第24話 何もしない部へ愛を込めて その③
「ちょっと待ってください。ペンがこの辺に……」
あれ、ポケットにあると思っていたのに、中々見つからない。
どこに入れたかなあ?
「ほら、ペンが欲しいんだろ?」
幼い声とともに、一本のペンが差し出される。
「ああ、どうも……って、会長⁉」
「なんだなんだ、そんなに驚くことはないだろ。私だってこの学校の生徒なんだから」
見ればツインテールのロリ――もとい、僕らの高校の生徒会長が僕にペンを差し出していた。彼女の背後にはもちろん鈴仙さんも控えている。
「こんなところで何をしてるんですか?」
「散歩だよ散歩。学校の中で問題が起こっていないかパトロールしてるんだ」
会長は一瞬橘さんの方を見た……ような気がした。一方の橘さんはどこか遠くを見ていて、心ここにあらずといった雰囲気だ。
「へえ。パトロールだなんて生徒会も大変ですね」
「当たり前じゃないか。生徒みんなを幸せにしようとすれば、それなりに大変に決まってる。あ、ペンは後で返しに来てくれ。行くぞ、鈴仙」
「はい、会長」
そのまま会長と鈴仙さんは校舎の中へ消えて行った。
機会を伺ってたんじゃないかって思うくらい、めちゃくちゃタイミングのいい登場だったな。多分これは考えすぎなのだろうけど。
何はともあれペンは手に入った。
「美澄さん、ここに名前を書いてください……美澄さん?」
美澄さんは会長たちの去って行った方向を見つめたままぼうっとしていた。
数秒後、彼女は我に返ったように目を見開いて、
「――ふえっ⁉ あ、今、なんとおっしゃいました⁉」
「だから、ここに名前を書いてくださいって。何を見てたんですか?」
「い、いやっ、何も! 鈴仙副会長の後ろ姿なんて見てませんっ!」
「鈴仙さんを見てたんですか?」
「みっ、見てませんっ! たまたま私の目が勝手にあの人を追ってしまっただけですっ! それで、サインですかっ⁉ いくらでも書きますよっ!」
何かを誤魔化すように、ものすごい勢いで申請書に名前を書く美澄さん。
「書き間違わないでくださいね。予備はもらってないので」
「私は風紀委員ですよっ! 全校生徒の名前だって把握してるのに自分の名前を間違うわけないじゃないですか! 心外です!」
なんてことを口早にまくしたてる美澄さんだったが、不意にその手が止まった。
「どうかしましたか? まさか本当に書き間違っちゃったんですか? うわー、あれだけ自信満々だったのに、恥ずかしいですねぇ」
「ち、違いますっ! 間違ったわけじゃありません! ですが宇津呂さん、私のサービスはここまでです!」
「サービス? どういうことです?」
「確かに私はあなたの願いを聞いてあげると言いましたが、その効果が今この瞬間切れました! ここからさきは追加料金ですっ!」
「追加料金?」
永遠に無料だと匂わせておいて、良いところで課金を要求する。
それじゃまるで詐欺じゃないか。
「はい。ですから、私に名前を書かせたければもう一つ私のお願い事を叶えてもらう必要がありますっ!」
「清廉な風紀委員のやることじゃないですよ、それ」
「ううっ⁉」
美澄さんは一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直し、言った。
「も、もはやそんな言い分は通用しませんっ! いいですか宇津呂さん。私の願い事はただ一つ、鈴仙副会長と私を深い仲にしてくださいっ!」
おっと。
これは……。
どこからか百合の香りが漂ってきたような気がした。
※
「……というわけで、美澄さんを鈴仙さんとひっつけるための作戦会議を執り行いたいと思います」
僕ら四人は、そのまま放課後の空き教室に移動してきた。
橘さんは相変わらずの無表情で、山田さんはどうしてこんなことになったのだろうとでも言いたげな微妙な顔で、美澄さんはいたたまれないような様子でそれぞれ座っている。そして僕一人が教壇の上に立ち、黒板の前にいるという構図だ。
「えーととりあえず、何か意見のある人はいませんか?」
僕が言っても、当然誰一人として言葉を発しようとしない。
このままでは埒が明かない。
僕は救いを求めるべく橘さんを凝視した。
「……そんなに私を見つめてどうしたのかしら」
「誰も喋ってくれないので、橘さんに助けてもらおうと思って。大人の意見をお願いします」
「大人の意見と言っても、私に恋愛の経験はないのだから、役に立つ意見が出せるとは思わないわ。というか」
「というか?」
「完全に人選ミスね。私たちのコミュニケーションスキルはこの学校の中でもぶっちぎりの最下層よ。言ってしまえば、ここに集まっているのはコミュ障のトップエリートたちなのよ」
言われてみれば確かに。
どうして美澄さんは僕らに恋愛相談なんかしたんだ?同じ風紀委員の人に頼んでも良いはずなのに。
いや、待てよ。
美澄さんは毎朝校門の前で遅刻者をチェックしているが、一度たりとも他の風紀委員と一緒に仕事をしているところを見たことがない。
ということは恐らく、頼まなかったのではなく頼めなかったのだ。
なぜなら―――彼女もまた、僕らと同じようにコミュニケーションに問題のある人だから。
「美澄さん、もしかして友達いないんですか?」
「なっ⁉ 何を言ってるんですか宇津呂さんっ⁉ わ、私に友達がいないはずないわけない……」
「ああ、そうですか。いやすみません、ちょっと誤解していました。考えてみれば、風紀委員というきちんとした地位のある美澄さんに友達がいないわけがないですよね」
「……わけが、ないです」
美澄さんの声は消えてしまいそうなほど小さかった。
「え? 何ですか?」
「友達がいないわけがない、わけがないんですっ! じゃなきゃ宇津呂さんなんかに相談しませんっ!」
怒っているのか泣いているのか分からないような顔の美澄さんに睨まれる僕。
僕の予想は正しかったらしい。
まあ、この人もこの人で友達いなさそうだもんな。
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