得体の知れない懐かしさ

 重たい扉がゆっくりと音を立てて開いた。


 一挙に冷たい風が聖堂を駆け巡っていく。季節や地域差による気温の変化は、今となればどこも同じになってしまった。それも今の戦争が始まった結果だった。


「今日は、礼拝お休みなんですよ」


 扉の前に立っている少女に声をかけた。白いマントを羽織って黒を基調とするワンピース。目は赤く、髪は白く、どこか聖なるものを感じさせていた。しかし、雰囲気は真逆である。感じさせるものは邪悪な心を蝕むようなもの。悪魔が良く発している独特の感覚。


「あの、すみません、今日礼拝お休みなんですよ」


 急に体に力が入る。悪魔祓いのやり方は知っている、それでも、対抗できるかは定かではない。低俗なら対応は簡単だが、今感じているのは、この世にはいてはいけないほどの、強力な何かだった。戦わなければ、対峙しなければ。すべての神経が急激に緊張状態に入っていた。


 にもかかわらず、どこか懐かしく、暖かいものを心の中で感じている。昔に愛し合った恋人のような、懐かしく甘い落ち着く感覚。


 一向に彼女は動かない。空いた扉から少し内側に入って俺の顔をじっと見つめていた。マントの裾が小刻みに揺れている。呼吸が早いのだろうか、見つめながら苦しそうな表情を浮かべていた。赤い目が、一層赤く光っている。彼女は、泣いていた。


「あの…」


 彼女の心をあらぶらせてはいけない、そう感じた。ゆっくりと彼女のほうに向かう。足は、進むなと言わんばかりに重たかった。心は、早く向かえと言っている。真逆の感情を内に秘めて何とか前に進んでいった。


 近くで見る彼女は、思ったよりも幼い。7歳くらいだろうと見た目で判断した。やはり悪魔が発する感覚と似たものを感じる。一挙に全身鳥肌になった。じっと見つめる。やせ細って、苦しそうな顔をしながら、俺をみつめて泣いている。


「なんで…ないてるんですか?」


 恐る恐る声をかけてみる。悪魔に声をかけていいのかどうかは教えられていない。しかし、相手のことを受け入れなさいとは、教えの中に書いてある。


「…やっと、会えた…。

探してた。ずっと。

…待たせてごめんね…」


 彼女は、か細く、息絶え絶えに放った。

探していたとはどういうことなのだろう。


 ゆっくり裾で目をこすってゆっくりと彼女は俺のほうを見つめる。

そして、二、三歩離れた場所にいた俺に走りこんで、抱き着いてきた。いったい何が起こったのか思考が追い付くには少し早すぎる展開。


 抱き着いてきた彼女は、ゆっくりと全身の力が抜けたかのように倒れていく。とっさの判断で、強く俺も抱き寄せていた。一瞬にして、心が懐かしみを感じる。記憶の片隅に、思い出せない範疇外の何かが疼いている。


 座り込むような形で彼女は気絶していた。聖なる場所に彼女をいさせていいのかわからない。俺は、急いで自分の荷物を取りに行き、自宅へ帰ることにした。彼女を抱きかかえて。

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