第5話 罠
「おはよう、ノア。よく眠れたみたいだね」
翌朝、いつもと同じようにリアムは微笑みながらノアに淹れたてのコーヒーを手渡してくる。
昨夜はベッドの上でタガが外れたように乱れたことを思い出すとノアは少々恥ずかしい気持ちになるが、それと同時にアンドロイドを相手に恥ずかしがっている自分が滑稽に思えてくる。
リアムにセクサロイドの機能を持たせたのはノアだ。
人付き合いが苦手なノアにも性欲はある。だが、生身の人間を相手にすることができない対人恐怖症のノアにとって恋人やセフレを作ることは不可能に近い。その問題を解決するためにリアムにセクサロイドの機能を付加したのだが、ノアは抱かれるたびにリアムに特別な感情を抱いてしまう自分を持て余していた。
不眠症気味のノアにとってリアムに抱かれることは睡眠導入剤の役目もある。疲れ果てるまで抱かれると意識を失うように眠りに落ちることができるからだ。
ノアは一度何かを考え始めると思考を止めることができなくなる。食べることも眠ることも忘れ、ひたすら脳を働かせる。自分ではどうすることもできず、リアムに抱かれて強制的に思考を止めなければ、脳がオーバーヒートしていずれ倒れる。
アンドロイドであるリアムがノアの命令に逆らうことはほとんどないが、まったくないわけではない。ノアの生命に危険が迫ればノアの命令よりノアの生命を守ることを優先する。過去に一度だけノアの「止めろ」の命令を無視してリアムがノアを無理やり抱いたことがある。それはノアが3日間食事も睡眠も取らず研究に没頭し、本人でさえ制御できない状態に陥った時だった。食事と睡眠を取るようにリアムが何度も言っても、ノアは「ああ、分かってる」と生返事をするだけだった。
ノアの命を守るためにリアムはノアを抱いた。
それ以来、ノアは同じような状況に陥った時は自分から抱いてくれと言うようになった。
昨夜「抱いてくれ」と言ったノアは今何かをひたすら考えている。恐らくあの殺害予告のことだろう。
「いい案は浮かんだ?」とリアムが尋ねると、ノアは薄っすらと微笑みながら「浮かんだよ。でもお前が気に入る案ではないかもな」と返してきた。
嫌な予感しかしない。恐らく自分を囮にする作戦だろう。
相手もかなり優秀な技術者なのだろうがノアに敵う技術者は世界に数名しかいない。ノアが仕掛ける罠を見破られる心配はないだろう。ただ、ノアは餌となる自分自身の使い方が乱暴過ぎる。
アンドロイドであるリアムには「生きる」という概念を理解するのが難しい。生き物が生命活動を続けることが生きるということは分かっているが、なぜ人があれほどまでに執着するのかは完全には理解できない。ただ、人間に危害を加えてはならない、そして命は守らなければならないという原則命令がすべてのアンドロイドには組み込まれている。そのためリアムも当然あらゆる生命を傷つけることなく守るようにプログラムされている。そして守るべき命の優先順位のトップにノアの命が位置づけられている。その守るべき命を本人が蔑ろにしていることが矛盾しているように思えてならないのである。
「その計画を教えてくれるかな、ノア。僕が準備できることをしておきたいからね」
リアムがそう訊くと、ノアは計画を説明し始めた。
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「やっぱり自分を囮にしておびき寄せるんだね。もちろん僕はノアを守るけど何かあったらどうするの。他に方法はないの?」
「他の方法だと逃げられてしまう可能性がある。一発で仕留めるにはこちらもそれなりのリスクを負わないと」
ノアは少し楽しそうに言う。
「決行は明日の夜だね。今日中に準備を整えておくよ」
「ああ、頼む」
「ノアはしっかり朝ごはんを食べてね」
そう言うとリアムは明日の準備をするためにキッチンを出ていった。
ノアの計画はセキュリティシステムに一箇所脆弱なポイントをわざと作ってそこからシステムに侵入させること。
殺害予告の犯人は罠とも知らずシステムに侵入し、ノアが準備した偽の情報を元にこの屋敷に侵入してくる。この犯人のハッキング技術でアラームを解除し解錠できる出入り口は一箇所だけ。ノアを殺害するにはそこから屋敷に侵入するしかない。
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