいに何かやりたいことがあるわけじゃないから。最悪の場合は適当な部に入部届だけ出して幽霊部員になろうかな」
「そうするくらいなら、あたしと一緒にアニメ研究会に入りなさい。ガンガムを知る同志がいてくれた方があたしも心強いし」
アニメを見るだけの部員が一気に二人も入ってきて、アニメ研究会は大丈夫なんだろうか。大体、結局部活に行かないのならどうでもいい部活に入るのとあまり変わらないような気もするけど、せっかく山田さんに誘われているのだからわざわざ断ることもない。
「……アニメ研究会の人たちが許してくれるなら、そうするよ」
熟考の末に僕が言うと、僕の前を歩いていた山田さんはくるりと振り返って、蒼い目を細めながら満面の笑みを浮かべた。
「決まりね! 約束よ!」
「ああうん、約束……」
こんな約束しちゃっていいんだろうか。
まあいいか。僕が部を作れば問題ない話だし。
「ということで、ここがあたしの家よ!」
山田さんが立ち止まり、背後に立つ家を両手で指す。
それは、レンガ風の外装が施された洋風の邸宅だった。屋根には煙突までついている。
「へー、ここが」
「そう。ほら、上がって上がって! あたし友達なんて呼ぶの初めてだから楽しみだったんだー!」
軽い足取りで山田さんは玄関を開け、家の中に入って行く。
僕もその後に続いた。
玄関には靴を脱ぐところがあった。よかった、そういうところは欧米式ではないらしい。
「山田さん、ご両親は?」
「今日二人とも帰ってこないの。だから、気にしないでくつろいで。あたし飲み物取って来るから適当に座ってていいわよ」
玄関からすぐだだっ広いリビングに繋がっていて、そこには巨大なソファと巨大なテレビが置かれていた。
こういうサイズ感、なんとなく外国って感じがする。天井も高いし。
テレビの前には写真立てがあって、仲の良さそうな家族の写真が飾られていた。真ん中で笑っているのが恐らく小さい頃の山田さんで、その両脇に立っているのがご両親だろう。
すごい、みんな金髪だ。カルチャーショックを感じる……。
「パパとママは外国語も喋れるんだけどね」
コップ二つとジュースのペットボトルを片手に、山田さんが戻って来た。
彼女はソファの前のテーブルにそれらを置くと、テレビに備え付けられたディスクドライブに映像ディスクを入れ始める。
「家では二人とも日本語しか使わないから、自然とあたしも日本語しか分からなくなったってわけ」
「へえ、そんな複雑な事情が」
山田さんが小さく笑う。
「複雑だなんて思ってないくせに。あんたって時々適当なこと言うわよね」
「あー、ごめん。癖なんだ」
「ガンガムに免じて許してあげる。ほら、座って」
ソファに座った山田さんが、彼女の隣に置かれたクッションをバシバシ叩く。
あそこに座れということだろうか。
断る理由もなかったので、僕はとりあえず山田さんの隣に座った。ちょうどテレビが真正面から見える位置だ。
それにしても大きいテレビだな。スピーカーまで外付けされてるじゃないか。
「そういえば、『ガンガム ~減光のパサウェー~』って劇場公開されたばかりだよね? もうソフト化されてるの?」
「うん。初回限定版を予約しておいたの。特典で脚本と絵コンテの複製がついて来たけど見たい?」
「勿論。ぜひぜひ」
「後で見せてあげるわ。ただこの映画、監督は初代ガンガムのトミーよしゆきじゃないのよね。あたしとしてはそこだけが気になるところだわ」
言いながら、山田さんが難しい顔をする。
「このアニメってさ、近くの映画館じゃ上映されなかったんだったよね、確か」
「そうよ。わざわざ遠くまで観に行かなくてもいいかなって思ってたんだけど、映像ソフトが一般販売されちゃうと、どんなに興味のない内容でも同じシリーズのアニメってだけでつい買っちゃうのがオタクの悲しいところよね」
テレビ画面には映画のオープニングが流れ始めた。
僕らはいつの間にか喋るのをやめて、映像に集中していた。
※
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