第13話 何もしない部に、君と その④


「僕、知らなかったんですけど、部の設立には五人の部員を集めないといけないらしいんです。だから、僕と橘さんを入れてもあと三人は確保しないといけませんね」

「私は既にその部に入ることは決まっているわけなのね?」

「あれ、迷惑ですか?」

「いいえ、全く。それで、部員になってくれそうな人に目星はついているの?」

「いいえ、全く。僕には友達どころか世間話をするような相手もいませんから」

「…………」


 そ、そんな可哀相な物を見るような目を僕に向けないでください、橘さん!


 つーか、友達がいないという点ではあんたも同類じゃねえのか。


 いや、僕と橘さんで友達の数を争っても仕方がない。悲しいけど。


「ですが、部員に関しては大丈夫です。部活に入っていない生徒の名簿を入手してありますから、彼らに当たってみれば何とかなるはずです」

「用意周到ね。その名簿はどうやって手に入れたの? まさか一人ひとりに聞いてまわったわけではないでしょう?」

「当たり前です。僕にそんなことができると思いますか?」

「思わないわ」

「でしょーっ?」


 うう……自分で言ってて悲しくなってきた。


 だけど事実なのだから仕方がない。


「とにかく部員を集めなければいけないわけね。分かったわ。私も協力する」

「協力?」

「そうよ。一人よりも二人の方が効率いいわ。放課後はまた中庭に集合しましょう。いいかしら?」

「それはもちろん。でも、用事とか無いんですか?」

「部活をやっているわけでもないのに、放課後やらなければならないことなんてあるはずがないわ」


 なるほど、それは確かに。


 ふと隣を見ると、口を開けた橘さんの顔があった。


「どうしたんですか、そんな顔して」

「私、さっきお弁当箱と一緒に箸も落としちゃったのよね」

「それがどうかしましたか?」

「今、箸はあなたが持っているそれ一膳しかないの。だから、宇津呂くんが食べさせて」

「……いやー、やめておいた方が良いと思いますよ。僕、どんな病原菌を持っているか分かりませんし。それよりも僕が箸先を使って、橘さんが箸の持ち手の方を使ったらいいじゃないですか。そうすれば僕の唾液が橘さんの口腔内に侵入することもなくて安心ですよ」


 僕はこれで丸く収まると思っていた。


 少なくとも、女の子の口にモノを咥えさせるという事態を回避することができると。


 しかし、そんな僕の予想はあっけなく裏切られた。


「嫌よ」

「え、嫌ですか」

「だって、持ち手の方といえば宇津呂くんの手が触れている部分なのよ。あなたが前に手を洗ってから今までに何を触ったのか分からない以上、あなたの口が触れた箸先と手が触れた持ち手、どちらが不潔かは判断できないわ」

「そんな、僕が汚らわしいものでも触ったって言いたいんですか? 一応弁解させてもらいますけど、僕はアダルトビデオを見た後は右手だけじゃなくシャワーも浴びて全身を洗っているんですよ」

「いったい何の話をしているの? とにかく、私はお腹が空いているの。お腹と背中が引っ付くというか、背に腹は代えられないというか、今すぐに何かを食べないと具合が悪くなりそうなのよ。だから、早くして頂戴」


 そこから先は不可抗力だった。


 僕は唐揚げを一つ箸でつまむと、震える手でそれを持ち上げた。


「じゃ、じゃあ……入れますよ」

「あんまり焦らさないで。私、もう待ちきれないわ」


 思わず僕は喉を鳴らす。


 そして箸の先端を、大きく開いた橘さんの口の中に入れた。


 橘さんの舌の感触が箸を通して僕の右手に伝わった。


「おおっふ」

「ちょっと、気持ち悪い声出さないでよ」

「す、すみません、つい」

「早く、次のをちょうだい」


 唐揚げを咀嚼し、白い喉元を上下させながら飲み込んだ橘さんは、再び僕の方を向いて口を開けた。


 僕は逸る鼓動を抑えつつ、次は艶のある白ご飯を箸先で持ち上げた。


 白米を橘さんの口の中に入れた瞬間、僕は、彼女の唇の端から唾液が一筋流れ落ちたのを見た。


「⁉」


 思わず右手が滑る。


 そして、その右手に握られた箸はまだ橘さんの口の中にあった。


 滑った箸先は、必然的に橘さんの喉の奥にヒットした。


 橘さんの顔色が変わる――。


「うっ……」





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