第8話 風紀委員なのです その①
遅刻しないように目覚ましをいつもより早めにセットしておいた僕は、計画通り余裕をもって学校へ出発することができた。
これは、決して昨日遅刻したことを反省したわけではない。ただ思っていたより反省文が面倒だっただけだ。それに、朝のうちにやっておきたいこともあるし。
橘さんの家の前を通るとき、彼女に声をかけた方がいいのだろうかとも思ったが、よく考えてみれば僕は昨日橘さんに会ったばかりだ。あまり馴れ馴れしくしすぎるのも悪いだろう。別に付き合ってるわけでもないし――。
というわけで、いつもより二十分も早く学校に到着した。
まるで僕が優等生になったみたいだ。あとはこのまま生徒会室で用事を済ませて――。
「あっ! 昨日、校門の前で変なことしてた生徒ですね!」
「……?」
聞き慣れない声は、僕の背中の方から聞こえた。
後ろを見ると、そこに立っていたのは案の定僕の知らない女子生徒だった。
「ほほう、今日は遅刻ではないみたいで感心ですっ!」
セミロングの髪を一つ結びにした女子生徒は、満足げな様子で言う。
その腕には風紀委員の腕章が巻かれていた。
「あの、一つ言わせてもらいたいんですけど、僕には宇津呂無策って名前があります。校門の前で女の子と変なことをしていた生徒なんて呼び名は心外です」
変なことだなんて、なんか無駄にやらしく聞こえるし。
僕はただ、野外で橘さんのパンツを見たり胸を触ったり、くんずほぐれつしたりしていただけ……うわ、これじゃまるで変態だ。
「そうですか。では改めて言い直しましょう。宇津呂さんはきちんと遅刻せず登校できて偉いですっ! 私が褒めてあげますっ!」
「そりゃどうも。ところで、あなた誰ですか? 前にどこかで会ったことありましたっけ?」
「おや、私のことをご存じないですか? それはショックですねー、私は美澄香純。二年生です。毎日こうして校門の前で遅刻者をチェックしてるんですよ?」
「……へえ、それは変わった趣味をお持ちですね」
「ち、違います、趣味じゃありません! 風紀委員として皆さんに校則を守って頂くべく活動をしているんです! 目指せ遅刻撲滅ですっ!」
「そうですか。大変ですね。頑張ってください」
僕はそのまま立ち去ろうとしたのだけれど、風紀委員の女子生徒に二の腕を掴まれて引き留められてしまった。
「ちょっと待ってくださいよーっ! 私の話を聞いてください!」
「いや、僕、用事があるんですけど」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから! いいですよね⁉」
くっ! 女の子に迫られると断れない!
なぜなら僕は女性に対する免疫力が皆無だから!
入学以来、プリントの受け渡し以外で女子と関わったことのない僕の童貞力を甘く見ないでいただきたい!
「仕方ありませんね。美澄さんでしたっけ? 風紀委員のあなたが僕に何の用ですか?」
「失礼ながら、正確に言えばあなたに用があるわけではないのですがっ!」
そ、そうか。僕に用があるわけじゃないのか。なんかショックだ。
「じゃあ、何ですか。僕に用がないのに僕に声をかけるなんて、妙な話ですね」
「混乱させてごめんなさいっ! でも、大事な話なんです」
「大事な話?」
風紀委員の人が僕に大事な話って、一体何だろう。全然想像もつかない。
「この人のことを知っていますよね、宇津呂くん」
美澄さんが僕に見せたのは、一枚の顔写真だった。それも、橘さんの。
「ええ、まあ……」
「そうでしょうそうでしょうっ! この人のことで頼みたいことがあるのですっ!」
「でも、僕は彼女のこと、そんなに詳しく知ってるってわけじゃありませんよ? 例えばスリーサイズなんかは全然知らないし」
「すっ、スリーサイズっ!? それってあれですか、む、胸の周りのサイズとかってことですかっ!?」
「まあ……はい」
「は、破廉恥ですっ! 私はそんなことが知りたいわけじゃありませんっ!」
顔を真っ赤にして手足をばたばたさせながら美澄さんが叫ぶ。
スリーサイズって別に胸周りに限ったサイズじゃないだろうに……。
というかそもそも冗談のつもりだったのに……。
だけど男女平等が根付きつつある現代社会においては、相手がセクハラと感じたらセクハラなのだから、僕がいくら冗談を言ったつもりでも相手がそう思わなければ、それは冗談ではないのだろう。気をつけよう。
ところで、チンチン電車とかレマン湖とかエロマンガ島とか、微妙に卑猥に聞こえなくもない言葉はどうなんだろう。純粋にチンチン電車について語りたいのに相手がそれを下ネタとして認識した場合もセクハラになるんだろうか。日本語というのは難しいものだ。
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