02 死神降臨

 エルフの魔術によって転送された一団は、床の魔法陣が放った光に包まれたあと消失。

 異世界アストルテアのネイブルランドにある、城下町のはずれの広場に出現した。


 そこは地球からやってきた者たちを受け入れるために設けられた場所で、校庭のように広々としている。


 しかし転送魔術の障害によって揺れが発生したせいで、転送を終えた者たちは大地震の後のように倒れ込んでいた。

 マドカもそのひとりで「いててて……」と腰をさすっている。


「ったく、こんなに揺れるなんて珍しいし……ってかアユムっち、へーき?」


「マドカさんこそ大丈夫ですか?」


 その声は、マドカの頭上からした。

 見上げるとそこには、謎の男がいた。


 転送された者たちはみな衝撃に耐えられずに地面に伏しているというのに、その男だけは微動だにしなかった様子で佇んでいる。


 身体つきは大柄で筋骨隆々、漆黒のサーコートにマントという姿。

 広い肩幅から覗く腕は太くたくましく、がっしりとした体幹で仁王立ちしている。


 背中に二本の剣を担いだその姿は明らかにただ者ではなく、一言で言い表すなら『死神』。

 ジャックランタンの被り物をした死神であった。


 周囲の者たちはその佇まいだけで恐れをなし、腰が抜けた体勢で後ずさっている。

 想像とは真逆の人物がそばにいたので、マドカも思わず叫んでいた。


「だ……誰っ!?」


「誰って、アユムですよ」


「う……ウソつくなし! どっからどう見たって、ぜんぜん別人じゃん! アユムっちがしぼんだ風船だとしたら、あんたはふくらんだ風船みたいだし!?」


 マドカからそう言われ、男は「そうか」となにかに気づいた様子。

 手首にある腕輪を「こんなのしてたかな?」みたいに首を傾げながらさすっている。

 彼はしばらく思案するような素振りをしたあと、ジャックランタンのアゴに手を当てて言った。


「実をいうと、アユムさんに頼まれたんです。ちょっと急用を思い出したから、かわりにパーティに行ってくれと」


 ジャックランタンの中身はもちろんアユムなのだが、同一人物だと言っても信じてもらえなさそうだったので、その場しのぎのウソをついていた。

 通常であればバレバレのウソなのだが、地球のアユムとアストルテアのアユムがあまりにも違い過ぎたので、マドカは信じてしまう。


「え、マジで……? でも、急用ならしょうがないか。んじゃ、オジサンでいいし。パーティに行こっか」


「はい」


 日本はいま夜の8時だが、異世界であるアストルテアでは陽が天高く昇っている。

 青い空にはビルなどなく、中世ヨーロッパ風の建物や城がそびえ、遠くには霞む山々が見えた。


 特区、すなわちアストルテアはファンタジーロールプレイングゲームのような世界で、道行く人々の格好もゲームから飛びだしてきたかのよう。

 城下町のメインストリートは仮装パーティが行なわれていて、楽しげな音楽が聞こえてきていた。


 マドカはアユムの腕を掴むと音楽のほうに向かって歩きだしたが、その途中、アユムの足どりがやけにしっかりしていることに気づいた。


「もしかして、見えてる?」


「見えてはいませんが、まわりの様子は気配でなんとなくわかります」


「ふぅん、器用だね。まわりが見えてんのに転びまくってたアユムっちとは大違いだし」


 マドカはローブの懐から地図を取りだし、パーティ会場の場所を確認している。


「そういえば、マドカさんもそのパーティは初めてなんですよね」


「あ、そんなことまでアユムっちから聞いてるんだ。実をいうと、あたしは代理なんだよね。会場は繁華街にあるらしいんだけど……」


 向かった先は繁華街のはずれにある一軒の酒場。

 石造りの壁に、ランタンと木の看板が設えられた外観はいかにも異世界の酒場であった。

 しかし店の中からは、地球のクラブハウスを思わせる重低音のサウンドが漏れ聞こえている。


 マドカはアユムを連れて入店しようとしたが、入口に立っていたガタイのいい男たちに止められた。


「待て、そっちの男。この店じゃ武器は御法度だから、預からせてもらうぜ」


「わかりました」


 アユムは素直に背中の剣を外し、男たちに渡す。男たちはニヤニヤとそれを受け取った。


「いいぜ、楽しんでこいよ」


 この酒場では武器を渡したが最後、二度と返ってくることはない。

 しかしそうとは知らず、マドカとアユムは『スペシャルなパーティ会場』という地下室へと案内される。

 そこはパーティ会場というよりも、世にもおぞましい場所であった。


 天井からは毒々しい色のネオンが降り注ぎ、錆びた拷問器具を照らし出している。壁にはグラフィティとは名ばかりの下品な落書きがあり、黒く変色した血がこびりついてギラギラと光っていた。

 部屋の中央には、アユムと同じジャックランタンの被り物をした作業服姿の小男がいて、チンピラじみた若者たちに囲まれている。

 小男は血なまぐさい匂いと下卑た笑いに嫌な予感がしたのか、被り物を脱ごうとしていたが首に引っかかって脱げずにいた。


「ちょ、どこなんだここは!? それに、これはなんなんだ!?」


「ここは地獄の一丁目だよ! そいつはなぁ、いちど着けたら死ぬまで外れねぇ呪いのアイテムさ!」


「な、なんだって!? そ、そんなことをしていいと思っているのか!」


「そーだよ! 特区コッチじゃ、なにやったっていーんだよ! こんなことも、なっ!」


 チンピラのひとりが小男の腹を乱暴に蹴り飛ばす。小男は「ぐうっ!?」と身体をくの字に折って吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 そのときちょうど部屋に入ってきたマドカは血相を変え、アユムを置き去りにして止めに入っていた。


「ちょ、なにしてるし!? 楽しいパーティなんじゃねーの!?」


「そうさ……! これから最強に楽しいパーティが始まるんだよ……!」


 その声の主は部屋の奥にいて、黄金の玉座に腰掛けている。

 彼の背後にある壁には巨大な水晶板が設置されており、液晶スクリーンのように部屋の様子を映し出していた。


 王のようにふんぞり返る男は、金牙絶斗。数時間前にアユムをクビにした男である。

 傍らに腰巾着のように立っていたのは、アユムに残業を押しつけた後輩であった。


 マドカはふたりと面識があり、顔を見るなり「ウゲッ」となっていた。

 しかし魔女の仮面を被っているので、ふたりはマドカだと気づいていない。


 ゼットが中指を立てると、後ろの水晶板に挑発的な笑顔のアップが映し出された。


「『Zの最強チャンネル』の始まりだぁ! 今日は、オヤジ狩りをするぜぇ! 特区最強のZ様がやるオヤジ狩りは、もちろんフツーじゃねぇぞぉ! 今日もたっぷりと暴力の雨を降らせてやるぜぇ!!」


 周囲にいたチンピラたちが「うぇーいっ!」と盛り上がり、水晶板のコメント欄が一気に埋めつくされる。


>Z様の血の雨宣言キター!

>今日もまた死人が出るのか!

>クソ上司も殺して、Z様!

>全裸土下座希望

>ちょ、オッサンの家庭崩壊w


 場の異様なムードはどんどん加速していたが、ただひとりだけその流れに逆らう者がいた。


「楽しいパーティのバイトだっていうから引き受けたのに! ふざけんじゃねぇし! オジサン、帰ろっ!」


 マドカは仮面ごしの瞳に怒りの炎を浮かべながら、壁にもたれかかっている小男を助け起こした。

 しかし立ち上がったふたりの行く手を、ゼットが遮る。


「ヒューッ! おいおいコイツ、よく見たらすげーエロい身体してんじゃん! エサの女はずっとトリガラみてぇなのばっかだったのに! おっぱいもでけーし、太ももなんてむしゃぶりつきたくなるぜ!」


 ゼットはマドカの腰に手を伸ばそうとしたが、「触んなし!」と払いのけられてしまう。

 すると瞬間湯沸かし器のような早さでゼットの顔が赤くなる。額にビキビキと血管を走らせ、マドカの髪をむんずとわし掴みにしていた。


「い……痛っ!? なにするし!? 離せっ! 離せーっ!」


「や……やめなさい、キミっ! こんなことをさせるために、両親はキミを産んだんじゃないぞ!」


 ゼットは右手でマドカを、左手で小男を持ち上げる。もがくふたりの顔と、舌なめずりする顔が大写しになった。


「ぎゃはっ! 今日はオヤジ狩りとギャル狩りの、よくばりセットといくかぁ! いまからのこっちのオヤジをブチ殺しながら、こっちのギャルをブチ犯しまぁ~っす!」


>セックスの雨もキター!

>Z様のレイプはガチ

>クソ女上司も犯して、Z様!

>全裸土下座希望

>ちょ、ギャルの人生終了w


「ゼット様! 視聴者数がうなぎのぼりっすよ! 投げ銭もどんどん来てるっす! やっぱレイプは人気コンテンツっすねぇ! そーれ、レ・イ・プ! レ・イ・プ!」


 手を叩いてはやしたてる後輩、巻き起こるレイプコール。

 マドカと小男は恐怖のあまりすっかり取り乱していた。


「や……やめてやめて! やめてーっ! そんなこと、ぜってーさせねーし!」


「そっ……そそそ、そうだ! だっ、だいいちそんなことしたら、衛兵がだっ、だまっていないぞ!」


「ぎゃははは! なに言ってんだ! コッチじゃ正義は金で買えるんだ! 衛兵に金さえ渡しときゃ、人殺ししても捕まらねぇんだよ!」


「「そ……そんな……!?」」とハモるマドカと小男。


「おらおら、もっと泣け! 喚け! お前らが泣き叫ぶほど配信が盛り上がるんだ! ま、叫んだところで誰も助けちゃくれねーけどな!」


「た……助けて! 誰か! 誰かぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


「や……やめろ! こんなことはやめるんだ! お願いだ、やめてくれぇ!!」


 マドカと小男は声をかぎりに叫びまくる。しかし狂気じみたコメントと、投げ銭を増やすだけの効果しかなかった。

 そう、『ゼットの最強チャンネル』には神などいない。なぜならば……。


「この世界では、俺様こそが最強! 俺様こそが神! 人殺しだろうとレイプだろうとやりたい放題なんだからな! ぎゃはははは!」


 まさかにそれこそが常識であり、これまでの世界の法則ルールであった。

 しかし次の瞬間、それらは終わりを告げることとなる。


 ある男の、たったの一言によって。


けがらわしい……」


 その声は、背後からした。


 水晶のスクリーン。ゼットとマドカと小男の背後に、ぬうと大きな影が現れる。

 闇をまとったかのようなその人物に、コメント欄はプチパニックになった。


>うわっ、怖っ!?

>な……なにアイツ!?

>し、死神だ!

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